酒々井先輩の呑兵衛日記

あぱ山あぱ太朗

1杯目:酒々井先輩と迎え酒

「先輩、起きてください」


 ベッドを占領する眠り姫の肩を揺らす。

 白磁の肌に漆の黒髪。長いまつ毛、真っ直ぐな鼻筋、桜色の唇。

 姫の比喩に恥じぬ外見には未だにくらっときてしまう。


「……よーくんがキスしてくれたら起きる」

「しませんから! どうせ、酒が抜けてないんでしょ!」


 酔っ払いの戯言だ。酒々井しすい先輩の発言をいちいち真に受けていたら、心臓がいくつあっても足らない。

 半年の付き合いでしっかり学ばせてもらった。


「今、何時?」

「もう10時です」

「え、3時間しか寝てない」

「そりゃ、朝7時まで飲んでましたからね!」


 あれはもはや何次会なんだ。

 我が家に移動した段階で既に5時とかだった。


「あ、タイム。やばい——よーくん、ピンチ」

「待て待て!!」


 すかさずビニール袋を広げる。


「おうぇっぇぇぇええええええええええええええええ!!」


 たとえ美人でも吐瀉物は汚いことを、酒々井先輩から教えてもらった。

 いや、知りたくもなかったけど。


「お願いですから、トイレで吐いてくださいよ!」

「ごべん……うおぇぇぇ!」


 初めて家に招いた時、カーペットをお釈迦にされたのが遠い昔のようだ。

 その後の『全裸土下座』騒動も含めて。思い出したくもない。


「何か飲みます?」

「ごめんね、よーくん。……ビールもらってもいい?」

「バカか、アンタは!」


 この期に及んでまだ飲む気なのか。気が触れている。


「むぅ、先輩に向かって何たる言い草」

「先輩なら先輩らしいところを見せてくださいよ」

「それは無理な相談だね」

「諦め早!?」


 2秒で白旗を上げていた。もうちょっと粘ってくれよ。


「でもでも! よーくんとは、学年こそ違うけど年齢は一緒じゃん!」

「まぁ、そうなんですが……」


 俺は2浪の末に今年入学した20歳。酒々井先輩はストレートで合格をして、現在は大学3年生の20歳だ。

 生まれ年は一緒なのに、受験という壁の前に大きく差が開いてしまった。

 

「ってことで、ビールちょうだい?」

「まったく前後の繋がりがないんですが!」

「同い年のよしみってことで」

「いや……はぁ、もう知りませんよ」


 どうせ言っても無駄なので、すぐに酒を与えたほうが楽だ。


「はい」

「よーくんは飲まないの?」

「朝から飲めるか!」

「えー、私の家はみんな朝から飲んでたけどなー」

「狂った一族!」


 アル中の英才教育である。

 昼から飲むのにも罪悪感があるのに、朝からは完全に末期だ。


「かんぱーい♪」

「もう好きにやってくださいよ……」


 350mlのビールの缶を傾けて、喉をごくごく言わしている。

 数秒前までリバースしていた人間のやることではない。


「ぷはっ! 迎え酒がキマるぅー!」

「……迎え酒ってマジで二日酔いを緩和してくれるんですか?」

「当然だよ! 現に頭痛とか吐き気が吹き飛んだし!」


 元気になっているのは間違いないんだよなぁ。

 そういう意味では有効なのか? 試すつもりは毛頭ないけど。


「どうして、そんなにも酒が飲みたいんですか?」

「お酒が飲みたいんじゃないよ。よーくんと一緒に飲みたいの」


 頬杖をついて、トロンとした目でこちらを見つめる。


「いや、さっきまでゲロ吐いてた人にはトキメキませんよ?」

「えー、いじわる! もっとドキドキしてよ!」

「そんな時期はとっくに過ぎましたよ!」


 何回、二人で夜を明かしたと思ってるのか。一度くらいはそういうことがあってもよさそうなのに、悲しいほどに何もない夜を積み重ねてきた。


「マンネリ?」

「違います」

「なら、私の何が不満なのよー? ぶーぶー」

「中身ですよ!」


 だって、外見は完璧すぎるもん。サークル内でも酒々井先輩のルックスは断トツで、他の追随を許さない。

 それなのに、彼氏の一人や二人がいないのはそういうことだ。


「え、肝臓は強い方だよ?」

「そうじゃない!」


 その中身だって、こういう天然ボケなところは可愛いし、性格も穏やかで優しい。朗らかな笑顔は周囲を和ませる。

 本当に一点だけなんですよ。「うわばみ」の要素がすべてを台無しにしている。

 

「私、よーくんのためならお酒やめられるよ?」

「え、今日ってエイプリルフールじゃないですけど……」

「何気にひどいよね、よーくんも」

「だって、先輩が酒をやめるとか信じられませんよ」


 先輩と話している時間のうち、9割近くが酩酊状態だし。


「酒に代わる依存先を見つければいいんだよ。例えばよーくん、とかね?」

「あのー、頬杖をつく決めポーズやめてくれません?」


 気に入ってるのか、それ。


「つめたーい! のってくれてもいいじゃーん!」

「…………」


 ほんと、こっちの気も知らずに。ここでのってしまったら、絶対にそういう雰囲気になるじゃん。俺も男なんだから、我慢なんてできるはずがない。

 その場のノリとかじゃなく、互いに素面の状態で話したい。

 俺だって、興味がない女性を何度も家に呼んだりはしないからな?


「そういうのは本当にやめてから言ってください」


 だから、俺はその時を辛抱強く待ち続けるのだった。


「ぐぬぬ、分かった! 今日この日を最後に断酒する!」

「…………」

「何なの、その目は!? 無理だと思ってるでしょ!?」

「はい」

「真っすぐ澄んだ目で言われた!?」


 その時を辛抱強く待ち続けるのだった(2回目)。


「あーもう! こうなったらヤケ酒よ! よーくんも付き合って!」

「いや、朝なんですけど」

「10時は昼よ!」

「そういう問題じゃないですって!」


 今日もこうして酒々井先輩の酒に付き合ってしまうのだった。




***




「……先輩、起きてください」


 あれ、なんかデジャブ。というか頭が痛い。

 今日の5時に家で飲みなおして……え、あれ、今日だっけ?


「うぅー、頭いたーい」

「水、いります?」

「ありがとう。でも、水じゃなくてビールでもいい?」

「バカですか、アンタは……」


 なんかこのツッコミにも覚えがあるけど……。


「迎え酒、迎え酒、これで体調も治るから」

「……まぁ、先輩がそこまで言うなら」


 ――――こうして酒々井先輩との迎え酒ループが始まったのだった。

 

 あなたがこれを読んでいる間にも、

 まだ二人は酒を飲み続けているのかもしれません。

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