天空のピッチ

田無 竜

 ここは天界。

 神々の名のもとに治められた、天使たちの世界。

 彼らの生き方は、人間とそう変わらない。

 学校もあれば塾もある。

 仕事もするし残業もする。

 そして何より──がある。



「そん……な……」


 彼女は屈辱と絶望にのしかかられて、その場で両膝を地に付けた。

 この天界の天使は、『光翼』という光る線のような形状をした翼を持っているが、彼女のそれは萎びて広げられずにいる。

 彼女の場合は楕円の形状をした『光輪』と呼ばれる頭の上の円盤も、自身の落ち込みに応じてお辞儀をしていた。



『10 ― 0』



 点差は十点。

 彼女はもちろん零点のチーム。つまり一点も入れていない。

 どんな競技であっても、このスコアと彼女の今の態度を見れば、彼女が敗北したということだけは分かるだろう。


「俺の勝ちだ」

「……ッ!」


 空から目の前に着地してきたのは、一人の男の天使。

 光輪はオーソドックスなリング状の形をしているが、翼はこの場で唯一鳥のような羽のある翼で、光ってもいなかった。

 冷めた瞳で彼女を見つめるその天使の態度は、とても天使とは思えない。

 だがこれは、彼がまだ相手を気遣えない子どもであり、純粋に運動を終えてクールダウンしているためによるもの。

 それでも彼女は、今この時の胸のざわつきを忘れることがなかった。


「強すぎる……」

「あり得ねぇってマジで……」


 そんなチームメイトの声を耳に入れながら、彼女は去っていく彼を目で追った。


「負けた……? 私が……負け……? ま、負け……? あぅ……ぁ……ぁぁ……あッ……」


 その男天使の名は、ジン。

 天界におけるにおいて、〝神童〟と呼ばれる程の活躍を見せる天使になる、その最初の羽ばたきがこの試合だった。


 やがて彼の名は、天界全空に響き渡る──


     *


 『ブルーボール』。

 それは天界で最も盛んな球技であり、空中を飛び回ってリングを狙う、天使にしか出来ないスポーツだ。

 基本的なルールとしてはまず、空中に浮かぶリングにボールを入れれば一点、得点が入る。


 公式試合でのチーム人数は七人と決まっており、試合時間はバスケットボールと同じで十分×四回のクォーター制。

 二チームが互いの陣地のリングを守りつつ、敵側陣地のリングを狙う。


 試合終了時点で得点の多いチームの方が勝利で、同点ならば延長戦に入り、どちらかが点を入れたところで終了のゴールデンゴール方式になっている。

 リングが上空にあるので、フィールドも当然だが三次元に広がっている。

 フィールドは天使の特殊な力で造られたバリアで囲まれていて、プレーエリア外にボールが飛ぶことはない。


 ボールを持ったまま走ったり飛んだりしてはならず、長時間ボールが体に触れたままでいると審判にプレーを停止させられる。

 他にも細かいルールはたくさんあるが、大体は人間で言うところのサッカーのルールによく似ている。

 明確な違いは、ハンドが許されるところだろう。


 天使の体は人間とは違い遥かに頑丈に出来ているので、長時間動き続けてもなかなか体力は尽きないし、怪我もしにくい。

 とても激しい空中戦を可能とする、天使ならではのスポーツなのだ──



「ジンさん!」



 彼は、肩掛けの学生鞄を握りながら、高い声の聞こえた背後に体を向ける。


「ブルーボール部に入って下さいッ!」


 九十度に頭を下げる、背の低い一人の天使。

 ブロンドのショートヘアで中性的な容姿。

 光輪は太陽のような見た目で、光翼は緋色。

 しかしジンにとって気にするところは何も無い。なので、返事は一つ。


「嫌です」

「ま、まま、待って下さい! 話だけでも……」

「……もう何度も断ってるじゃないですか。ラクス先輩」

「気が変わったかなぁ……って!」

「何をもって?」

「だって! もったいないじゃないですか!」


 ラクスはもう会話の流れを無視して、とにかくジンを説得するフェイズに移っていた。


「無数のスキル、神域のフィジカル、そして何より天才的なキックセンス! 中等学生大会で一年の時からエースとして活躍し、チームを天界一に導いた〝神童〟! その才能をここで捨ててしまうなんて、もったいないことこの上ありません!」

