第4話 友達
桜庭高校の部活は自主性を重んじるという名目で基本的に朝練は自由参加だ。
陸上部もその例に漏れず、参加している生徒はまばら。そんな中で千早は家と学校が近いのもあって毎日参加している。内気な千早にとっては自主トレはマイペースでできるので性に合っているというのもある。
メニューは軽めのジョギング。30分程度走ってストレッチをしたら終了。あくまで朝は身体を目覚めさせることが目的である。そこからシャワーを浴びて着替えてすぐに教室へ向かうという流れだ。
今日は30分で7キロ走った。もっと緩く走るつもりだったけど、ペース抑制も自分の課題のひとつだ。
この前の大会のことは雄二先生も陸上部のみんなも褒めてくれたし、自分的にもとりあえず完走はできたこと自体には満足している。だけど、振り返ってみるとあそこをこうすれば良かったという課題もどんどん浮き彫りになった。自分は自分の目標があるとはいえ、せっかく陸上部の皆には良くしてもらっている。もっと速く、強くならなければならない。
「よお、千早! お疲れさん!」
シャワーを浴びて制服に着替えると、陽気な声が掛けられる。
「あ、天馬お疲れ様……」
江崎天馬。千早と同じクラスで陸上部の同じ長距離選手だ。ヒョロ長い体躯はしなやかでピンと背筋が伸びていてかっこいい。
天馬はバナナを美味そうに食べていて、千早にも同じものを寄越してくる。バナナは好物なのでお礼を言って千早も美味しくいただくことにする。ちょっと硬めで甘さの中に微かに酸味を感じる。エネルギーが充填されるのを感じる。
「バナナ……食ったな?」
「!」
突然ニヤリと笑う天馬。その様子に千早は猛烈に嫌な予感を覚えた。だが、もう遅い。千早の手元にあるのはバナナの皮のみだ。
「……」
「実はな、千早に相談が――ってなんで財布出してんの!?」
「……え、違うの?」
「ちげーよ! どんな勘違いしてんだよ! つーか俺カツアゲするようなやつだと思われてんの結構ショックなんだけど!」
「ご、ごめん……」
千早はブサキモいと巷で有名なカエルの顔がプリントされたがま口財布をしまう。良かった。どうやらなけなしのお小遣いがなくなることはないらしい。
「まあ、いいよ。……実はな千早に相談があってな」
「俺に相談……?」
それは致命的な人選ミスではないかな、と言葉が口から出る前に天馬は勢いそのままに話し続ける。
「ああ。単刀直入に聞く! ――千早、貴様御厨茉尋とどういう関係だ!?」
「御厨……さん?」
御厨茉尋。最近何かと千早と縁のある女子生徒だ。
部室にて鉢合わせたことにはじまり、茉尋がボランティア(罰と聞いて深く納得した)に行ったマラソン大会に千早が参加したり、昨日に至っては千早の母親が切り盛りしているカフェに胡桃と来ていた。
どんな関係かと問われるとその回答は案外難しい。自分達が知り合ったきっかけを話すとなると茉尋がここに潜伏していたことを話さないと説明がつかないのだ。それを話すと茉尋との約束(一方的な恐喝)を破ることになる。
「……それは……言えない……!」
「言えない? 言えないような関係なのか!? 破廉恥なアレなのか!?」
義理と保身に走った結果、千早の回答は考えうる限りで最悪のものだった。見事に勘違いした天馬は酷く興奮。ちょっと鼻血も出ている。
「いや、破廉恥とかではないけど! ……そう、俺がこの前参加したマラソン大会に御厨さんがお手伝いとして参加していたんだよ」
あくまでマラソン大会にて初めて話したという設定にすれば何ら問題はない。ウソを吐くのは心苦しいが、何かいかがわしい勘違いをされるよりはマシだ。
「ほう、お手伝いに行ってたのか……。御厨さんは見た目も良ければ性格も良いんだな」
「性格が、良い……?」
本人が聞いていたら激怒しかねないところで疑問符を浮かべる千早。千早からすれば茉尋は初対面で恐喝してきた輩だ。応援されたこともあって決して悪印象を持っているわけではないけど、寧ろ性格が良いとは対極の印象だ。
何だか天馬は茉尋に好意を寄せているような気がする。せっかく高校でできた友人にあとからショックを受けるようなことにはなって欲しくない。ここは忠告をした方が良いかもしれない。
「あのさ、天馬。御厨さんがマラソン大会の手伝いに来ていたのはボランティア精神からではなくて素行不良による罰らしいよ。だから決して性格が良いとかでは……」
「なんと! しっかり欠点もあるのか! 完璧美少女より多少欠点があった方がとっつきやすいもんな」
「……」
恋は盲目とはこのことか。千早は唖然として言葉を失う。
「くそう、お前が羨ましいぜ千早あッ!」
しかも泣き出してしまった。ますます恐喝されたとか言い出しにくくなってしまった。
