花嫁として嫁ぐことになった俺、思わぬ好待遇と溺愛に心が揺らぎそう

一花カナウ・ただふみ

薔薇色の人生なんて俺にあるのかどうなのか

 どうしてこんなことになったのだろう。

 俺は花嫁の格好をさせられながら眉間に皺を寄せて立っている。


「メイクが崩れてしまいます。いつものように朗らかになさってくださいませ」

「解せぬ。どうして俺が花嫁なのだッ! 妹で事足りるだろうが!」


 確かに俺は次男坊で、侯爵家を継ぐことができない。財産分与を求めるには少々経済状況がよろしくないことは知っていたので、自分で事業をおこしてなんとかどうにかやっていこうかと計画を立てて準備も進めていたというのに、なにゆえに結婚なのだ。

 しかも連絡が来たのは先週の話で、俺は相手に会っていない。顔を知らぬ男の元に嫁がされるなんておかしいだろうが。

 俺の妹のマリーベルはまだ十二歳だから結婚には早すぎるということなのかもしれない。とはいえ婚約者がいる身でもないのだから、ここは婚約して時が満ちるのを待てばいいではないか。


「せめて花婿だろう! 俺は男なんだ!」

「あなたさまを花嫁にと、欲していらっしゃるのです。ローズ家の真紅の薔薇をお望みなのですよ」

「お父様もお母様も変だと思わないんですか、男の俺に花嫁衣装って、ローズ侯爵家の恥だと思わないんですかっ!」


 着替え室の隣の部屋で控えているだろう両親に大声で呼びかける。母が扉の隙間から顔を出した。


「あら、花嫁衣装、すごく似合っていましてよ。私の着ていたものがピッタリだなんて」


 俺の母は父と同じ身長である。父が低身長というわけではないので、母が大きいのだ。

 くっ……母の思い出の品じゃなければ破り捨てていくところなのに。


「政略結婚というものだ。お前の野望を叶えてくれるとのことだからな、仲良くしておくことに越したことはない」

「だからって、どうして男の元に、女装して嫁ぐ必要があるんだ? 相手は公爵様とはいえ、社交界に顔を見せたことのない男だろう?」

「そういう趣味のある方なのよ、多分」


 解せぬ。花嫁衣装でないといけないなんて。

 メイクも衣装チェックも終わった。父に手を引かれて式場に向かう。

 ああ、さよなら薔薇色の人生。なんで俺がハズレクジを掴まされなきゃいけないんだ。向こうさんの不正でも暴いて、さっさと離縁させてもらおうじゃねえか。

 あれこれ考えながら、式場に入場する。

 急に決まった結婚式だ。公爵家と侯爵家の結婚だというのに来賓は少ない。

 ってか、うちの方は俺の兄妹と両親だが、ほかは誰だ?

 見ない顔だ。使用人が来賓席に座るわけがないことを考えると、血縁関係なのだろうか。俺よりも少し若い女性が一人、そこにいるほかは誰もいない。

 オリヴィエ公爵家は謎が多い。三つある公爵家の中では一番立場が弱いのだが、良い噂もなければ悪い噂もないという不思議な家柄だ。現公爵は姿を見せたことが一度もなく、年齢は三十歳だったか。

 ということは、あれが引きこもり公爵様ってことだな。

 俺は自分が歩む先に立つ美貌の長身男性に目を向けた。俺よりも背が高いのが許せないが、姿勢はすごくいいのでスタイルがよく見える。

 あの立ち方は騎士のするやつだな……騎士団に籍を置いている話は聞いていないが。


「――どうした、我が花嫁」


 隣に立ったときも不躾な視線を向けていたからだろう。俺の伴侶になるらしい男は低く痺れる声で告げた。


「い、いえ」

「式は手短に済ませる。負担にはさせぬよ」


 ふっと優しく微笑む姿は貴公子である。三十だと聞いていたが、その表情からはもっと若く感じられた。

 な、なんだ、こいつ……。

 所作も言葉遣いも、俺を選ばずとももっといい縁談が来そうなのに、勿体無い。公爵家なんだろう? 騙されているのか?

 あまりにも急ぎの挙式になったせいで充分に調査することができなかったことが悔やまれる。いや、それが狙いで手紙をよこしてすぐに結婚なのか? わからねえ。

 あれこれ考えている間に式は進み、誓いのキスは互いの頬に触れるだけで終わらせたのだった。





「いやはや、事情もろくに説明せず、すまなかった」


 夫婦になることを示す書類にサインを済ませて、俺たちは馬車で公爵家の屋敷に向かっている。彼は二人きりになるなり頭を下げた。


「真紅の薔薇が必要だったんだろう? 妹の方じゃなくて悪かったな」


 俺は首に咲く真紅の薔薇に似た痣を見せてやった。ローズ家に現れる薔薇の痣を持った子どもは奇跡の力を持つとされる。今のところ俺はそういった奇跡の力らしい現象を起こしたことはないのだが、そういう言い伝えなのだから仕方がない。


「刺青ではないのだな」

「好き好んでこんなところに入れないだろ」

「もっとよく見せてほしい」

「屋敷に着いてからじっくり見ればいいさ」

「いや、今がいいのだ」


 そう告げるなり、彼は俺の隣に移動した。左側の首に赤い薔薇に似た痣がある。彼は真っ赤な花嫁衣装の首元を少し引っ張って、痣をつうっと撫でた。


「……っ」

「痛かったか?」

「くすぐったかったんだ」

「ふ、気を許しているのだな。もっと拒まれると思っていた」

「公爵様には逆らえないだろう、俺の家格じゃ」

「体の拒否権はあるだろう? ましてや、男同士じゃ子を成せん」


 耳元で囁かれて、俺は身の危険に思い至った。


「おや、緊張してきたか? からかって悪かった」


 公爵様は少ししょんぼりした様子で離れていく。


「な、なにが目的だ」

「君の力が必要なのだ。オリヴィエ公爵家の存続のために」


 彼の姿がぼやける。化粧が目に入ったのかと思って軽く擦って目を瞬かせる。もう一度彼を見やると――美女がいた。


「ん?」

「すまんな。こちらの私が本来の姿なのだ。父に呪いをかけられてしまって、昼間は男の姿を保っているが、夜は本来の姿だ」

「え、だが、今はまだ陽が」


 馬車の外を見やればまだ明るい。


「君の力を借りて元の姿に戻れたわけだな」

「ええ……」


 まだ状況が飲み込めない。


「とにかく、この秘密を知った以上は君はこちら側の人間になったということだ。伴侶としてよろしく頼む」

「よろしく……」


 差し出された手を握ったときにはもう男の姿で。

 む……美女の姿が俺の好みだとか、反則じゃねえか。

 離縁に必要な情報を握ってさっさと別れるつもりでいたのに、なんてこった。

 俺はこれからの生活を楽しみに感じてしまった自分に困惑しながら、伴侶の顔を見つめ返すのだった。


《終わり》

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