第6話 悪役王子、聖剣を抜く

 それから半年――


 異世界にも慣れ、ラウルは15歳の誕生日を迎えた。自分のステータスを鍛えつつ、悪役とは思えないくらい平穏無事な生活をおくっている。

 しかし事件は唐突におきた。


 さて今日もよく訓練したし、寝る前の勉強も終わり。

 寝るかと思ってベッドに入った時だった。急に慌ただしい足音が聞こえ、扉がバーンと開かれる。


「ラウル様!」

「はい、ラウル様です」


 急に飛び込んできたのは額に汗を浮かべ、荒く息を吐く爺やだった。彼はしわがれた声を張り上げる。


「お逃げ下さい、賊が侵入してまいりました!」

「賊? なんだそれ?」

「ラウル様のお命を狙っ――」


 爺やは話している最中に、ドサッと前のめりに倒れる。

 すると、後ろから見るからに盗賊風の男が三人現れる。

 一人は筋肉質、一人は小柄、一人は背が高い。それぞれ剣や斧で武装しており、皆モヒカンでトゲ付きの肩パッドを装備している。

 

「邪魔するぜ、ラウル様よ」

「な、なんだお前らは!?」

「オレ達は正義の味方さ」

「正義の味方? その世紀末ザコみたいなナリでか!?」

「ナリは関係ねぇだろうが!」

「悪は成敗されるんだ、この悪王が!」


 悪王は俺の父上の話であって、別に俺が何かしてたわけじゃないのに。

 男たちは刃物をギラつかせてにじり寄ってくる。


「あんたら盗賊なのか?」

「そんなちんけなものと一緒にするな。オレ達はメッサー王の圧政から人民を解放する、反乱軍ヴェノムタランチュラ団だ!」


 なんて悪役っぽい組織名なんだ。毒蜘蛛団だろ。

 確かに奴らの肩や胸に蜘蛛らしきイレズミが掘られている。ファッションかと思っていたが、反乱軍のトレードマークのようだ。


「反乱軍……?」

「その通り、打倒リガルド政府を掲げる平和維持組織だ!」

「深夜に刃物持って押し入ってきて、よく平和維持とか言えるな」

「ゴチャゴチャうるせぇ、その首貰ってやるぜ! ヒーハー!」


 反乱軍の三人はナイフや斧を振り上げ、同時に襲いかかってくる。


「ちょ、ちょっと待って、こっちに来るな!」


 筋肉質な男は錆のついた斧を振り回す。間一髪でかわすもローブが切られ、胸から血が流れ出る。


「痛、痛い」


 ダラダラと流れる血を見て、どこか異世界を楽しんでいた己の目が覚めた。

 ゲーム世界で悪役王子楽しそーとか、頑張ってステータス上げようとか、そんな暢気なこと言ってる場合ではない。彼らは本気で俺の命をとりにきている。


 自然と体が震え、歯がガチガチと音を鳴らす。

 怖い、現実世界ならナイフを持った暴漢一人でも恐ろしくてたまらないのに、剣や斧を持って明確に殺しにきているのだ。これが恐ろしくないわけがない。


「おやおや~王子様、涙目で震えてらっしゃいますよ~」

「ふはははは、その痛みは今まで苦しめてきた国民たちの怒りだ」

「後悔しながら死んでいくがいい!」


 くそ、筋肉、チビ、ノッポの三人でローテーショントークしやがって。


「ま、待て、俺は金持ちだ、金を払うから出ていってくれ!」

「別にお前を殺してから金を奪えばいいだけだろ」


 くそっ圧倒的正論にぐぅの音も出ない。


「それに我々の目的は別にある。お前はおまけみたいなものだ」

「別? どういう意味だ」

「とにかくお前を生かしておく理由なんかないんだよ!」

「「「死ねぇぇっ!!」」」

「来るなっ!!」


 声を揃えて襲い来る暴漢から逃げ出すため、両手をクロスし窓をダイナミックに突き破り庭へと飛び出す。

 庭園は石畳で舗装されているものの、素足にガラスが突き刺さって痛い。別にぶち破らなくてよかったなと後悔しつつも、立ち止まっている余裕はなく、すぐに自称反乱軍達が追いかけてくる。


「逃げんじゃねぇよ!」

「手間取らせるな豚野郎!」


 ダメだ、やっぱり殺される。俺はしゃかりきに足を動かして庭園内を逃げる。

 しかし全力で走ってるつもりなのに、全然スピードが出ない。むしろゼヒューゼヒューと荒い息ばかりが出て、速度ダウンしていってる。

 心臓が痛い、肺が苦しい、足が重い、爺やと訓練もしてるのに、なんでこんなに鈍いんだ!

