To be me~私が私であるために〜

@emoto_ai

第1話 修道院

 中央の通路の突き当たりには荘厳な彫像―この国の宗教の神であるクシュエラ神の白い彫刻が天を仰いでいる。


 唯一神であるクシュエラ神がこの国を創造された。クシュエラ国の民はクシュエラ神を讃えなければ天罰が下ると信じている。天災であれほんの小さな不幸であれ、何かあれば神様を拝まないせいになる。

全ての恵みはクシュエラ様のおかげ。

全ての困難はクシュエラ様からの贈り物。

そう信じて、困難さえも感謝に変える。そんな教えで一致団結できるおかげか、クシュエラ国の軍はこの近隣諸国の中では群を抜いて強い。


 この世界を創生した神は男でも女でも無いが、ここは神に仕える女性しかいない修道院だ。


「シア様、こちらが礼拝堂です」


 シアを案内してくれているのは、上級貴族の娘のモートンだ。ここは神に仕える女性たちしかいない国立修道院だ。修道院へ入る上級貴族の娘は、嫁ぎ先が見つからないか家が没落した場合がほとんどなのに、モートンはどちらでもない。若くして自らの信仰心から修道院を志したらしい。


 ――黙っていても得られる幸せを放棄する人間がいるのか。贅沢だな。


 孤児院で育ち、弟を養っているシアは、呆れた気持ちは当然出さずに笑顔で感嘆した。


「こんなに素晴らしい礼拝堂は初めて見ました。さすがですね」


 ――さすが、この国の宰相のホラストル家の娘が院長を務めているだけのことはある。


 国立修道院の院長は、テレサ=ホラストルだ。テレサは元は国王の婚約者だった。幼い頃から国王と王宮で過ごし、その美貌と賢さ、宰相の娘と言う後ろ盾の確かさから未来の皇太子妃になるのは確実視されていた。ある日、テレサが高熱で視力を失うまでは。

 本人はもとより、父である宰相の嘆きはいかばかりだったろう。盲目とあっては宰相の娘とて嫁ぎ先が限られると判断してか、修道院入りしたらしい。


 その娘の為に莫大な寄付金が宰相側からあったのだろうか、一見すると質素に見えるが、白い彫像は大理石だし、長椅子も良い材木を使っているのがわかる。パイプオルガンは設置するのも大変だ。


 シアの心の中を見透かしたように、案内役のモートンが答える。

「過度の施しは禁じられておりますから、ホラストル家からの援助はほとんど頂いておりません。全てテレサ院長の手腕によるものです。院長に就任してから財政の立て直しをなさって、私財も投じてこの礼拝堂を改築しました」


「素晴らしいですね」

 シアは王立護衛団の第2師団長として、下品な応対にならないよう、礼節を持った驚きを表した。


「ええ、本当に素晴らしいお方です。では、次は護衛をして頂く皇女のアイリーン様をご紹介しましょう」


 モートンの言葉に礼拝堂にいた修道女たちがざわついた。


「アイリーンって、あの?」

「あの女しかいないでしょ。護衛の方、何人目かしら?」

「よしなさいよ。宮廷の華と言われた皇女じゃない」

「あれで?やだあ、笑わせないでよ。お世辞が過ぎるわ」


 修道女でもこんな俗っぽい話をするのかとシアが思っていると、モートンが大きく咳払いをした。


 それが合図のように礼拝堂の中はオルガンの音が始まり、神を讃える歌が響き渡る。


 現国王はテレサ=ホラストルが皇太子妃候補から外れると、エリー=ウィザードを皇太子妃として迎えた。

 ウィザード家は代々武器の製造販売を生業としており、代々神職を司ってきたホラストル家とは色んな意味で長年敵対している。


 ホラストル家が祀るクシュエラ神のおかげで軍の士気が高いが、この国の軍が強くいられるのは、ウィザード家の武器のおかげもある。


 エリー=ウィザードはテレサに負けないほどの美貌と聡明さで、国王との仲も悪くなかった。しかし、国王となり皇女アイリーンも生まれてしばらく経ったある日、奴隷出身の女を突然宮廷に入れた。元奴隷女は、不遜にもエリー皇后と同じ権利を主張し出し、国王も黙認した。


 宮廷内では皇后が絶対の権限を持つはずなのに。すぐに元奴隷女の派閥と皇后派閥の争いに発展した。様々な争いを繰り返し、ついには元奴隷女は諫言によってウィザード一族を滅ぼすに至った。

 内乱によって、国王と皇后の間に生まれた皇女アイリーンは、ウィザード家の唯一の生き残りでもあるため、皇女という立場を剥奪され、監視付きでこの国立修道院行きとなった。


 そのアイリーン皇女の護衛兼監視役が王立護衛団第2師団長のシアへ回ってきたのだ。第2師団と言えば、表向きは王族の護衛部隊だが、実際は暗殺専門部隊だ。いつでも皇女を殺せる状況である方が監視側としては適切と考えたのだろう。暗殺部隊長が修道院勤めなんて皮肉が過ぎる。


 ――どうか皇女暗殺命令なんか下りませんように。

 

 シアはこっそり願っている。


 暗殺専門部隊の長を務めておきながら、護衛長官のドレドに幼い頃から殺人技術を仕込まれておきながら、シアは殺しが好きではない。両親を亡くした後、孤児院でしばらく過ごしている時にドレドの誘いを受けた。弟のルウドを養う事を条件に奴隷契約を結んだようなものだ。ルウドはまだ10歳。ドレドが紹介してくれた優しげな老夫婦の家に預けている。


 初めて人殺しをした時から、シアは刀で肉を刺す感触が好きになれない。何回だって慣れない。そこで急所を外しても確実に死ねるように、いつも刀に毒を仕込んでいる。少量でも確実にとどめを刺せる、そんな強力な毒薬を自分で調合できるまでになった。


 先ほどモートンが言っていた修道院の収入源の大半は薬の販売である。この修道院でしか手に入らない万能薬だから、貴賤を問わず人気がある。護衛ついでに薬の生成法も知りたいらしく、薬の調合に明るいシアが抜擢された。


――盗んだ生成法で同じ薬を販売して儲けようって魂胆なんだから、貴族というのも品がないな。いや、儀礼では品性を求めても、争いには品性は関係ないのだろう。


 娘を巻き込んでの権力争いでも、国王は娘を庇わずに皇后共々追い出したのだ。

 内乱は5年前の話なので、アイリーン皇女はシアと同じ19歳になっているはずだ。幼い頃から皇后に似た美貌や賢さは宮廷でも話題になっていたと、護衛長官のドレドから聞いた。


「美貌で聡明な宮廷の華と言われた姫が内乱で修道院に監視付きで閉じ込められるって、どんな気持ちかしらね?」


 ドレドは切れ長の目を細めて意地悪な笑みを浮かべた。直毛の黒髪で前髪を眉毛が隠れるあたりで切りそろえているため、表情が読みにくい。シアよりかなり歳上のはずなのに幼くも見える、不思議な魅力がある。


 ドレドはにっこり笑って、命令を下した。

「シアが修道院へ行って、薬の生成法から元皇女様の様子まで確かめてちょうだい」


「かしこまりました」


 シアがこの言葉以外を口にしたら、弟のルウドは殺されてしまう。


「指示があるまでは護衛に徹して。警戒されるだろうけど、いつも通りに上手くやっていてね」


 ドレドの真っ赤な唇は笑っていても、目の奥では宮廷護衛長官らしい冷徹さを潜めていた。


 豪華で荘厳な礼拝堂に俗っぽい修道女たちの美声が響き渡るのをシアは虚な気持ちで聴いていた。

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