「……優勝したのは一年の時だけですよ」

「そこはチーム事情でしょう! 断言します! ジンさんがうちの部に入ってくれたなら、きっと再びジンさんは天界ナンバーワンの座に返り咲くでしょう!」

「だから、僕はもうブルーボールをするつもりは……」

「ヘイカモンッ! 天才ルーキーッ!」


 ほぼ無理やりな形で、ジンはラクスに部室の方へと連れて行かれるのだった。


     *


 ここはアストラン学園。

 天界でも名高いスポーツ進学校…………ではない。

 ジンがこの学校を選んだのは、二度とブルーボールをしなくても済むと考えたからだ。

 だが、運命は彼を逃がさない。


 ラクスに連れられた先には廃れた小屋のような部室があり、中には五人の天使がいた。


「捕まえてきました!」

「無理やりね」


 ジンは溜息を吐きながら部のメンバーを見渡した。


「あん?」


 一人はギザギザ頭の男の天使。

 タイヤのような形の光輪に、バイクのマフラーのような光翼を持っている。


「例の天才クン?」


 一人はハーフアップヘアの女の天使。

 オレンジ色の光輪に、炎のような光翼を持っている。


「無理やりなんだ~」

「無理やりなの~」


 二人はそれぞれ髪が水色と赤色の、男女で双子の天使。

 光輪はそれぞれ半分しかなく、光翼は髪の色と真逆だ。


「……ラクス。本気か?」


 そして最後の一人は老緑色の光輪に灰色の光翼を持った、老け顔の男の天使だった。


「本気です。ボクは勝ちたいんです。優勝したいんです。ここにいるみんなが力を合わせれば、ぜんかい大会だって突破できますとも!」

「ゼンカイ大会って何だ~?」「何なの~?」

「天界全ての高校チームが競い合う、ブルーボールの大会だよ」


 ジンは自分でも気付かないうちに、自ら説明してしまっていた。


「流石ジンさん! では一緒に頑張りましょう!」

「いや、まだ入るとか言ってないし……。入りたくないし……」

「えー? 入ってくれないの? ジン君」


 ハーフアップの女子は、わざとらしく残念そうに肩を落としていた。


「……そもそもラクス先輩。本気で優勝がどうとか言ってるんですか? この学園にブルボ部が出来たのは去年。創ったのは先輩自身。このアストラン学園には、ブルーボールに関しては何の実績も無いんです。無理なんですよ。優勝なんて」

「…………で? 逃げるんですか? ジンさん」

「……ッ!? 『逃げる』……だって?」

「そうですよ。何でブルボ辞める気なのか知りませんけど、ここで辞めるってことは逃げるってことですよね? 情けないです。カッコ悪いです。残念です。でも仕方ありませんよね? ジンさんったらここまで気が弱いんですもん。失望しちゃいましたけど、取り敢えずクラスの人達には大声で伝えておきますよ。『ジンさんは天才紛いの臆病者!』って。そうすれば──」



ダンッ



 皆の前で、ジンはラクスを壁に押し付けた。


「…………誰が臆病者だって?」

「……ッ! ふふ……良いですよその目。天使とは思えない冷徹な目です。それがボクは欲しかったんです」


 挑発に乗せられたことに気付いたジンは、そこで我に返ってラクスから離れた。


「……ご、ごめんなさい」

「何を謝ることがあるんですか! ジンさんのストイックさは、必ず我が部のキーになります!」

「だ、だから……それでも優勝なんて夢のまた夢の話で……」


「少しいいか? 一年坊」


 いきなり声を掛けてきたのは、老け顔の男天使だった。


「何ですか?」

「……俺は、部長のヒイラギだ。最初はラクスに無理やり部長にさせられただけだったが……今はこの部に、居心地の良さを感じ始めている」

「だ、だから何ですか」

「コイツの人を見る目は本当だ。むしろ、それのみに特化してると言っても良い」

「あ! 酷ォい!」

「だがそれでも、俺はお前と同じ様にこのチームで大会を優勝できるとは思っていない。いやそもそも、予選落ちが関の山だろう」

「ヒイラギさんまでッ!」


 ヒイラギと呼ばれた男は腕を組みながらラクスの方に体を向け直す。


「……無理にこの一年坊を入れる必要はない。もう良いだろう? 去年だって散々だった」

「でも……」

「そもそも勝ちたいのなら、お前はこの学校に来るべきじゃなかった。……違うか?」

「……それでも……それでもボクは……ッ!」


 ラクスは涙ぐみながら、この場から去ってしまった。

 もしかするとそうなることを、ヒイラギは見越していたのかもしれない。


「……ハッキリ言って、ラクスにブルーボールの才能は無い」

「え?」

「パワーも無ければスピードも無い。テクニックも、フィジカルも、メンタルも。だが……アイツに連れて来られた、俺達は少し違う」

「?」


 すると、ギザギザ頭の男が急に勢いよくテーブルの上に飛び乗る。


「俺の名はソウル! 飛ぶスピードなら誰にも負けねェ!」


 続いてハーフアップの女は、そんなソウルの足を引っ張って無理やりテーブルから落とす。


「私はルーア。みんなには〝テクニシャン〟って呼ばれてるの」


 そして双子の男女は、地に落ちたソウルの上に座った。


「僕はナギ~」

「私はナミ~」

「この二人はお前と同じ一年で、アイツがどういう意図で見繕ってきたかはまだ聞いてないが……ちなみに俺は、体のデカさだけは自信がある」

「……一芸特化を揃えただけで勝てるなら、そんな楽なスポーツは無いですよ。人間の世界の漫画じゃあるまいし」

「だが人間の世界では、例えば野球とかじゃ一人のエースがいれば一気に化けることも現実ではある」

「ブルーボールは空中で行うサッカーのようなモンです。野球とは違いますけど」

「俺もそう思ってる。だがアイツは……そう思ってないらしい」

「……」


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