 自分の体力のなさに怒ると、庭園の噴水に歪んだデブが映し出される。

 なるほど、こんだけメタボな男が全力で走ったところで逃げ切れない。

 俺は恐らく訓練をした気になっていただけなんだろう、本当はもっと本気で取り組まなきゃいけなかった。覚悟が足りていなかった。

 せっかく転生したのに、暴漢に八つ裂きにされて終わりだ。

 こうなったらまた次の転生ガチャに賭けるしかない。もう諦めよう、このままじゃ心臓発作で死んでしまう。

 いくつもの諦めの理由が頭に浮かぶも、豚のようにノロマな足は動いていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ……ぐるじ。しにたくない」


 無様なほどの生への渇望。顔を汗と涙でグシャグシャにしながらも走り続ける。俺の思ってた転生と違う。悪役なんか全然楽しくない。

 そうして、俺は目指していた場所にたどり着く


「ようやく観念したか」

「オラ、クソガキこっち向け!」


 追いついてきた暴漢の声が背中にかけられる。

 俺は勝ち誇った連中に向き直る。

 その手に、庭園に突き刺さっていた剣を握り締めて。

 この前抜こうとしたときは全く抜けなかったが、今抜くとあまりにもあっさりと抜けて自分でも驚いている。

 石に突き刺さったモニュメントの剣、漆黒の刀身をしており柄にはコウモリの羽のような装飾が見られる。

 何年も放置されていたことにより、恐らく切れ味なんてない。剣というよりも鈍器に近い武器。


「はは、そんな庭に刺さってたナマクラ剣でやるつもりかよ?」

「抵抗すると痛い目見るぜ豚王子ちゃん」

「お前たちに聞きたい。なんでこんなことをするんだ。俺のことを悪王子と思うなら警察に言えばいいだろう!」

「ケーサツ? なんだそれ」

「え、えぇっと自警団、騎士団! もしくは宰相や王に直訴すれば良い! 俺を殺しても政治はよくならないぞ!」

「ふん、悪王メッサーに俺達平民が言ったところで聞く耳持つかよ。奴を動かす為に、まず奴の子供である貴様ら王子を皆殺しにする」

「お前の首を悪王メッサーに贈りつけて、どれだけ民が怒っているか教えてやるんだ」


 なんだそのメチャクチャな話は。


「繰り返すが、そんなことをしても意味はない! 俺はちゃんと君たちの話を聞くし、俺から父にかけあっても構わない! もっと建設的な話をしよう!」

「うるせぇテメェは生贄なんだよ!」

「お前を殺せば、ヴェノムタランチュラの名に箔が付くし、金も手に入る」


 なんだよ、正義の味方とか言っておきながら、やってることは結局ただの強盗じゃないか。

 それを民の怒りなどという大義名分を使い、正義などとのたまう卑怯者たち。


「へへへ……」


 おかげで完全に頭の中でスイッチが入った。次の転生ガチャに賭ける? 何を寝ぼけたことを考えているんだ。怒りが恐怖を越えたおかげで、変な笑いすらこみあげてきた。


「何笑ってやがる豚野郎」

「はは、何が正義の味方だ。巨悪に反抗する度胸もなく、勝てる相手を狙ってイキがる小悪党の分際で」

「なにを……このガキ」

「自分が不幸なのは他者のせいだと常に誰かを恨んで、今自分がやっていることは棚上げする。これまでの人生そうやって生きてきたんだろう?」

「言わせておけば……貴様ら生まれながらにして人を足蹴にしている王族が、偉そうな口を叩くな!」

「不平不満をツラツラとほざき、最後は暴力頼み。だからお前らは支配される側なんだ。かかってこいよ三下共。我が名はラウル・グランツ。貴様らが悪王と呼ぶメッサー・グランツの子だ! 覚悟は決めた、ここで生きるために俺はお前たちを殺す!」


 戦わなければ生き残れないなら戦ってやる。

 勝たなきゃ命を奪われるなら、こちらも奪う。

 命を尊重しようという生ぬるい現代のルールはここでは通じない。

 それが悪だというなら悪でも構わない。

 正義気取りの悪党が恐怖をふりまくというのなら、俺の悪でぶっ潰してやる。

 俺はまっすぐに暴漢を睨みつけ、とびきりの悪い笑みを浮かべる。

 暴漢達は一瞬驚いた顔をして「悪王……」と呟く。

 奴らは怯んでたまるかと、こちらに向かって襲いかかる。

 例え手や足が切り裂かれようと絶対に勝つ、その気持で剣を掲げると突如刀身が眩い光を放つ。


「なんだ!?」


 夜を切り裂く閃光が収まると、そこにいたのはセクシーな水着のような格好をした金髪の少女。夜中でも煌々ときらめく赤い瞳。男の視線を釘付けにする爆乳。

 その少女は背にはコウモリのような羽が生えており、月をバックに滞空しているのだ。背中に青い光を浴びる少女は、どこか神々しさすら感じてしまう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る