異世界配信へようこそ

国米

第1話:中野孝文の平凡な日常

俺の名前は中野孝文(なかのたかふみ)。

今日も会社の端っこで与えられた仕事をこなす派遣社員だ。

与えられている仕事は書類データの整理と修正で、とにかく黙々とすればいずれ終わるので、責任もないが・・・やりがいもない仕事だ。

真面目なだけな俺には適任な仕事だが、忙しい時だけの補充要員なのでいつ契約を切られてもおかしくない。


「お・・・もう定時か?」

黙々と仕事をしているといつの間にか時間が経過していたらしい。

俺は隣の席で同じように黙々と仕事をしている女性社員に声をかける。


「工藤さん、もう定時なので帰ろうと思いますが・・・。」

「どこまで終わりましたか?」


俺が声をかけた工藤さんは俺と違い正社員だ。

入社してからこういう雑用全般をこなしており、同い年とはいえまだ1年しか在席していない俺に仕事を教えてくれた出来る先輩だ。

彼女は皺ひとつない制服に身を包み、ショートカットの黒ぶち眼鏡で、仕事に非常にストイックである。


「今日の分のノルマは出来ました。」

「うん・・・なるほど了解しました。お疲れ様です。」

「お疲れ様です。」


俺は勤怠表の入力をすませ、素早く退社した。

そしてすぐ近くにある家へと急ぐ。

なぜなら今日は俺の推しの配信が8時からあるからだ。


◇◇◇


「飲み物の準備ヨシ!お菓子の準備ヨシ!そして時間ヨシ!」

俺は自分の城である賃貸マンションの狭い一室で指さし確認をして、忘れている事がないかチェックする。

時間は7時30分、配信視聴の準備は万端だ。

俺は始まるまでパソコンの前の椅子に座って、目をつむり瞑想しながらその時を待つ。

やがて待機画面から切り替わり、

「ニャホ、ニャホニャホー!クエリの異世界配信始まるよー!」

といういつもの挨拶から配信が始まった。


画面に映っている彼女こそ俺の推しの配信者で、異世界からこの世界に召喚された猫の獣人クエリだ。

目は金色で猫のように爛々としていて、赤いアイシャドウと長いまつげ。

ショートカットの白い髪の毛には猫の耳が生えており、顎から下は白い毛におおわれている。

見た目は異世界の住民だが、背景として見えるのはマンションの一室である。

俺はいつものように挨拶のコメントを打つ。

『こんばんニャホ』


これが彼女への挨拶コメントだ。

さっそく同じ挨拶がコメント欄に溢れる。

そしていつものように異世界イジリが始まった。

『今日もコスプレ決まってるね』

『衣装は自作?』

『異世界って日本のどこから来たの?』

『設定甘いよ。』


「いやいや、コスプレじゃないし、設定うんぬんじゃなくてウチは別次元の異世界から来てるから。」

そういうコメントとのプロレスがいつもの流れだ。

もちろん誰も本当の異世界人と信じていない・・・当然俺もそうだ。

ただかなりのクオリティーのコスプレで、その努力には尊敬する。


「じゃあ、今日もウチが異世界に戻るために異世界関係の情報をチェックするにゃん。」


彼女が配信を始めたきっかけは、元の異世界に帰るために関係ありそうなものの情報を手に入れるため・・・という設定らしい。

実際の配信内容としては異世界をテーマにした漫画や小説、ゲームなどの雑談やゲーム配信である。


俺がなぜこの配信を楽しみにしているかと言うと、異世界ものが大好きだからだ。

現実世界で得意な事がなく、人に尊敬された事がない俺は、異世界もので無双するのを見る事で心を満たしてきた。

そんな俺には、うってつけなのである。


「ウチが最近ハマっているのが【召喚されたら村人Gだった件】にゃん。これの見所は異世界に召喚されたにもかかわらずモブの中のモブだったという、今までの異世界召喚で勇者となるとは全く真逆のスタイルから責めていく目新しさだにゃん。」


『知らないなあ。』

『俺はもう購入済。ハマるの遅いよ。』

『最初だけだろ、目新しいのは。』

『いや、これは後々の展開が他の作品と違って・・・。』


彼女が紹介した作品に賛否両論のコメントを投げ合う。

ただここの配信のリスナーは結構マイルドで、作品を完全否定して粘着コメントをする人は・・・たまに出るくらいだ。


異世界サムライ:『俺もその作品好きです。今一番面白いところですよね。後々どうなるか楽しみです。』

俺もコメントを投げかける。

ちなみに〔異世界サムライ)は俺がコメント投稿する時のニックネームだ。


「そうだよねー。ウチも〔異世界サムライ〕さんと同じでこれからの展開が楽しみ。」


それにこの配信者の登録数は5千人ぐらいで、同接数もそこそこなので積極的にコメントを読んでくれるのも嬉しい。


その後もクエリのおススメ作品紹介と雑談で時が進み、

「じゃあ今日はここまでにゃ。また見てバイバイニャホ!」

という締めの挨拶と共に1時間ちょっとの配信が終わった。



























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