地球さん、こんにちは

マカロニサラダ

第1話 四十六億歳の女子高生

     序文


 この物語は地球さんのダラダラした日常と――無益な戦闘を繰り返すだけの話です。


 ――予めご了承ください。


     1 四十六億歳の女子高生


 時は――西暦二千四十五年。


 第三次世界大戦が始まったのは――某国と某国の戦争が発端だった。

 

 侵略戦争であるソレは、一気に規模が拡大する事になる。

 雪崩を打つかの様に、何時の間にか周辺国家もこの戦争に巻き込まれたのだ。

 

 比較的平和だった世界は、この時点で堰を切ったかの様に大戦へと突き進む。

 そのどさくさに紛れて某大国も日本に攻め込み、日本国内は大混乱に陥った。


 本土決戦となった日本は、自衛隊と共に同盟国の軍隊も頼る事になる。

 だがその同盟国も母国が窮地に陥ると、軍を退かざるを得なくなった。


 そこまで戦線は拡大し、今や世界は大混乱に陥っている。

 唯一の救いは、まだ核兵器が使用されていない点だろう。


 だが、それも時間の問題だ。

 特に核の傘に護られていない国々は、切り札を有していないという事になる。


 日本もその一つで、日本が抵抗するほど侵略国は核の使用を検討する事になるだろう。

 逆に核保有国である侵略国に対しては、核による反撃は叶わない。


 侵略国が核攻撃を受ければ、当然、侵略国も核による反撃をする。

 核の連鎖は現実の物になって、この地球その物を破壊するだろう。


 第二次世界大戦以後――まことしやかに囁かれていた世界の滅亡が現実化するのだ。


 世界はそれ程までに、危うい薄氷の上にあった。

 その事に気付いていながらも、人類は成す術がない。


 今の戦況だと――後三十分もしない内に核ミサイルが日本に向け発射される。


 牽制も反撃も出来ない日本は、その核ミサイルを受け入れるしかない。

 この日、日本は再び核と言う人災に見舞われる。


 その事を、日本人はまだ誰一人知らないのだ。

 

 いや、彼女にとってはそれ処ではなく、今まさに命の危機に瀕していた。


 それは七月を迎えた、暑い日の事。

 銃口をつき付けられた彼女は、二十名もの兵隊に囲まれている。


 敵国の侵略者は逃げ遅れたそのギャルを、どう処理するべきか思いあぐねていた。

 恐らくそのギャルは小学校に取り残された子供を見つけ、彼を助けようとしたのだろう。


 それは善行と言える物だったが、ギャルはその所為で死にかけていた。

 引きつった顔で両手をあげるギャルは、いよいよ射殺される。


 その間際まで来た時、それでもギャルは彼を勇気づけた。


「……だ、大丈夫!

 こういう時は、必ず正義の味方が現れてくれる物だから! 

 ウチもあんたも、絶対助かるよ! 

 何かの漫画で言っていたけど――女子高生は最強なんだから!」


「………」


 対して、ギャルが助けた小学生は、もう泣き喚く事さえ出来ない。

 まだ明確に死と言う物をイメージできない彼は、ギャルにしがみつくだけだ。


 いや、もうギャル達にとっては、日本の運命などどうでもいい。

 彼女達はもう、自分達の命が救われる事を祈るほかない。


 この地獄の様な世界において、そう願う事は自然な事。

 しかし、それは現実を直視できない傲慢な祈りでもあるだろう。


 少なくともマシンガンを構えている大人達は、そう感じたのかもしれない。

 現に彼等の指揮官は、ギャル達に銃口を向けながら、こう命じた。


「もう、いい。

 この連中に――利用価値などあるまい。

 殺していいぞ、おまえ達」


「……は? 

 何言っているの、あんたら? 

 ここは日本なんだから、日本語で喋りなよ!」


 人は時に、信じられないくらい、冷酷になる。

 私もその事は、よく知っていた。


 だからという訳ではないが、私は場を和ませる為に挨拶などしてみる。


「――ハロー。

 私――地球。

 ご機嫌いかがかな?」


「………」


 背後から私に声をかけられた彼等は、一斉に後ろを向く。

 彼等の死角に居た為、私の姿が見えていなかったギャル達も、私を見て呆然とする。


 ……しまった。


 意味が分からないといった目で、見られてしまった。

 私は決して変人ではないが、今まさに変人扱いされたのだ。


 私が苦笑いを浮かべていると、彼等の半数が私に銃口をつき付けてくる。

 どうやら彼等は、私を殺害対象だと認めたらしい。


「……その姿は、日本の女子高生? 

