第2話 出会い【横嶺 絵那】
高校生の朝は早い。
わたしは比較的優等生のため普段から寝坊はしないが、昨日あんなことがあって寝るのが遅くなったからか、今日は時間ぎりぎりの起床だった。
(いっけない……ギリギリだ……)
内心焦りながらバス停へと急ぐ。
(学校行きのバスは……あれか。でもいつもより混んでるな。うぅ……)
(プー……ガシャン)
とはいえ乗るしかない。ギリギリだけど間に合って、ひとまずよかった。けれども一息つく間もなく……
「おーい」
そう言ってわたしを馴れ馴れしく触る手が伸びてきた。これは……あいつか。
「みゅう、おはよ~。めずらしいね、こんな時間に登校なんて……」
「つぐみ……おはよう。実はあの後わたしも発作が起きてさ……帰りが遅くなっちゃって……」
「まじか。大変だったね~」
この妙にのんきなチビは、
(……さすがにCROSSに勧誘された、なんて言えないよな……)
前述したとおりつぐみはアホ、それも純粋すぎるタイプのアホなので、この情報を悪用することだけはないと言い切れるのだが、周りにペラペラしゃべる可能性は十分にある。特に
そんなこんなで、バスが「川添高校前」に着いた。わたしとつぐみは一斉に降りて、学校へ走り出す。
「間に合う?これ……」
「だいじょーぶ。急げば間に合うから!ちこくマイスターのあたしの経験を信じなさいって!」
「何それ……」
「ふっふっふ、あこがれなくてもいいんだよ……ゼエゼエ」
「憧れないわ!」
「あっ、待って、置いてかないで……ゼエゼエ」
「やだよ!つぐみの体力に合わせてたら、本当に遅刻しちゃう!」
「これだから初心者は……あのねぇ、登校ダッシュには最適速度っていうのがあるの!それを超えたら色んなものにぶつかっちゃうから!ゼエゼエ……」
「言い訳はいいって……」
と、反論しようとしたその時。
ドシーン!!!!!
曲がり角から同じく突進してきた人影と、ものの見事に追突してしまった。
「……ゼエゼエ……まだまだ甘いね……うえで待ってるよっ……ゼエ」
ふざけたことを言いながら、つぐみは走り去っていった。
「……痛っ、ごめんなさい……」
「え、いや、こちらこそ……ごめんなさい……」
わたしがぶつかったのは、小柄で可愛いらしい女の子だった。そして見覚えがある校章のジャージ……どうやら同じ高校のようだ。やばい人じゃなくてまずはよかった。
「……う、うぅ……」
彼女は倒れたまま、やたらと右手首を気にしている。もしかして、今ので痛めてしまった……?
「あ、手首、大丈夫……?」
「う、うん、大丈夫……怪我はないから。それよりも急ごう!」
そう言って軽やかに立ち上がった。確かに、怪我はなさそうである。
「あ、そうか……!遅刻……!」
「一緒に行こう。名前、なんていうの?」
「あ、
そうわたしが声をかけようとしたとき……彼女は既に50メートルほど先を軽やかに走っていた。
(嘘でしょ!??何、あの運動神経は……)
慌てて続くわたし。もはや時間がない。高校生活の目標、無遅刻無欠席が崩れるのは何としてでも防ぎたい……私は必死に彼女を追って、追い続けて……
(キーン、コーン、カーン、コーン……)
「じゃあ出席とるぞー。朱音さん。」
(ガラガラ)
「……ゼエ、ゼエ……」
「……まあ、セーフにしよう。」
……何とか間に合った。危うく「朱音」なんていう不便な苗字にした親を呪うところだった……危ない危ない。
(というか、さっきのあの子も同じクラスだったんだ……)
運がよかった。焦りすぎて、無心であの子についていくことしかできなかったから……4クラス×3学年、全12クラスのうち一つだけの正解、1-4を当てたのはまさに奇跡といってよい。
(でも、いったい誰だったんだろう……)
教室の右前の席についてから、ざっと教室を見渡して、あの子の姿を探す。当然ながらすぐに見つかった。みんな夏服を着てる中で、あの子だけジャージなのだ。当然目立つ。
(席は……左後ろか。)
便利な苗字だ。なんて立派な親の元に生まれたんだろう!羨ましい。
「……山本さん。……
ここであの子が手を挙げた。すまし顔……あんなに速く走ったのに、息一つ切れてない。本当にすごいフィジカルだなぁ……
(……しかし、横嶺さん、か。)
確かに、名前を言われてみれば、「あの人か」となる。ずっとジャージだったし、学校も休みがちだったし……少なくともクラスの中では色んな意味で、目立つ方だといえる子だ。
