第6話

ルジモスという、数頭の群れで狩りを行う猪に似た魔物の討伐は、攻撃魔法で消し飛ばしたらどうか、という僕の提案を補助魔法でブーストして戦うという昨日の僕の戦法を試したいというアリスに一蹴されたところから初まった。

結果といえば、僕要らなかった。

いや、もっと強い魔物相手なら僕だってエアリオ学園でもトップクラスの戦闘能力とユニークスキル、「相対加速オーバークロック」で活躍できたし?

暇だからオロト・クロコダイルを狩ってたし。

いやー凄い戦いだったね。あのワニ十メートルはあったね。

あのワニが新しい戦法に夢中になってるアリスに襲いかかってたら、あぶなかったとおもうなー?

打ち上げの後、路地裏の闇市を彷徨いていたら、怪しげな薬物を売っているお店があった。通りすぎようとしたらいつも使ってる向精神薬を見かけた。


「すいません。メテルデート、レパス、ハルスリーをひとつ」

「1800ゴル」

「2000ゴルでいいですか」

「おつり200」

「ありがとうございます」 


さて、帰るか。

肩を掴まれる


「なんです──」

「な〜にしてるのかなシオンく〜ん?」

「アリ──、いや、危ない薬じゃないよ、病気の為のお薬だよ!」


頭を叩かれる。 


「向精神薬を闇市で買ったら犯罪だろうが!」

「でも、もう薬無くなりそうで」

「医者に行け!今から行くぞ!」


僕は普通の医者がこの薬を中々出してくれないことを知っていたので、死ぬ気で買った薬は守り抜いた。

引きずられて行ったのは、普通の民家

ローカム精神病院という看板が付いていなければ病院とは分からないだろう。「心療内科」ではなく「精神病院」と看板を立てているのは珍しい。


「ここ、町の人達が一番信頼してる精神科医」

「ふーん。でも薬出してもらえないと思うけど」


僕は薬が無くなるという恐怖にちょっと殺気立っていた。

アリスが駄目って言うなら、闇市で買えないじゃないか。バレないなら買うとかじゃない。アリスを裏切ることになる。

中に入ると様々な魔道具がひしめく研究所の様な場所。

患者と医者が対面で話すスペースだけリラックスできるソファと趣味の良さげな低い机が置かれていた。

出てきたのはヨボヨボのおじいちゃん。

そして青い髪を無造作に短く切った、同い年くらいの可愛い女の子。なにもかもがつまらないって感じの無表情が、ちょっと僕に似ていた。


「おー、小僧。派手に壊れとるな」

「ちょっと、ローカム先生!」

「アリス、いいよ」


僕は笑いを抑えられなかった。この先生面白い。


「出されとる薬は」

「メテルデート、レパス、ハルスリーです」

「問診票の『自分で思う原因』に『過労』って書いとるが、薬飲み始めてから休んだか?」

「いや、むしろもっと勉強と訓練しました」

「メレパスリーってこれ薬の名前つなげてる、本名じゃないだろう。貴族か」

「元貴族です」

「クソッタレの青い血様が。ガキをなんだと思ってる」

「フフ、フフフフフ」

「検査するぞ。今から言う質問にはいかいいえ、わからないで答えろ。ロゼ、お前がやりなさい。」


そういうとロゼ、と呼ばれた少女が僕の手を取って、「サイレス」と唱えた。小さくてもよく響く、綺麗な声音の声だった。


「創造の全能主を信じとるか?」

「いいえ」


心が壊れたら治らないと思いますか?

薬が心を操作することはいいことですか?

自分は周りに過小評価されてると思いますか?

自分には生きている価値があると思いますか?

自分が演劇の役割を演じていると感じますか?

急に元気になって、なんでも出来る気になったことがありますか?

夜は眠れますか?

英雄になりたいですか?

老後は一人で死にたいですか? 


貴族を診る総合医ではされなかった様々な質問に答えていく。

途中から僕の手を握っている少女が涙を流し始めた。


「終わりじゃ、ロゼ、どうだ」


ロゼは泣きじゃくっていた。


「憂鬱病が、うぐっメテルデートとハクスリーのオーバードーズを、ひっく、きっかけに躁鬱病に、薬物依存、深い希死念慮、自己否定、ううう、強度の周囲への自閉、先天性の能力の偏り、ううう、うわああああん深い、深い、深い絶望!」

「メテルデートは先天的に脳に呪いがかかってる患者に処方されるもんだ。ハナから強い薬を出し続けて無理したせいで完全にぶっ壊れたな」

「違います!薬物の影響はありますが、この人、こんなに心が、魂に膿が湧くような深い絶望がいくつも、世界がこの人に刻み込んだあまりにも酷い傷のせいです!どうしてそんなに酷い言葉をよってたかって、この人が何をしたって言うんですか!」

「…………ロゼ、お前、お前がそこまで言うなら、じゃが──仕方ない。今急激に処方を変えたら本当に発狂するじゃろう。薬は今まで通りでいい。」

「本当ですか!!!!!」


クエスト中でも出なかった大声が出た。


「私、この人のパーティに看護師として加入します!」

「へ?」

「こんな状態で死と隣合わせの仕事をするなんて何考えてるんですか!でも!それが今のあなたの救いだっていうことが『サイレス』で分かるっ……からっ……!」


最初の無表情キャラが完全崩壊だった。


「ジョブ・看護師ってなんですか。戦えるんですか」


目元を拭ってロゼが言う。


「元々天性のヒーラーの素質があって、冒険者をやっていました。今でも登録は残ってるはずです」

「ローカムさん、これ陽性転移っていうんだって学校で習いました」

「……しかし、本人が『冒険者のヒーラーへの態度にうんざりした』って仏頂面でこの病院の扉を開いて以来、こんなに感情を表に出して願いを叫んでるロゼは初めてでな……ロゼは患者では無いが、精神科医としては本人の意思を尊重したいところで……もちろん、お前さんらが良ければじゃが」

「よくありません♡」 


アリスが言った。


「私達、吸血鬼と半吸血鬼なのでヒーラーなんていりません自分で再生できますからていうか私達強すぎて傷もつかないからヒーラーなんていても無意味というか邪魔というか分前泥棒というか」

「でもそばでなにかシオンさんに起きたとき、素人のあなたが適切な処置出来るんですか?そもそも日光に当たってると再生出来ないですよね?あと私、ユニークスキル持ちなんですけど」

「ぐっ」

「あの、とりあえず薬ください」



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