 驚いたな。

 日本の女子高生は、みな勇敢で命知らずなのか? 

 その所為で命を縮める事になった愚かさを――あの世で思い知れ」


 喜々としながら、指揮官は右手を上げて発砲を許可しようとする。

 私はやはり引きつった顔のまま、首を傾げるだけだ。


「……そうね。

 私はやっぱり、愚かなのかもしれない。

 だって私は地球なのに――人類を救おうとしているのだから」


「な、に?」


 彼等の母国語で、そう言ってみる。

 お蔭で彼等は眉を顰めるが、指揮官は鼻で笑いながら今度こそ発砲を許可した。


 私に向けて放たれた弾丸は、私という人物を容赦なく抹殺するだろう。


 いや、本当にその筈だった。


「……は?」


 意味が分からないと言った感じで、今度は彼等が首を傾げる。

 着弾して落命している筈の私を見て、彼等はただ動揺した。


「――なぜ、生きている? 

 きさまは、一体なんだ?」


 私に向け、発砲を続ける、彼等。

 しかしその弾は、私の体に着弾するだけで飲み込まれていく。


 私は一歩踏み出し、彼等に歩み寄ろうとする。

 その事を脅威に感じたのか、彼等は例のギャル達を人質にした。


「……それ以上、近づくな。

 こいつ等の命が惜しければ、な。

 それとも――こいつ等の頭がリンゴみたいに砕ける様が見たいって言うのかっ?」


「………」


 この場合、どう答えたらいいのだろう?

 私としては一個人の命を考慮する必要はないのだが、私はここでも人道的だ。


「うん、そうね。

 それは、困る。

 困るから、やめて欲しい。

 いえ、きっと言葉で訴えても聞いてもらえないと思うから、私はこうするしかないの」


「……な、にっっっ?」


 何時の間にか、彼等の手にあったマシンガンが無い。

 武器を失った彼等は、次の瞬間――服さえ失って全裸になった。


「――バカなっっっ! 

 何なんだよ、これはっ? 

 まさかこれも全部、きさまがやっているのか……っ? 

 きさまは、一体……何ぃっ?」


「いえ――だから地球なのだけど」


 恐らく受け入れてはもらえないだろうが、私は彼等にもう一度事実を話す。

 そのまま件のギャル達を保護した私は、彼女達の手を引いて学校の外に出た。


 ギャル達も彼等の様に、唖然とするだけだ。


「……え? 

 え? 

 どういう、事? 

 ウチ等、マジで助かった? 

 あんた、マジで、正義の味方?」


「うーん、どうかしら? 

 正義の味方かは怪しいけど、取り敢えずこの世界大戦を止める気だけはあるかな?」


「………」


 今度はギャルに〝何だかこの人、頼りない〟みたいな目で私は見られてしまう。

 そのご意見に異議を唱える気はないが、私は一寸困った様に笑う。


「そうね。

 今は私と一緒に、居てくれるかな? 

 その方が、恐らく安全だから」


「というか、あんた、本当に何者? 

 地球って名乗っていたけど、マジで地球? 

 地球さん? 

 地球さんがウチ等を助けてくれた……? 

 やっぱり地球さんは――人類の味方なんですか?」


「んん? 

 急に態度が変わったね。

 ……成る程。

 相良織江さんか。

 今年からギャルデビューした、十七歳の女子高生。

 去年まで委員長をやっていたくらい真面目だから、普通に敬語も出来る訳ね。

 と、きみは東清彦君。

 スーパーヒーローに憧れている、極めて真っ当な七歳児か」


「――はっっ? 

 地球さんって、そんな事も分かるのっ? 

 ……え? 

 それは、地球さんだから? 

 もしかして地球さんって、超偉いっ?」


「……ハハハ。

 偉いかは分からないけど、私に出来る事はする。

 ――と、危ないな」


 私達に目がけ、戦車の砲弾が飛んでくる。

 このままでは織江さん達も、それに巻き込まれるだろう。


 だが戦車の弾さえ飲み込んだ私は、やはり唖然とした目で見られた。


「――グロ! 

 助けてもらってこう言うのも何だけど――微妙にグロい! 

 いま普通に戦車の弾を、体に吸収しましたよねっ? 

 それって、一体どういう構造なのっ? 

