第10話 オペレーション始動
御厨茉尋は円井千早と結婚を前提に付き合っているらしい。
そんな噂が瞬く間に広まった。何故結婚を前提にということになったのかは知りたくもないが、噂とは実に無責任なものだと千早は痛感した。やはり波風立てずに生きることが1番だ。
茉尋は校内でもかなりの有名人だ。そんな茉尋と付き合っている男はどんな奴だと千早のことを見に来る生徒や教師がチラホラと現れた。生徒はともかくとして教師は一体何をしているんだとツッコみたいが、下手に反応すると噂とは尾ひれが付くもの。
「なんか思ってたのと違う……」「御厨さんと付き合うほどではないよね」「カッコ良かったら粉かけようも思ったのに」
これは女子達(教師含む)の言葉だ。ちなみに最後の台詞は養護教諭だ。カッコ良くなくて良かった。
「カッコいいか……?」「いや、普通じゃね?」「俺のがイケてるべ?」「……いや、俺は円井……もとい千早アリだぞ」
これは男子達(教師含む)の言葉だ。ちなみに最後の台詞は話したこともない校長(既婚)だ。自分はアリらしい。転校に必要な資料等調べておく必要がありそうだ。
そんなすったもんだがあり、午前中だけでもどっと疲れてしまった。そして昼休みは茉尋と過ごすことになっているので更に疲れそうだ。果たして今日の部活まで体力はもつのか。
「お待たせーッ!」
茉尋の強い希望で昼休みは共に食事を摂ることになった。場所は例の中庭。お疲れモードの千早とは逆に茉尋は太陽のように弾ける笑顔で駆け寄ってきた。
「御厨さんのあんな笑顔初めて見たぞ……」「俺には生ゴミを見るような目向けてきたのに」「それはお前が踏んでくださいって言ったからだろ」「それにしても千早、可愛いな……」
野次馬達に物陰から見張られてるこの状況は正直気詰まりだ。というか、何人か異質な存在がいる気がするけど、今はそっちに気を向けてる場合ではない。
「いや、今来たところだから大丈夫」
ちなみに来てから10分くらいは経っているが、それを正直に言うのは愚策だと何故か天馬から指導を受けたのでその通りに優しいウソを吐くことにする。
「良かった。そうしたら早速ご飯食べよっか?」
「あ、えーと、ちょっとその前に話しておきたいことがあって……」
お腹は空いたものの、嫌なことほど先に話しておいた方が良い。そういう気持ちから切り出した。
「ん? なに?」
茉尋は無邪気な瞳でこちらを見る。胸が痛むが、ここは心を鬼にしなければ。
「あのさ。もう既に俺が御厨さんのボディーガード始めたこと自体は色々な人に見られてるみたいなんだ」
「うん、なんとなくそれは分かる」
「でしょ。そうしたらさ、御厨さんの隣に立つ俺を見て……その、か、彼氏と誤解されてるみたいで……」
使い慣れてない言葉に照れ臭さを感じてしまうと、茉尋も同様なのか薄ら頬を赤く染める。
「別に誤解じゃないんじゃない……?」
「いや、誤解でしょ」
あっさり歴史を改変しようとする茉尋に秒でツッコミを入れると何故だか彼女は怒ったフグのように頬を膨らませる。頬を赤くしたり膨らませたり忙しい人だ。
このままでは話が脱線してしまう。無理やり舵を切って話を元に戻す。
「それで、俺を見て『なんであいつが?』って声がいっぱいあるみたいなんだよ」
もちろん好意的に見てくれる人もいたが、どちらかと言うとネガティブな見方の人が多い。それだけ茉尋がモテて、千早が冴えないということでもあるがこうやって衆目に晒されて好き勝手に評されるというのは意外としんどい。
茉尋は黙って話を聞いてくれているので千早はそのまま続ける。
「多分このままだと不満に思った人が――またあのセンパイみたいな人が出てこないとも限らないと思う。だから、それこそもっと頼り甲斐のある人に代わった方が――」
「嫌」
「……え」
言い切る前に千早の主張は見事バッサリ。千早の言ったことにウソはない。下手に目立つ真似はしたくないという下心は大いにあるけど、口にしたような危険はもちろんあると思って大真面目に言ったつもりだったから呆気に取られてしまう。
「前にも言ったけどわたしは千早が良いから頼んだの。それに周りの声なんかどうでも良い。その周りってのはわたし達がとった行動に責任を取ってくれるの? ヤフコメやSNSで話題に一丁噛みして誰でも言えるような薄っぺらいことを長々と話してドヤ顔したいだけの連中でしょ」
「……」
――御厨さん、ヤフコメやSNSになんか恨みでもあるのか?
