投稿1:猪鍋(投稿者:ピンクの電話)

 私は、中高年の女性を対象とした山歩きの会のリーダーをしております。この会は、毎月1回近郊の日帰り登山を楽しむもので、毎回、10人ほどの女性が参加しています。


 去年のことです。年末の登山に某県のX岳が決まりました。X岳は標高が約1,000mで、そんなに高くはないのですが、岩場が多く、中級者向けの山と言われています。会では過去、X岳に登ったことがありません。そこで、リーダーの私が事前に一人でX岳に登ってみることになりました。去年の10月のことです。


 行ってみると、X岳はそれほど難しい山ではなく、私は容易に山頂に着くことができました。


 山頂には、先客の登山者が二人いました。それがA子さんとB子さんでした。頂上で、私は二人とお話をしました。お二人は共に、夫に先立たれ、子どももいないので、今は一人暮らしをしているということでした。お住まいなどは聞いておりません。ただ、A子さんは不思議なことを言いました。「これから、夫に会いに行くんです」と・・


 お二人は私との話が終わると、「お先に」と言って先に下山していきました。私は頂上から、A子さんの赤いリュックとB子さんの黄色いリュックを見送ったのです。


 さて、それから私は頂上で何枚かの写真を撮りました。頂上で会のみんなと食事をする場所や、集合写真を撮る場所を選定しなければならなかったのです。


 こうして、私が頂上から下山を開始したのは、A子さんとB子さんの下山から1時間ほどしたときでした。


 ところが、下山の途中で私は道に迷ってしまったのです。どうしたことか、私のスマホの電源が入らなくなって、ナビを使ったり、どこかに連絡することも出来なくなりました。おまけに、雨が降ってきたのです。秋の日暮れは早く、辺りはもうすっかり暗くなっています。

 

 踏んだり蹴ったりとはこのことです。私は泣きながら、雨の中、暗い山道をさ迷ったのです。


 すると、向こうに明かりが見えてきました。私はその明かりに向かいました。そこは、古いボロボロの建物でした。入り口に提灯が灯っていて、私はその明りを見つけたのです。提灯には骨壺寺と墨で書かれていました。お寺・・まさに地獄に仏です。


 声を掛けると、中から黒い僧衣を着たご住職が出てきました。私は訳を話しました。ご住職は「雨の夜の山道は危険だから、今夜は泊っていきなさい」と言ってくれました。こうして、私はそのお寺に泊めていただくことになったのです。私は電話を借りようと思いましたが、ご住職が電話はないと言うので、あきらめました。


 ご住職は私を本堂の奥にある日本間に通してくれました。そして、お腹が空いているだろうと、その部屋で鍋料理を出してくれたのです。鍋料理にはお肉が入っていて、とてもおいしくいただきました。私がご住職に「これは何のお肉ですか?」と聞くと、ご住職は「この山で捕れる猪です」と答えました。猪は依然食べたことがありましたが、どうも味が違います。私にはそれが猪肉とはどうしても思えませんでしたが、それ以上は聞きませんでした。


 さて、その夜のことです。私はお手洗いに行きたくなって、眼が覚めました。それで、布団から起き出してお手洗いに行ったのです。お手洗いから部屋に戻ってきたのですが、何か様子が違います。私が部屋の蛍光灯を付けると、そこは私の部屋とよく似た日本間でした。しかし、中には誰もおらず、布団も敷いてなかったのです。私はうっかり間違えて、別の部屋に入ってしまったのです。


 あわてて、蛍光灯を消そうとしたときです。部屋の隅に置かれているものが私の眼に入りました。それは・・A子さんとB子さんのあの赤と黄色のリュックだったのです。


 あの二人もこの骨壺寺に来ていたのです。ひょっとしたら、私と同じように、道に迷ったのかもしれません。でも、私は・・このお寺に来てから、二人とは会っていません・・というか、このお寺ではご住職以外の人には出会っていないのです。