(でも、なんかそれ以外にも、見たことがある、っていうか……)
どこだっけ?思い出せない……
「……じゃあ、宿題の答え合わせからいくぞ。前に出て、黒板に書いてな。1番は……朱音さん。……朱音さん?」
「は、はい!」
「宿題。出してたよね?」
「はい……」
くそっ、やっぱり不便な苗字だ……
―――
(キーン、コーン、カーン、コーン……)
高校生の昼は短い。
昔はあんなに長かったはずの昼休みも、今じゃお弁当を食べてSNSを見つめるだけで終わってしまう。いつからこうなったのか……まぁ、楽しいからいいのだが。
「みゅう~いっしょに食べよ~」
「いいよ!」
「えへへ。ちこくしないで良かったね~」
アホとはいえ、つぐみは謎の症状について愚痴を言い合える唯一無二の親友だ。一緒にいて、とても楽しい。
「まさかみゅうも昨日に発作が起きるとはねぇ……」
「ほんと、嫌な気分だったよ。だって文字通りの『道半ば』で倒れちゃったからねぇ……」
「『みちなかば』って?」
「あぁ……あのー、これからが楽しみなところで打ち切られちゃうこと!」
「うひゃ〜、それはゴミだね〜もぐもぐ」
「ほんとだよ。発作はカスだよ。カス中のカス、真に消滅すべき存在……」
「もぐ、そのとおり!」
いつもの事だけど、周りからの視線が痛い……許してくれ、貴重なストレス発散法なんだよ……
「うん……まぁ、CROSSに会えたからよかったけど……というか、助けられた、といったほうがいいかな?」
「え?みゅう、昨日クロスに助けられたの?もぐもぐ」
「そうそう。目の前で【
「【05-Rei】……トンビだっけ?」
「カラスね。」
「そ、そうだった!カラスカラス。」
「もう……間違えないでよ。ごちそうさまー」
「ちょ、みゅう、早いって!」
昔からわたしは、弁当の早食いに定評がある。ものの数分で平らげた。
「うぅ~ん、美味しかった……あれ?」
伸びをして後ろに逸れた視界の片隅に……ジャージ姿の横嶺さんが映った。
……きょろきょろしている。何やら困っていそうだ。
「……」
「ん?みゅう、どうしたの?」
「つぐみ、ちょっと待ってて。」
昔からわたしは、困っている人を放っておけない精神にも定評がある。何というか……ついつい助けたくなってしまうのだ。そのせいで厄介ごとに巻き込まれたことも何回かあるけど……やっぱり放っておけないじゃん!
早歩きで教室を斜めに横切って、わたしは横嶺さんに声をかけた。
「……さっきはありがとう。大丈夫?」
「えー、っと……あ、朝の!みゅう、ちゃんだっけ?」
「みゅうでいいよ。横嶺さん……だっけ?」
「うん。
「わかった。絵那、ちゃん……」
「ちょ、そっちもちゃん付けしてるじゃん!」
「ご、ごめんね!ちょっと恥ずかしくて……」
「えへ、まあ絵那ちゃんでもいいよ。で……なにか用?」
「あの、なんか困ってそうだったから……」
「あぁ、そうね……確かに困ってるかな。ここ数日休んでたから、プリントが溜まってて……」
「それは大変……手伝おうか?」
「え、いいの?」
「もちろん!」
「助かる~ありがとね!」
絵那ちゃんは、プリントの管理がとてもしっかりしていた。ただ科目ごとに分けるだけじゃなくて、しっかりと見直し、整理をした痕跡もある。
(真面目なんだな……)
「えーっと、これは、数学で……あっ、違った、こっちが先だ……」
……にしてはやけに手つきが
「……絵那ちゃん、これ、自分でやってる?」
「ギクッ、ばれたか……そうだよ、
「???しゅう、って誰?」
「あっ、あのー、えーと、お兄ちゃんかな!!!」
やけに焦りながらそう答える絵那ちゃん。そうか、お兄ちゃんがいるのか……
「いらないって言ってるのにウキウキでやってくる……ホントうざい」
「はは……親切にしてもらえてよかったじゃん。」
「……まぁそうなんだけどね。やっぱり恥ずかしいし……キモイんだよね。」
「???」
「あぁ、何でもない……」
「……ふう。これで全部かな。」
「助かったよ……ホントにありがとう!」
「いやいやぁ……」
感謝されるのは、やっぱりうれしい。
「……」
「……ん?絵那ちゃんどうしたの?こっち見て……」
「……いや、何でもないよ。えへへ……」
「???」
笑ってる……?なんで?
