猶予短しバズれよ乙女
江戸木だんすけ
女子高生と例のアレ
第1話 漆黒ちゃんはオナカイタイ
「ねえねえ
青天の霹靂。
クラスメイトの
とりあえず。
「どこ……で、それを……?」
「隣のクラスのオタクくんがなんか言ってたー」
オタクくん? オタクくん……ぽくぽくちーん。
あっ1年生の時に体験入部したアニ研で口を滑らせたあれだッ! あれ以来一度も話したことないだろ忘れろよ! 忘れてていいだろそんな情報!
「さっきのホームルームでさ、学祭の出し物うちのクラス創作ダンスになったじゃん? せっかくだからそれ『チックタック』に上げたらワンチャンバズるかなって!」
「そっそーなんだー」
出ましたチックタック、陽キャ御用達の動画共有アプリ。いかにもパリピの考えそうなことじゃあーりませんか。
「でもあたし動画の作り方とかわかんないからさ、漆黒ちゃんがそれやってくれるならありがとうオリゴとう~みたいな?」
「さんおんとうじょうはくとう……」
バスケ部とか言ってたかな、運動部らしいハキハキした発音でまくし立てられるとこうギャグだかなんだかわからない言葉しか返せない。つまり私のコミュ力などその程度のもの。
「漆黒ちゃん」という呼び名は私がそういう陰キャだから付けられたわけでなく、単に
暗黒の中学時代を過ごした反省からせめて人並みに息を吸ったり吐いたりできるようになりたいと思い立ったのが1年前。
高校デビューと言えるほど大それたものではなくても大躍進に値する変貌を遂げた私は、それから大きな不安に直面することなくクラスでも「無難」な立ち位置を獲得して2年生5月の今日に至る。
しかしどれだけ上辺を取り繕っても根っこは陰キャ、嘘に嘘を重ねたところでそれは血を吐きながら続ける悲しいマラソン。今はただ卒業までにボロを出さず誰彼に悪意を向けられることなくやり過ごしたいという逃げの一手ばかり。
そこでクラスの中心人物たる若槻さんからこんな話が舞い込んできた、これは渡りに船というやつではなかろうか? 学祭というイベントを通して陽キャの輪に加わるきっかけがそこにある。
そして事実、漆原黒音は動画投稿者だ。とりあえずそのテの知識と技術においては人並み以上だと自負するに足る実績もある。
中学の頃から人知れず続けてきたこれまでの積み重ね、一人遊びの範疇を出ないものとばかり思っていたが……今まさにパリピの神様がちらつかせている脱陰キャのチケットを掴むべくの現実的成果としてついに身を結ぶ時が来たと言うことか!
さてここに「オナカイタイ」というアカウントがある。
国内向け動画投稿サイト「ウキウキ動画」に拠を置く動画投稿者。3年前にデビューしてからというもの投稿動画はほぼ毎回1万再生越え、フォロワー数は3万人を数える。
扱うジャンルはゲーム実況からネタ動画など多岐に渡るが基本的には「例のアレ」と扱われる諸々。後述。
数字についてピンとこない人のために。ウキウキ動画は大手動画サイト「Utube」に比べ規模こそ劣るが、日本のネット文化やサブカルチャーの最先端、あるいはガラパゴス的文化を備えるサイトとして今なお根強いユーザーを獲得している。
掲示板やSNSで飛び交うネットスラングやネットミームにはウキウキ発祥のネタも少なくないし、最近ではメジャー路線で活動する歌手の中にもアマチュア時代ここで歌い手として配信や動画投稿をしていた、なんて人もいる。
とりあえずそのスジでは確たる影響力のあるサイトだと思ってもらえればいい。
1万回再生というとUtubeの規模に比べれば些事に過ぎないが、それはオタク文化に縁のないパンピーを分母に含む大手サイトであればの話。
つまり視聴者層を日本全国のオタクに絞った上で、武道館がだいたい埋まるくらいの人数が集まっていると例えれば少なからぬ数字であることがおわかりいただけるだろうか。
しかも一発屋でなく、彼女はそれを毎回続けている。ちなみに動画一本の最高再生回数は約53万です。
これすなわち私のこと。
このオナカイタイという投稿者は他の誰でもなく私……漆原黒音のことなのだ! なのだ! なのだッ!