「……一応聞いておくが、千早は御厨さんのこと狙ってたりしな――」
「え、全然全く?」
本人が聞いたらブチギレそうなくらいに、何なら若干被せてあっさり否定する千早。
別にこれは茉尋が魅力的でないとかではなく、今の千早には自分が誰かと交際するということが全くイメージできていないだけである。
「ならよ……それならお願いがある。俺と御厨さんを引き合わせてくれないか?」
「え、引き合わせるって……?」
「要は紹介してくれってことだよ」
「紹介って……俺そんな御厨さんと親しくないよ?」
「でも俺は聞いたぜ。マラソン大会で御厨さん千早のこと応援してたらしいじゃん」
「う……」
そんなことまで噂は広まっているのか。
「御厨さんの動向は皆気にしてるんだぜ? あの人かなりモテるから」
確かに茉尋の容姿は一般論で言えば優れているというのは千早でもよく分かる。テレビで見る女優らと並んでいても遜色ないくらいには。だがそれこそ女優とかを見ているような感覚でイマイチ身近に感じないというのも偽らざる本音である。
「あの人を狙うライバルは多いんだよ。だから恥を忍んで頼むよ千早!」
「ちょっと頭上げてよ天馬……」
同い年の千早に対してガバッと頭を下げる天馬。頭を下げる経験は多々あれど頭を下げられたことなんてない千早はあたふた。同時に天馬は普段の学校生活や部活動でかなり世話になっている。その恩を返すチャンスでもあるのではないだろうかと思う。
「わ、分かった……具代的な策は何もないけど考えてみる」
こうして千早は友人の恋愛を応援するという青春イベントに突入することになった。
そして放課後。
「……」
今日も今日とて陸上部の練習を終えた千早と天馬は千早の家にて集合。
千早の母が作るカフェ飯は実は地域のグルメからはかなり好評な代物で、天馬は文字通りほっぺが落ちる思いだった。今日のメニューはハムサンド2個とサラダと自家製オレンジジュースだ。激しい練習で消耗した身体にしっかりと栄養を送り込んだ2人はカフェオレ片手に対面する。
「第1回御厨茉尋対策会議〜〜!!」
ドンドンドンパフパフパフッ、という軽快な音楽とともに闘いの火蓋が切って落とされた。
「2人とも静かにね」
千早の母――千歳が盛り上がる2人に苦笑を浮かべながら軽く注意。今は晩御飯時。千早と天馬の他にもお客は何組かおり、アルバイト達何人かと共にお店を回しているという状況だ。これは盛り上がりすぎたなと千早は浮かれていた自分をちょっぴり反省。
「あ、すんません……」
天馬も同じくペコリと頭を下げる。
「ううん、大丈夫だよ。千早が友達を連れてくるなんて……」
千智がそう言うと他のお客や従業員達がウンウン頷く。
「本当だわ……」「このまま友達の1人も作らず大人になっていくんではないかと町内会でも心配してたから良かったな」「ね、外で見かけてもひたすら走ってるだけだし」
「……」
千早は自分の灰色の青春がご近所を巻き込んでいたことに驚きとともに反省。決して友達を作ろうとしなかったわけじゃないが、これからはもっと頑張ろうと思う。具体的な何かがあるわけではないが。
「そ・れ・で?」
急に目を輝かせてずいっと近寄ってくる母。――あれ? 忙しいんじゃないの?
「今茉尋ちゃんの名前が聞こえてきたけど、もしかして千早やっぱり茉尋ちゃんのこと――」
「違うから」
またも当の本人が聞いていたらその場で地団駄を踏み始めるくらいの勢いでバッサリ。
「え、千早やっぱりお前も御厨さんのこと……」
母の余計な一言に天馬は不安げな表情となる。
「いや、違うよ。御厨さんと仲が良い人が幼馴染でウチによく来るんだよ。それで昨日は2人でウチにきてたってだけ」
「そうか……」
天馬は納得したのかしてないのか何とも言いがたい表情を浮かべる。
そしてその様子を見た母は「あらあらまあまあまあ」と野次馬おばちゃん丸出し。――畜生、誰のせいでややこしいことになってると思ってるんだ!
「ほら、母さんはあっち行ってて! 仕事中だろ!」
千早が強引に母親を退場させた後改めて天馬を見るとまだ不安そうな表情である。特に悪いことをしたわけではないけど何だか申し訳ない気持ちになってくる。
「……そのお、今も話したけど俺の幼馴染、亜里胡桃って言うんだけど……彼女が御厨さんと仲が良いみたいだしそこからどうにか連絡先聞けるように取り次ごうか?」
居た堪れなくなってその場で考えながら出た言葉だったが思ったより悪くないんじゃないかこれ?
そう思ったのは千早だけではなかったみたいで聞いた天馬の表情も気持ち明るくなる。
「それ……お願いできるか?」
「うん!」
友達から頼りにされるこの感じ、悪くない。
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