 というか、吸収した弾は一体どこに行ったんですっ?」


「……あー、まー、どこかその辺?」


「………」


 内心、グロいと言われた事に傷つきながらも、私は律儀に返事をする。

 金髪で夏の制服を着崩す相良織江さんは、更に尤もな質問をしてきた。


「というか、何で女子高生っ? 

 その制服ってウチの学校の物ですよねっ? 

 地球さんって、女子高生だったのっ?」


「そうね。

 私――まだ四十六億歳だもの。

 普通に考えたら――ただの女子高生に過ぎないわ」


「………」


 いや、本当はただ擬人化するにあたり、日本の女子高生を参考にしただけなのだが。

 その割に、中途半端に地球感が出ている私の髪は青い。


 青い長髪をなびかせながら、私は彼方を見る。


「んん? 

 今度は戦車だけでなく、AI搭載型の無人殺戮兵器まで出てきた。

 あれ等は普通に考えると、厄介かな。

 味方の識別信号を発していない物体は、無差別で攻撃してくるから。

 もう私達も標的になっているから気をつけて、織江さん、清彦君」


「――はぁっ? 

 気を付けてって、どうやってっ? 

 あの丸いの、グルグル回転しながらこっちに向かってきて発砲までしてきたんですけど! 

 接近戦になったら、あの鎌みたいので敵の急所を斬り裂く仕組みなの――っ?」


「――正解。

 あれが十機居るだけで、普通に千人くらいは殺されるかな? 

 人間の動きを逐一学習して、最適解の対処法を導き出す彼等は正にAIの申し子だから」


「――うわー! 

 だったらウチ等、もう死ぬしかないでしょう! 

 とういうか何時の間にかウチ等、その殺人マシーンに囲まれているじゃん!」


 その上で戦車隊が後方支援に回り、遠方から発砲してきた。

 中距離にある件の殺人マシーンは、その位置から確実に標的を抹殺する。


 このコンボを決められた時点で、本来なら人類は死に絶えるしかない。

 現に私が盾になっていなければ、織江さんと清彦君は死んでいただろう。


「――だから、何ですか――っ? 

 その――掃除機ばりの謎の吸引力はっ? 

 あの殺人マシーンのガトリング弾を地球さんが吸収して、戦車の砲撃もやっぱり効かない! 

 でも、これは余りに多勢に無勢だよ! 

 こっちから攻撃する暇なんて微塵もないし、このままじゃウチ等マジジリ貧だー!」


「そうね。

 私も彼等に、攻撃する意思はない」


 ただ――私は一度決めた事はやり通す主義だ。

 この大戦を終わらせると決めた以上――何があろうとこの戦いは終わらせる。


「……というより、私の手を煩わせるその愚行を少しは改めてほしい」


 心底からの訴えと共に、私は例の戦車隊と殺人マシーンに目を向けた。


 実に呆気が無い話だが、それで勝敗は決したのだ。


「……えっ? 

 な、何っ?」


 織江さんが、息を呑む。

 その頃には、この場にある全ての兵器は消失していた。


 戦車隊の乗組員も全裸の状態で、その場に佇むしかない。


 いや、彼等はすぐさま駆け出し、この場から少しでも離れようとする。


「と、そう言えば、忘れていた」


「へ?」


「もう直ぐ――ここに核ミサイルが飛んでくるんだった」


「……はっっっ?」


 意味不明と言った感じで、織江さんが吼える。


 彼女の危機感はここにきて、マックスに至った。


「核ミサイルが飛んでくるって、マジ、私ら終わりなんですけど! 

 ……えっ? 

 え――っ? 

 私、こんな所で死ぬの? 

 せっかく本物の正義の味方に出逢えたのに、もうジ・エンド? 

 いや、もうヤケだ! 

 私はどうなってもいいから、この子だけは何とかして――っ!」


 後十秒で核ミサイルが炸裂する中、織江さんは清彦君を抱きしめる。

 織江さんが空に目を向けた時、今まさに核ミサイルが着弾し様としていた。


「……な、何、ですって?」


 その驚きの声は、誰から漏れた物だろう? 

 私が疑問に思うのと同時に――核ミサイルさえも消失する。


 いや、いい加減面倒くさくなった私は――この星にある全ての兵器を人類から取り上げた。


 銃も、マシンガンも、戦闘機も、戦車も、ミサイルも、無人兵器も、核ミサイルさえも没収する。


 全ての武器を奪われ、戦う術を失った人類はその時点で第三次世界大戦を集結させたのだ。


 いや。


 地球と言う私のごり押しによって――彼等はもう殴り合う事しか出来なくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る