第12話 再会

 公園でのランチを終えてからは映画館へと向かった。千早は作品をいくつか取り上げて「この中でどれが良いと思う? あ、別にこれはインターネットで『いくつか候補を挙げて選んでもらうのが一緒にデートプランを考えている感じになって良い』とかそういう記事を見たわけじゃないから」と言っていたので、きっとインターネットにそう書いてあったのだろう。

 別に茉尋個人的には一度見た映画だろうが楽しめるタイプなのでそこまで気にしないでも良いんだが、千早がそこまで調べて考えてくれたこと自体が嬉しかった。

 映画はなんとなく千早が好きそうなアニメ映画にした。このアニメは少年漫画が原作だけど、老若男女に人気がある作品だ。茉尋も話題についていくために何となく見たら見事にハマってしまった。放送中はサブスクリプションでいつでも好きなタイミングで見れたけど、劇場版となるとなかなかタイミングが合わずに見れていなかったというのもある。

 結果、このチョイスは大正解だったようだ。

 「凄かったね御厨さん! 俺も呼吸使えるようにならないかなあ?」

 千早はそこら辺にいた子ども達と一緒に大はしゃぎ。今は感想戦の為にボリューム満点のコメダ珈琲で寛いでいる。千早のもとには既にそれ自体が胃に収まったシロノワールの皿がある。茉尋からすれば魔法のようにみるみる減っていったので運動部男子の食欲にはビックリだ。

 ここにくるまでは映画館で子ども達と誰がどの呼吸を使うか取り合いになっていた。そして何故か敵役である鬼にされて袋叩きにされていた。それでも満足そうだけど、それで良いのか。

 「うーん、陸上部の練習頑張ってれば使えるようになるんじゃないの? 知らんけど」

 茉尋のテキトー極まる返答に千早はクソ真面目な顔で思案。

 「確かにセンパイ達あんなハードな練習してても全然バテないもんな……。今度聞いてみるか」

 「良いじゃん。その結果今度教えて」

 「うん」

 ……何だか良い感じではないだろうか。人一倍どころか何倍もモテるが、恋愛経験に乏しい茉尋なりに今の状況を分析する。軽い冗談を言い合うようなこの感じ、もうこれは夫婦といっても過言ではない気がする……!

 ――踏み込んだ話をするのは空気が解れてから。

 親友である胡桃のアドバイスという刀を抜くことをここに決断する。

 「そういえばさ、千早って何で陸上始めたの?」

 「陸上? 楢崎先生に声を掛けられて」

 そういえばあのマラソン大会の時に千早は陸上を始めたばかりだと聞いた。

 「ふぅん。でも雄二から聞いたけど千早って陸上経験とかなかったんでしょ? それなのにわざわざ声掛けられたってこと? もしかして何か記録とか持ってた?」

 茉尋は自分が通っていた中学校の駅伝チームが運動部を集めたチームだったことを思い出した。千早もあれだけ速いのだからその口だろうと思ってそう言ったが、首を横に振る。

 「俺は中学まではサッカーをやってたんだよ。そのサッカー部の試合をたまたま先生が見てて、それで声を掛けられた」

 「へえ……」

 サッカー部の人間を陸上の世界に引き込もうとするとは。結果的に成功しているとはいえ雄二もなかなか大胆なことをする。

 「千早って元々脚速いの?」

 「ううん。短距離なんかは平均くらいだし、長距離もサッカーやってたら速くなったって感じだし」

 「確かに。千早が短距離速いのって想像つかないかも」

 「え、なにそれ。酷い」

 千早も言ってることとは裏腹に表情は穏やかだ。とはいえ、この茉尋の言葉の半分はウソだ。マラソン大会を目撃した時は千早との第一印象とのギャップが凄かったのは今でも鮮明に覚えている。

 「というか俺の話ばかりだけど、楽しい?」

 千早はそう問いかけてくる。その黒目は揺れていてどこか自信なさげだ。

 「楽しいよ。楽しいに決まってるじゃん。だから聞いてるんだよ」

 そう言うと千早の目を見開き、その小さな顔を赤く染める。余程予想外の言葉だったらしい。

 茉尋の中での勝手な印象ではあるが、運動部所属の男子というのは自信家が多いイメージ。千早はとことんその逆をいっているから不思議でしょうがない。あれだけ速く走れるのに。何が千早をそういう風に形成しているのか。シンプルに気になる。だからだろうか。深く考えもせずにこんなことを聞いてしまった。

