第9話 シルベア・ヴァンブルクとニレ・アーバルベイス

「へティス、アーバルベイスにお茶会の招待状を出すつもりなんだけれど来ると思う?」


「真面目なんだろ? 来るに決まってるよ。女兄妹はいないの?」


「妹がいたわね。話したいのは妹ってことにしようかしら」


 ガラスペンを片手に計画を練る。こういった話はへティスの十八番だ。


「シルベア、暗い色のドレスはある? あとシンプルな髪飾り」


「あるわ。髪飾りは銀細工と磨りガラスのものにしましょう。化粧も落ち着いているものの方が良さそうね?」


「話を聞く限り、堅物らしいから派手な格好は好まないだろうね。知的で配慮のできる女性を演出するといいよ」


「勿論、そのつもりよ」



 ────数日後、ヴァンブルク公爵邸にてお茶会。


「今日はお招きくださりありがとうございます、ヴァンブルク公爵令嬢。こちらが妹のエルムです」


「お初にお目にかかります。エルム・アーバルベイスでございます」     


「こちらこそ、来てくださって嬉しいわ。ゆっくりしていって頂戴」


 深い緑色のドレス。銀細工のフレームに磨りガラスが嵌められた簪はハーフアップに纏めたお団子に挿され、首を傾けるとしゃらりと鳴る。


 異国情緒漂う、黒髪のシルベアによく似合うデザインだ。ニレは手紙通りのシルベアに、警戒心が薄れたらしい。


「ありがとうございます」


 そう言うと、朗らかな笑みを向けた。思ったよりも純粋な人らしい。淑女の笑みを張り付けたまま、シルベアは内心でほくそ笑んだ。


(ニレ・アーバルベイス。案外、簡単に気を許したわね)


「お茶の準備が整う頃よ。さぁ、中へどうぞ」


 公爵邸に相応しい上質でいて華美でない、品のある家具の数々。ニレは普通にしていたが、エルムは目の輝きを抑えられていなかった。


 エルムは14歳。プティデビュタントもまだなので他家に、ましてや身分が上の貴族の家に行くことは滅多にないはずだ。


「あの、シルベア様」


「エルム。ヴァンブルク公爵令嬢に不敬だぞ」


 ニレが妹を窘める。シルベアはここぞとばかりにエルムに話しかけた。


「あら、いいのよ。お友達になりたいの。仲良くしてくださると嬉しいわ」


「はい! 是非お願いします! 実は、シルベア様に会えるって聞いてとても嬉しかったんです」


 もじもじと言う様子はいじらしく、諸々の事情は抜きにしても是非仲良くしたいほどだ。 

 

「申し訳ありません、ヴァンブルク公爵令嬢。妹は本当に今日を楽しみにしていたもので……」


「気にしないで頂戴。貴方こそもっと楽にしてくれると嬉しいのだけれど」


「シルベア嬢、とお呼びしても?」


「勿論。ニレと呼んでも?」


「勿論です」


 シルベアとニレは目線を交わし合い、微笑んだ。シルベアにニレの心中はわからないが、少なくとも好印象を与えただろうことは確信していた。


 サロンに2人を招き入れると、アシメナが料理長自信作のケーキを運んできてくれる。


「わぁ、とても美味しそうですね!」


「喜んでもらえて嬉しいわ。エルムは何か好きな食べ物はある?」


「私はベリー、特にフランボワーズが好きです。お兄様はチョコレートかな?」


 小首を傾げると兄妹そっくりの鮮やかな紅髪がさらさらと流れ落ちた。この家系以外で紅髪の者が生まれることはない、特徴ともいえる色だ。


 ニレはニレで出された紅茶に感嘆のため息を零している。こだわった甲斐があったようだ。


「飲んだ瞬間はアールグレイ、戻り香は薔薇と茉莉花ですか? 渋味がきつくなくて飲みやすい」


「気に入っていただけたなら何よりよ。ケーキは甘さが強いでしょう? だから紅茶は重くないものにしたの」

 

「シルベア嬢はいつもこのようにしてお茶会を?」


「そんなことないわ。呼ぶようなお友達、いないもの」


 その言葉に、ニレは複雑な表情を。エルムは純粋に不思議そうな表情を浮かべる。


「シルベア様はこんなに綺麗で、優しくて素敵な方なのに」


「……シルベア嬢。もしかして王太子殿下が原因ですか?」

  

 シルベアは困ったように微笑み、ニレの方を見やる。それは肯定を表していて、エルムにはまだわかりえないことだった。


「良かったら、もっと食べていって。他にもまだ沢山あるの」 


 次々と運ばれてくる色鮮やかなお菓子にエルムはすっかり目を奪われている。


 ベリー、レモン、ピスタチオのマカロン。宝石のようなフルーツが乗ったタルト。淡い色味が可愛らしいギモーヴ。スコーンにはジャムとクリームが添えられている。


「ありがとうございます!」


「エルム、あまりがっつくな。みっともないぞ」


 苦笑するニレに嬉しそうに見ているシルベア。エルムは年齢よりも若干幼く見える。兄に可愛がられているのだろうことが窺える。


「貴女の食べる姿は見ていて気持ちがいいわ」


「シルベア様にそう言って頂けると嬉しいです」


 にこにこと笑う姿はあどけなく、これから社交界に放り出すのが躊躇われるほどだ。


「ニレ、安心して頂戴。私がエルムのデビュタントを見守るわ。私が頼りになるかは別だけれど」


 シルベアはデビュタントを今年の春、王宮にて執り行われた建国パーティーで終えている。あと数ヶ月もすれば晴れて卒業だ。


「シルベア嬢は王太子妃になられるんですよね」


「私がならない、なりたくないと言ってもどうするというの? それとも貴方がどうにかしてくれるのかしら」


 シルベアは淋しそうに、静かに笑った。今迄に見せたどの笑みとも違っていて、妙に記憶に残る表情だった。

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