(キーン、コーン、カーン、コーン……)
「あ、時間だ……戻らなきゃ。じゃあね。」
「じゃあね!ホントありがとうね!」
「あ、ありがとう……!」
絵那ちゃん……いい子だったけど、なんか謎が多い、というか……
(……うーん、不思議な人だ。)
―――翌日……
(キーン、コーン、カーン、コーン……)
一昨日も昨日も色々あったけど、今日こそはいつも通りの昼休み……とは、残念ながらいかなかった。
「みゅう~いっしょに食べ……あれ、先客?めずらしい。」
「あ、あなたがみゅうの親友の……つぐみちゃん?」
「そう!アタシがつぐみちゃん!……で、みゅう、この子だれ?」
「え?あ、あぁ、絵那ちゃんだよ。同じクラスでしょ?」
「えなちゃん……えなちゃんって言うんだ。」
何故か、絵那ちゃんの方から一緒に食べようと誘ってきたのだ……相変わらずのジャージ姿で。わたし、気に入られちゃった?
「つぐみも一緒に食べよ。」
「もちろん!みゅうに友達ができてアタシもうれしいよ~」
「保護者ヅラするなって……」
「えへへ、2人とも、仲よさそうだね。」
「あ、そう?」
「仲いいよ!なんてったってアタシとみゅうは『やみとも』だからねっ☆」
「『やみとも』って何?」
「……『やみとも』って何?」
「あれ、みゅうは知らないの?『やみ ともだち』……病気の友達のこと!」
「知るわけないよそんな意味不明な……」
「……」
「ん、絵那ちゃんどうしたの?」
「……病気って、何のこと?」
あっ、本気の顔だ。心配させちゃった……
「あのね~。アタシもみゅうも、たまーに何の前ぶれもなく、とつぜん倒れちゃうの。ほんとうにとつぜん、だよ!」
そうつぐみが何の気もなく発した言葉で……
「……っ!!!」
「え、絵那ちゃん……?」
絵那ちゃんの顔つきが……変わった。さっきまで楽しくお弁当を食べていたとは思えないほど青ざめ、ガタガタと震え始める……
「ご、ごめん絵那ちゃん!うちの親友が……でも誤解しないで!こいつは思慮が足りなさすぎるだけで根はいいヤツだから……」
「……それは気にしてない。病気なんだから、仕方ないよ……でも……あまりにも可哀想で……」
「……」
……ウソをついているようには、見えない。ほんとうに悲しんでくれている……
今まで何度もわたしたちの症状について人に話してきたけど……ここまで真剣に悲しんでくれたのは、絵那ちゃんが初めてだ。
(優しいん、だな……)
「う、うぅ……」
えっ、絵那ちゃん、泣いてる……そんなに悲しいの?……うーん、悪いことしちゃったかも……
(……でも、正直、ちょっと嬉しいよ。)
みんな、病気に対して毒舌を吐きまくるときのわたしたちを、邪険に扱う。
責めはしない。はたから見たら言い過ぎなのは分かっている。わたしだって、同じ立場ならドン引きしていたかも分からない。
ただ、寂しくはあった。
この気持ちは、つぐみ以外に理解されることはないのか、って。……ずっと抱え込んでいたけれど、絵那ちゃんになら、通じるかもしれない。
「泣いてくれて、ありがとう。絵那ちゃん。」
「……え?」
「今はその気持ちが、嬉しいよ……ごめんね、心配させちゃって……」
「……」
「……どうしたの?」
絵那ちゃんは、微笑みながらこう答えた。
「……みゅうは、優しいね。」
「えっ???いやいや、絵那ちゃんこそ……」
意外な言葉に思わずキョドってしまうわたし。それを見て、完全に絵那ちゃんに笑顔が戻る。
「ウソ、私優しい?えへへ、もしかして私たち、似たもの同士かなぁ……」
「……ふふ、そうかもね!」
こうして少し意外なカタチではあったものの、出会って2日目にして、わたしに新しい友達ができた。
学校も休みがちで、いっつもジャージ姿の不思議な子。だけど根はとっても優しい……横嶺 絵那ちゃん。いい親友になりそうだ……
「仲良くなれてよかったね!アタシが泣かせたおかげかな〜」
「おまえはまず謝れ」
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