 「そういえばサッカーはもう良かったんだ?」

 ――ピクリ。

 空気が固くなるとはこういうことか。千早の身体が硬直したのを見た瞬間茉尋は自分がやらかしたことが分かった。

 「うん、良いんだ。もう」

 千早は笑顔を張り付けてそう言う。きっと“良くない”のだろう。やむごとなき理由で離れたのだろう。サッカーが好きだったのだろう。それは千早が一瞬見せた切なそうな表情から明らかだ。

 「……千早?」

 空気がどんよりとしている中、聞きなれない声が2人の空間に響いた。

 何かと思って顔を上げるとそこに立っていたのはジャージを身に纏った同い年くらいの男子だ。身長は180センチくらいだろうか。手足が長く、姿勢が良いのもあってスタイルがかなり良く見える。整った顔立ちに日焼けした肌、短く切り揃えられた黒髪が爽やかなスポーツマンという印象を与える。

 「亮……」

 「久しぶりだな。……っと悪い、デート中だったか?」

 亮と呼ばれたその少年は茉尋に気が付くと手刀を切る。

 「はじめまして。諸角亮もろずみりょうです。千早とは小中の同級生でチームメートでした」

 「あ、はい……」

 茉尋に近寄ってくるのは大体下心が透けて見える男だったのでこうも礼儀正しく挨拶をされると少し調子が狂う。

 「えーと、御厨茉尋です。千早とは高校の同級生です」

 「え、彼女じゃないんすか?」

 「かッ……」

 礼儀正しいかと思えばいきなりぶっ込んできた爽やかイケメンボーイに茉尋は一瞬フリーズ。代わりに答えたのは千早だった。

 「彼女じゃないよ。友達。胡桃がアレコレ関わっている」

 「亜里か……」

 そうか、千早と同級生ということは必然的に胡桃とも同級生ということになる。諸角は胡桃の名前を聞いた瞬間深く納得した表情を浮かべているが、一体胡桃はどんな生徒だったのだろう。

 千早は微妙に緊張の色が浮かんだままの表情でそのまま問いかける。何も気にしてませんよといった様子で。

 「亮はどうしたの? 遠征の帰り?」

 千早の元チームメイトだという諸角の着ているジャージは県内でも有名なスポーツ強豪校のロゴが入っている。

 「ああ。朝イチで試合したんだ。聞いてくれよ俺Aチームで試合出れたんだぜ。10分だけだけど」

 「え、すご!」

 それを聞いた千早は驚きに目を丸くする。1年生の春で強豪校の試合に出れるのがすごいことはスポーツに疎い茉尋でも何となくわかる。

 「まあ、点取ったりとかそういうのはできなかったんだけどな。そういう千早はどうなんだ? 良かった。ジャージ着てるってことはサッカー続けてるんだ――」

 「ごめん。サッカーは辞めたんだ」

 「え……」

 諸角の言葉に被せるように放たれた千早の言葉は茉尋が聞いたことないくらい悲痛に感じた。諸角はそう言われて今度はしっかりと千早のジャージを見る。

 「Track and Fieldって……陸上部……? 千早は陸上部なの?」

 諸角は信じられないもの目を千早に向ける。茉尋は何故だかその視線が非常に癪に触った。だけどそれが上手く言語化できずただ見ていることしかできない。

 「それは……俺の――俺達のせいなのか?」

 「! ち、違う!」

 勢いよく立ち上がった千早の今までに聞いたことのない大きな声が被せられる。

 お店中の視線が集まってきたことを感じた千早は身を縮こませて着席する。

 「ごめん、大きな声出して……。でも、違う……違うんだよ……」

 「だったら何で……。あんだけ頑張ってたじゃないか。あの時は上手くいかなかったかもしれないけど、そのうち開花したかもしれないだろ」

 「……!」

 諸角の言葉には棘はない。それどころか千早に対する優しさや純粋なリスペクトがある。なのにそれを聞いている千早はまるで怪我を堪えるかのように苦しげな表情を浮かべている。それを見た茉尋は考えるより前に行動に移していた。

 「あーッ! 千早! この後行くところ予約もうすぐじゃなかったっけ?」

 「……え」

 茉尋は何かを思い出したかのように立ち上がる。そんな茉尋を2人は不思議そうに見る。

 「諸角君、すいません! 積もる話もあると思うんですけど、続きはまた今度ということで! 失礼しやす!」

 茉尋は強引に千早の手を引っ張り、会計を済ませ、シュタッと手を挙げてその場を退去。諸角は呆気に取られたようにポカンとしていた。

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