してここに『男たちのHANAZONO』という作品がある。
もとは20年以上前に発売されたゲイポルノビデオ。ネット上ではいわゆる「釣り」動画の類いとして局所的にネタにされているに留まるものだった。
内容は素人ものとか呼ばれる類で、それもジャガイモみたいなゴツゴツのおじさんたちによるくんずほぐれつ汚いプレイが素人脚本・棒読み演技で繰り広げられる。
『魔王のくせに綺麗なケツしやがってよぉ、浣腸もしたことなさそうな穴しやがってよぉ』
『殿中でござる! 殿中でござるのに! 殿中に、殿中でござった……!』
『なんでこんなものをアナに入れる!? これではコウモンがズタズタになってクソができなくなる! ケツの冬が来るぞ!』
全部ホモビの台詞ね、これ。
一度見れば二度と忘れられないトラウマをもたらすクッソ汚い映像群はいつしか釣り動画の域を超え、その暴力的シュールさをネタにした娯楽としてネットユーザーの内々で消費されるに至る。
とはいえあくまでホモビ、18禁のポルノビデオ。それも性的マイノリティの素人俳優を笑い者にした文化であるから大っぴらに誇れる趣味ではない。
公共の場では『HANAZONO』とみなまで口にすることさえ憚られるそれは時に「例のアレ」とぼかされ、転じてジャンルそのものの呼び名にもなっている。
……はい、前述のオナカイタイ氏が人気なのはこの界隈の話でおます。
つまり漆原黒音は一般女子高生の分際でゲイをネタにした動画でそのスジの好事家どもから笑いを取って3年余り、というわけなのだ。なのだ。なのだ……。
さて現実に戻ってまいりました。若槻さんが溌剌と語りかけます。
「それで漆黒ちゃんはどんな動画作ってんの?」
絶っっっ対言えるわけねーじゃあーりませんか!
こういうのは相手がオタクとかリア充とか云々でなくネットのノリをリアルに持ち込んでもろくなことにならないという教訓にほかならない。テストには出ないが覚えておくように。
とにかくこれ以上深入りさせるわけにいかない、しゃべればしゃべるほど自分の首を絞める。最小限の発言でもってはぐらかす。
「え、えぇぇ……えっとぉ……」
きーんこーんかーんこーん。
言葉に詰まる私の代わりに次の授業を知らせるチャイムが響く。
「おっと。そういうことだから考えといてねー」
再襲撃を予告して若槻さんは自分の席へと戻っていった。私が異論を挟む余地もない。
……どうしてくれよう。この上はいかに無難でやり過ごすかに私の学校生活の全てがかかっている。存在感のなさを最大出力してこの話事態忘れてくれるようお祈るか。ダミーに適当な動画をこさえてお茶を泥水のごとく濁しまくるか。
にしてもクラスの中心人物的若槻さんのこと、すでにこの話がクラスメイトにも行き渡っているかもしれない。
趣味は趣味なので。
一人でひっそり楽しめたらそれでいいので。
どうかそっとしておいていただきたい。
それで目をかけてもらおうとか、誰に取り入ろうとかそんなつもりは毛頭ありませんので。
それもこんな、人に誇れもしない趣味。
*
午後4時に差し掛かる頃合い、本日のお勤めを終えた私はいそいそと家路に着く。
結局あれから若槻さんに話しかけられることがなかったのは幸と捉えてよいものか。私なぞと会話したこと自体忘れてくれているならそれが一番良い。
さて本日残りの予定はこちら。おうちに帰ってほどほどにごろごろしつつの、ウキウキ動画のランキングや『チュイッター』をぐるぐるしつつの、次に投稿する動画のネタ出しにドタバタしましょうという非の打ち所のない自堕落っぷり。
むしろ私の一日はここから始まると言ってもよい。高校に上がってからというもの毎日がこんな調子、干物女まっしぐら。
さて昇降口で靴を履き替えようと足を止めたその瞬間のことでありました。
「漆原さん!」
「ひゅいっ!?」
背中へ一突きするようなよく通る声。それから私を狙いすまして迫る誰かの足音。