 私の胸に疑問が沸き上がってきました。


 A子さんとB子さんはどこに行ったのだろう?・・


 何か見てはいけないものを見てしまったように感じて・・私は急いで蛍光灯を消して、自分の部屋に戻ったのです。


 しかし、私はなかなか眠ることが出来ませんでした。


 しばらくすると、お寺のどこからか、カタ、カタ、カタ・・という不思議な音が聞こえてきました。


 なんだろう?・・と私は再び布団から出て・・念のために服を着て、廊下に出てみたのです。


 廊下の端は本堂につながっているのですが、本堂の側に灯りが灯っていました。さっき、お手洗いに起きたときは、そんな灯りはありませんでした。そして、その音は本堂から聞こえていたのです。


 私は廊下を歩いていって、廊下の隅から本堂を覗いてみました。


 仏壇の前で、あのご住職が何か大きなナタのような物を振るっているのが眼に入りました。薄暗い蛍光灯の光に、そのナタの刃がキラキラと光っていたのです。そして、ご住職の前に座っているのは、なんとA子さんではありませんか!


 A子さんはご住職を見ながら、にこやかに笑っていました。そして、次の瞬間、私は眼を疑いました。


 ご住職とA子さんの間に、何か人のような物が横たわっているのが眼に入ったのです。それは・・B子さんのように見えました。


 ご住職は、横たわっている物に向かって、ナタを振り下ろしています。


 私は怖くて、その場から動くことが出来ませんでした。


 少しすると、ご住職はナタを止めて・・・手を横に置いてあった壺に差し込んだのです。それは、どう見ても骨壺でした。そして、ご住職は壺の中からゆっくりと手を引き抜いたのです。壺の中から・・ご住職の手に握られた、ご住職のものではない、もう一本の手が出てきました。


 思わず私の口から「ひっ」という声がもれました。


 ご住職とA子さんが私を見ました。ご住職の口から地獄の底から響くような声が出ました。


 「見たな・・」


 私の身体を恐怖が貫きました。私は無我夢中で本堂から玄関に走りました。そして、靴を履いて、お寺の外に飛び出したのです。外は真っ暗で、まだ雨が降っていました。


 そこへ、ご住職も外へ飛び出してきました。あのナタを持っています。ご住職の声が聞こえました。


 「待てぇ・・」


 私は山の中に飛び込んで、道なき道を逃げ回りました。すると、雨に濡れた草木に足を取られて、私は崖下に滑り落ちてしまったのです。私は気を失いました。


 どのくらい気を失っていたのでしょうか・・


 気がつくと辺りは明るくなっていて、雨はもう止んでいました。そして、「お~い」という私を捜索する声が聞こえてきたのです。


 私からの連絡がないので、家族が地元の警察に捜索を依頼したのでした。


 こうして、翌日、私は警察に無事に保護されたのです。私は昨夜の出来事を警察に話しました。すると、警察の人は、X岳には骨壺寺どころか、お寺なんて一つもないというのです。


 お寺に置いて来た私のリュックは、私が倒れていた近くで発見されました。そのことから、警察は私が誤って崖下に転落し、気を失った際に悪夢を見たんだという結論を出したのです。


 もちろん、私はA子さんとB子さんのことも警察に話しました。しかし、お二人のことも夢を見たんだと言って、警察は全く相手にしてくれませんでした。


 それから、私は会のメンバーともX岳に登って、骨壺寺を探したのですが・・いくら探しても見つかりませんでした。


 私にはあれが夢だったなんて、とても思えません。私の脳裏には、A子さんのあの笑顔がまだ残っています。ご住職とA子さんは何か秘密の儀式でも行っていたのでしょうか? そして、B子さんはどうなったのでしょうか?


 実は私には、お寺で食べたものについて、ある想像があるのです。それについては、恐ろしくて、とてもここに書くことはできません。

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