呪術契約 ~締結~
鴉の声がカァカァ啼く。
陽が落ち、生き物たちの影がのびるなか、俺と、三本足の鴉――八咫烏は慎重に歩く。命の理から外れた俺達は、影を写さない。
かちゃん、かちゃん。
乾いた音を、俺の骨は立てる。
妖を狩る側だった俺が、狩られる側になったのだから、驚きである。
「しかし、君も律儀なことだ」
俺に
「君を貶めた人間の幸せまで願うとは」
鴉の言うことは正論すぎて、言葉も出ない。いや、下手に言葉にすると、顎関節がかちゃかちゃ音をたてて、五月蠅い。だから黙るしかない。
陽が落ち――墜ち。
この夜闇を電灯が照らす。
幾つものテールランプが照らしては、通り過ぎて
今宵も、彼がやってきた。
「呪い殺そうとは思わないのか?」
「別に――」
かちゃっ。
喋れば、髑髏がかちゃかちゃ音を立てる。
憎いだろう――。
そう八咫烏に、言われるがそうでもない。
赤紙に綴られた召集令状。
また、鬼が出た。
それだけのことだ。
国家祈祷師が祓うのは、いつものこと。
ただ、違ったのは――本来なら、用意される祈祷部隊が、俺には用意されていなかった。ただ、それだけの話だ。
彼は俺を嵌めたんだ。
(……なんで?)
肉が裂け、鮮血にまみれながら悶えている俺に、八咫烏は面白い玩具を見つけたかのように、ぴょんぴょん跳ねて来て、伝えたのだ。
――呪を受ける気はあるか?
かちゃっ。骸骨となり果てた、自分の腕を見やる。最初は鬼へと単身、放り出してくれた【あいつ】を憎んだ。この得体の知れない妖魔と契ったのも、【あいつ】を呪い殺したい。ただ、そう思ったから。
どうせ、呪で蝕まれるのだ。怨霊として祟り、地獄に引きずり下ろす。それに、何の躊躇いがあろうか。
――私を呪ってください。だから、あの人を返してください。
気持ちが揺らいだのは、あの子が祈り続けているのを見たから。
一ヶ月。
三ヶ月。
六ヶ月。
一年――。
もう帰ってこない、俺の無事を祈る。
――なぜ、そんな無駄なことをするのですか。
――なぜ、無駄なんて、ひどいことを言うのですか。
――帰ってこないということは、そういうことだと良い加減、理解を……。
――帰ってきます。だって、あの人は帰ると、約束をしましたから。
音を立てないように、息を潜めながら。
一ヶ月。
三ヶ月。
六ヶ月。
一年――。
いつから、か。
あんなに憎かったのに。
俺には呪う気力も湧いていこない。見続けて、知る。あいつもあの人に想いをしたためていたか。それを理解してしまったからだろうか。
気軽に、約定を契るべきではなかった。
この呪は、自分からは解除できない。
生きとし生けるものと、言葉を交わすことは許されない。
朽ちることも許されない。
それならば、この地を離れ――。
そう思った時もあったが。
どうやら、呪はこの地に根付いたらしい。
遠く離れ、樹海に身を沈めたはずなのに。
目を開ければ、俺は御神木を前に佇む。
舞い戻っていたのだ。
一ヶ月。
三ヶ月。
六ヶ月。
一年――。
許されるのは、ただ見守るのみ。
あの人が俺のことを祈るのを。
あぁ、いっそのこと。
あいつでも良い。
あいつと幸せになってくれたら、それで。
どうして。
どうして――。
帰ったら、他の人に告白をするなんて、あの人に言ったんだろう。
あいつとあの人がお似合いで。
あいつが、俺を憎んでいると知っていたのに。
一ヶ月。
三ヶ月。
六ヶ月。
一年、何年――。
どれだけ、この感情に蓋をしてきたのだろう。
溢れそうになる度に。
漏れ出しそうになるたびに、必死に飲み込んだのに。
かちゃかちゃかちゃかちゃ。
骨が鳴る音が――これでもかといわんばかりに、夜闇に響いた。
「どなた?」
俺の窪んだ眼窩は、確かに彼女が微笑む姿を見た。
■■■
「……どうして。俺は、妖に――」
「何をおっしゃいますか。あなたは、あなたでしょう」
かちゃっ。
骨が音をたてて――。
呆然と、俺達をあいつが見ていた。
こんな醜い俺に、口づける君の真意が分からない。
かちゃり――と、骨は鳴らなかった。
その変わり「カァカァ」と八咫烏が、笑いながら、空を舞う。
――良い見世物であった。愉快、愉快。主もご満悦である。
そんな八咫烏の声を、掻き消すほどに。彼女の声が、俺の鼓膜を揺らす。
■■■
「あなたが私を遠ざけるのなら。私がどれだけ貴方を想っているのか、その証明として、
髑髏に化身した呪は解かれ。
白い肌に、君が口付ける。
あぁ、またしても呪いをかけられた。
変な言い訳で、逃げ出すこともかなわないくらいに。
何重にも。
厳重にも。
幾重にも。
「 」
衝動的に君に囁いた、言葉は――。
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