茉尋が自分を肯定してくれたことは嬉しいが、千早的にはやはり危ない橋は渡りたくない。なんだかんだ付き合いは短いものの、茉尋に対してはそれなりに好意を持っている。ボディーガードとか彼氏役以外ならいくらでも力は貸すつもりでそう言った。どうにかそれを上手く伝えたい、やんわりとできるだけ穏便に、と卑怯な考えが頭をよぎっていると、
「とりゃああああああああッ!!!」
死角から現れた小さな影が気合いの声と共に高速接近したかと思えば、そのまま千早にアメフト選手のようなタックル。
「ぎょえ!」
業火呪文で焼かれたワニのような声を出した千早はその勢いをそのまま喰らい、茉尋へとダイブするように倒れ込む。
――パシャリ。
千早が慣れない柔らかな感触を味わう間もなく、シャッター音。
何事かと振り返るとそこに立っていたのは胡桃だ。もちろん今さっき殺人タックルをかましてきたのも彼女だ。
「な、何するんだ胡桃……」
千早が文句を言うと胡桃は得意げな表情そのままに髪をかきあげて見せる。
「なんだかんだと聞かれたら答えてあげるが世の情け。……イケナイねえ、千早。実にイケナイ」
「何がだよ」
「男に二言はない。前に千早そう言ってたよね?」
「え、言ってな――」
そんな男気溢れる台詞とは疎遠な生活を送ってきたつもりだ。しかし、
「いや、言ったよ」
千早が反論を言い切る前に食い気味に言い切る胡桃。
「え、いつ?」
「ほら、あん時だよ。あん時」
「……」
なんか言われてみるとそんな気がしてきたぞ。一体胡桃の言う“あん時”というのが具体的にいつなのかは皆目見当がつかないが。
「……言われてみるとなんか俺が忘れてるだけのような気もしてきた。だけど、なんで写真撮ったの?」
見事に洗脳された千早がそう問いかけると胡桃は一切悪びれることなく、その問題の画面を堂々と見せつけてくる。
「!」
そこに映っていたのは地面に倒れ込む茉尋とそして、それを押し倒している(ように見える)千早。こんな写真状況を知らなければなかなかギルティーなアレだ。
「私は幼馴染として千早にはガッカリしたよ。一度『俺が茉尋を守ってやる』って言ったくせにあっさり匙を投げようとするなんてね」
「いや、言って――」
「言ったよ」
「……言ったっけ?」
「うん、言った」
「……そうか」
全く記憶にないが、言ったのなら仕方ない。千早はイマイチ納得はできないまま静かに頷く。
「アレだけ男気あった千早がこんなあっさり匙を投げるなんてね。女の敵だよ。茉尋ちゃんの幼馴染として私も許せない。だからこの写真をSNS上に流そうと思う」
「え」
もしかして今脅迫されている?
千早が慣れない場面に目を白黒させていると胡桃はファール判定に納得がいかないサッカー選手のように首を横に振る。
「千早が悪いんだからね。私の親友を期待させておきながらあっさりそれを反故にしたんだから。だから千早は彼氏だということを良いことに外で人目につきやすいところで事に及ぶことが好きという特殊性癖の持ち主だと触れ回ってやる」
「え、ちょ! それはおかしいだろ!」
普段は黙って言いなりの千早も流石に憤慨。
「そもそも事に及ぼうとなんてしてないし! 御厨さんもなんか言ってやってよ!」
千早は期待をもって茉尋の方を見ると、茉尋は地面にへたれ込んだまま「ち、千早の顔があんな近くに……胸も脚も触られちゃった……」など顔を真っ赤にしている。……ダメだ、機能停止してる! こうなれば1人でも抵抗を続けるしかない。
「しかも一方的に反故にしようとしてないよ。俺はしっかり話し合いをしようと――」
「テープレコーダー改〜!」
急に猫型ロボットの物真似とセルフBGMと共に胡桃は小型のそれを出してくる。正直嫌な予感しかしない。……改って何?
「一応聞くけど何それ?」
「ふふふ、聞きたくてしょうがないって顔だね」
「言いたくてしょうがないって顔してるからね」
「素直じゃない男はモテないぞ?」
「……」
――う、うざったい!!
「仕方ない。千早がそこまで聞きたいというのなら見せてしんぜよう!」
ひと言もそんなことを言っていないが、胡桃はドヤ顔でその怪しいブツの横スイッチを押す。
『俺は御厨さんに一方的に事に及ぼうと言った!』
「……え゛」
ナニコレ。
千早の声帯からはかつてないほど裏返った声が出た。
「ふふふ、すごいでしょ。これはね、録音した部分を一文字単位で繋ぎ合わせて、記録した口調や話す時のクセとかを自動で学習してあたかもその当人が喋っているかのように聞こえさせることできる優れ物さ」
科学の力ってすげー! と感心できればどんなによかったか。千早はこの恐ろしい幼馴染が何を企んでいるのか皆目見当がつかない。
「……それで何をするつもり?」
「いやー、別に何も? でも千早がもし茉尋ちゃんのボディーガード役を降りると言うのならもしかしたらこの音声がうっかり漏れちゃうかもしれないってのが私の懸念してるところかなあ」
「……」
脅す気満々である。こんなのが広まった日には千早の居場所はどこにもなくなるのは明白だ。
未だ機能停止してる茉尋をよそに結局千早はボディーガード役を続けざるを得なくなった。
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