振り向くとクラスで見知った顔があった。あまり話したことはなかったが、ええと。
「ええと……き、
下の名前は
整然と揃えられた毛先に健康的な光沢をたたえた黒髪。端正な顔立ちは自信と慎ましさを両立させたような姿勢の良さで、どの角度から見ても明るく映る。
出で立ちでおわかりいただけるだろう、これすなわち陽の人。若槻さんのようなパリピとはまた異なるベクトルの陽キャでござい。
もちろん見た目だけでここまでの無敵感は出ない。1年次より不動の学年首席、スポーツ万能、生徒会役員まで務め上げるハイスペックぶり。
それらの要素を一つも鼻にかけることなく誰に対しても敬語の礼儀正しさ、けれども堅苦しすぎず柔和で温厚、どこかおっとりした愛嬌さえ漂わせている。
さらに実家は国内屈指の大企業・クレオパトラグループ。彼女はその社長令嬢である。
どうよこの完璧究極超人っぷり。荒唐無稽が行きすぎて二次創作同人のメアリー・スー像そのものだがしかし事実なので仕方ない。
とにかくまともに話したことのない私にさえそれだけの情報が流れてくるのだから、実態はさらに凄絶を極めると言っても過言ではないだろう。ましてや地味キャラの仮面を貼り付けるのに必死な私との接点などあるはずもない。
それがなんでどうして。
とりあえず。
「はっはい漆原もうしわけございません黒音です!」
「なんで謝るんです?」
癖です。生まれてすみません太宰治。
きょとんとした顔もすぐよそにやって桔梗さんは捲し立てた。
「それよりさっき若槻さんと話してるの聞こえたんですけど、漆原さんって動画投稿者なんですか?」
「えっいやあのその件はそのちょっと」
「私もなんです! 実は私1年前からウキウキ動画に動画を投稿してるんですけど、全然伸びなくて……今まで周りにそういう趣味の友達もいませんでしたから誰かに相談することもできなかったんですけど、クラスメイトの漆原さんが動画作ってるんだったら」
「ちょっちょっちょっちょっと待って!」
とんでもない話を連投しないでほしい。情報が洪水してあっぷあっぷの脳みそをなんとか落ち着かせて話を整理する。
つまり、つまり。
「つまり桔梗さんもウキウキ動画に動画を投稿してるってこと!?」
「はい! やっぱり漆原さん『も』ウキウキで投稿してるんですね!」
「え? あっ……」
私のオウム返しに桔梗さんが食いついてきたのはそこに揚げた足があったからである。
周りに他の生徒の姿がなかったのはせめてもの、だがそれとて時間の問題。うっかり人目につく前に話を切り上げ三十六計を決め込むばかり。
「い、いやいやいや。相談するにしたって私でなくても」
「でも初めて見つけた投稿者仲間ですし」
「それはたまたま見つからなかったとかで……それに桔梗さんの人脈とコミュ力ならそれくらいいくらでも、例えばSNSでコミュニティ探してみたり……」
「それでは時間がかかりすぎます! 私には時間がないんです!」
きっぱり遮って桔梗さんが言った。先まで朗らかに緩んでいた面持ちは何かの決意にすり替わっている。
ずい、と踏み込んできて私は小さく悲鳴を漏らした。それにも構わず彼女はこう続けるのである。
「漆原さん……卒業までに私を『稼げる女』にしてください!」
風俗求人トラックが脳裏を走った。その言い方は誤解を生むと思います。
そうしているうちぞろぞろと下校する生徒の一団がやってきてしまい、とうとう私は逃げ場を失った。
いつだって物語の立ち上がりとは先行き不安。それはとことことレールを登っていくジェットコースターに似ていると思う。かくして私は手を引かれ行き先のわからない『桔梗号』に乗せられたのだった。
けど言っておきたい。そもそも私はジェットコースターに乗りたくなんかなかったということを。
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