第4話 王太子と吸血令嬢と幽霊

「困るわね、ああやって婚約者面されると」


「無駄にプライドの高い男は醜いね。しかも俺にシルベアを取られたときの顔ときたら!」


「貴方のものに私が何時いつなったというの?」


「おや、難儀なお嬢さんだ」


「貴方が軽薄なのよ」


 そして2人してくすくす笑い合う。


「私、貴方が婚約者だった方がましかもしれないと思えてきたわ」


「あれと比べられると複雑だけどね。試しにキスでも?」


「もしするなら屋敷にして頂戴」


「我慢が効くといいけどね」


「我慢してくれたらあげてもいいのよ。お礼代わりに、ね?」


「それはそうだな」

 

 まだお礼をされていないもの、とへティスは言った。あんなに素晴らしい魔法に対価を支払わないのは流石に気が引ける。


「あ、あの!」


「私、義理堅い方なのよ」


「そりゃあそうだよ。あの王太子の婚約者続けてやってるんでしょう? その時点で義理堅いよ」


「あら、どうも」


「あの! シルベアさん!」


「またお客さんね。リリーさん、私に何かご用なのかしら?」


 詳しい説明がまだだった。リリーはガラティアの系譜ではあるが、ハンプトン子爵の庶子で正統な後継者ではない。


 つまり、平民と変わらない身分なので公爵令嬢に自分から声を掛けるなどあってはならないこと

なのだ。だから悪口も皆遠巻きに言う。


「私っ、その、シルベアさんが隣の方を虐めているって聞いて気が気じゃなくて……!」


「隣の……? あぁ、へティスのことね。へティスは唯の護衛よ。護衛を虐めるほどの馬鹿ではないわ」


「でも血を吸ってるんでしょう?」


 周りに生徒が集まってきた。リリーが声を大きくしていることもあって何事かと皆やってきたらしい。


「シルベア・ヴァンブルク! 何をしている!」


 残念なことに王太子もやってきてしまったようだ。


「何もしておりませんわ」


「何もないのにこれだけの人が集まるはずがないだろう!」


「では期待にお応えしましょうか?」


「へティスさんっ、逃げてください! 貴方の血を吸う気です!」


「心配には及びませんよ、お嬢さん」


 へティスは吸わせる気がないようだ。シルベアの体裁としても吸う立場は流石にできない。そこで、親指の皮膚を勢いよく噛み千切った。


「なんて野蛮な……」


「令嬢自ら傷をつけるなんて!」


 鮮血が白肌を伝い、流れるシルベアの手をへティスは口に運ぶ。


「美味しいでしょう?」


「麗しいお嬢さんだと尚更ね」


「なら良かったわ」


 微笑み合う2人に周りは唖然としている。発する言葉すら見つからないようだ。


「そろそろ私は行きますわ。では皆様、ごきげんよう」


 すたすたと歩いていってしまう。午後の授業がないので馬車に乗り込んで屋敷に戻る。


「へティス、1人になるまでは幽霊でいて」


「女の子でも探してるよ」


「お好きにどうぞ」


 そうするよ、とへティスは町までふよふよと移動していく。その背中をシルベアは見送って、夕食までに風呂や着替えをしていった。


 

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