第15話 シルベア・ヴァンブルクのお茶会

 公爵邸の庭師たちが整えてきた、王家の精霊園にも負けず劣らず美しい庭でお茶会は開かれた。


「本日は私、シルベア・ヴァンブルクの茶会にお越し下さりありがとうございます。是非、楽しんでいってくださいね」


 王太子妃教育の賜物ともいえるカーテシーを披露して、シルベアは挨拶を述べた。


 モンテイロからはスフェロとライネスが。アーバルベイスからはニレとエルム。そして、コムヌーアからはトゥシュケが招かれていた。


「シルベア嬢、お招き感謝する。この前のパーティーでの立ち回りは見事だったよ」


 モンテイロを代表してスフェロが言った。どうやら彼は私を手を組めるか否か、見定めているらしい。ならばそれに答えてやろう、とシルベアは口を開いた。


「あら、ありがとうございます。ですが、私は婚約者として当然のことをしたまでですわ」


 王太子妃になるかは別として、と瞳が言っているようだ。シルベアの物言いはスフェロの信頼を勝ち得た。


「立派だねぇ。これからも何卒よろしく」


 握手を求められ、それに応じる。ライネスはにこにこと黙って見ているだけで特に何も言ってこない。


「ライネス様も、よろしくお願い致します」


「こちらこそ」


 ライネスが握手に応じた。この兄弟はシルベアを認めたらしい。挨拶を済ませたところでアーバルベイスの兄妹の元へ向かった。


「久しぶりね。ニレ、エルム」


「シルベア様、お久しぶりです! 今日はこんなに素敵なお茶会に招いてくださってありがとうございます」


 エルムは拙いながらもカーテシーをしてみせた。もう彼女も立派な淑女だ。


「お久しぶりです、シルベア嬢」


「ニレもゆっくりしていって」


 エルムの耳元でこそっとおすすめのお菓子を囁くと、シルベアはトゥシュケに挨拶をしようと向かった。


「トゥシュケ様、このように挨拶させていただくのは初めてですわね。どうぞよろしくお願い致します」


「そう畏まらなくてよい。私の母こそ王妹だが、私自身はしがない候爵令嬢ゆえ。よろしく頼む、シルベア嬢」


 シルベアはトゥシュケの意外な雰囲気に驚く。だが、それもつかの間。悟らせることなく微笑んで菓子をすすめた。  


「トゥシュケ嬢は甘いものはお好きですか? こちらのギモーヴは私のお気に入りなの。是非、食べてくださったら嬉しいわ」


 少し語調を緩めたシルベアに、トゥシュケも頬を緩めた。甘いものは好きらしい。


「うむ、頂こう」


 武人のようなトゥシュケが口いっぱいに菓子を頬張る姿に客人たちは皆、温かい視線を送る。


「そういえば、いつも君が連れていると噂の護衛はどこへ?」


「お茶会に護衛は不釣り合いでしょう? そう思って下がらせておりましたの」


「是非、挨拶をと思ったんだけれど。どう?」


「他の方々もよろしいのであれば」


 アーバルベイスの兄妹とトゥシュケを見やれば、寛容に頷いた。仕方なくシルベアはへティスを呼ぶことにする。


「へティス、来なさい」


 颯爽と現れると跪いて手を取り、唇を付けた。


「お呼びですか、我が姫君」


「ええ。スフェロ様が貴方に御用があるそうよ」


「初めまして、へティス……であっているかな?」


「はい、へティスにございます。してスフェロ様、御用事とは何でしょう?」


「このような素晴らしい令嬢の護衛はどんな人かと思ってね。君のような人でますます魅力的に思うばかりだよ」


「それは光栄です」


 へティスは身分が上の者との付き合い方を心得ているようだった。正直、シルベアには"魅力的"という言葉が王位奪取の協力者としてにしか聞こえない。


 普通の令嬢ならばこのように見目麗しい男性に魅力的と言われれば赤くなるに違いない。


「へティス、といったか。私もシルベア嬢と懇意にさせていただくならば、世話になるやもしれん。その時はよろしく頼む」


「勿論です」


 トゥシュケも手の空いたへティスに話しかけるとこれからシルベアと仲良くしたい、という言葉を敢えて明言して挨拶とした。


 それに便乗するようにニレもへティスに話しかける。どうやら5人はシルベアの人となりをへティスを通して再確認しているらしかった。


「こうやって挨拶するのは初めてだな、へティス。妹が世話になるな」


「いえいえ、シルベア嬢のご友人なのですからどうかお気になさらず」


「へティスさん、よろしくお願いいたしますわ」


「はい、こちらこそ」


 とはいえ、へティスの別人ぶりに引いてしまうシルベアである。いつもの軽薄さなど微塵も感じられない。


「へティス」


 シルベアが温度のない表情でへティスを呼んだ。それをスフェロは面白そうに目で追う。


「シルベア、機嫌を損ねないでよ」


「損ねてないわ」


「そんなことないだろ」


 首にちゅ、とへティスがキスをした。普通ならば護衛がこのようなことをするなんて許されない。


「人前よ」


「おまじないだよ」


 シルベアの無表情は呆気なく崩れ、いつもの獲物を探す鷹の瞳に一匙の好奇心が宿っていた。


「あら、そう」


 その場にいた客人たちの興味は先程まではシルベアと、その護衛であるへティスに。だが、今は2人の何とも言えない関係に向けられた。


「他言無用でお願いしたいのだけれど、へティスは護衛ではなくて私の半身よ」


 弁解するようにシルベアが言う。その場の誰もが息を呑んだ。


「……シルベア嬢。言ったことの意味がわかっているのかな?」


「勿論よ。自分の発言に責任は持つつもり」



 そしてこの茶会以来、スフェロとライネス、加えてトゥシュケがシルベアを構うようになったのは彼女の計算通りだった。

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