龍の生贄
於田縫紀
序話 龍の生贄
この国の一ノ宮である大神宮。奉られているのは龍神様で、生贄を食らう。
そのことは伝承には残っていた。僕も伝説という感じで聞いた事がある。
しかし最後に生贄を出したのは百年以上昔だ。だから実際にそのような事が起こるとは、ほとんどの人が思ってもいなかっただろう。
大神宮の大宮司が、太政官庁に至急報告を上げた後、生贄の件が一般にも公表されるまでは。
国の方も生贄を実際に出すべきか、それとも出さずに何かあったら戦うか。太政官庁でもそれなりに議論があったらしい。
現在の魔法軍事力なら十分に勝てるだろう。後顧の憂いを残さないためにも断固として断り、何かあったら戦うべきだ。
そんな意見もあったそうだ。
そういった議論が二週間続き、そして何かが起きた結果、結論が出た。
何が起きたかについては発表はされていない。だから一介の国民である僕は、当然ながら知らないのだけれど。
国の結論は、龍神様に生贄を出すこと。そして誰が生贄になるのかも同時に発表された。
何ということか、生贄は僕だった。
大宮司の説明では、龍神様が僕を生贄として指名したとされている。
本当は嘘かは不明だ。嘘でも一介の国民である、僕や僕の家族では確かめようがない。
そして二週間、あれやこれやあった後。
僕は生贄用の白装束を着せられ、大神宮の神饌殿にいた。
この廊下、いや渡殿をまっすぐ行って、本殿に入れと言っていたな。大宮司の説明通り、僕はまっすぐ歩いて行く。
逃げようとかそういう事は考えていない。二週間もあればいい加減一通りのことは考え至ってしまうし、諦めもつくというものだ。
だから無心というかどうにでもなれというか、まあそんな感じで足を進める。
渡殿を抜け本殿へ。その瞬間、ふっと眩暈に似た何かを感じた。
何だろう、そう思った時だった。僕の目の前に少女が出現したのは。
白装束姿で年齢は十二歳くらい、つまり僕と同じくらい。
艶やかな黒髪に大きめの黒い瞳、整った顔、白い肌。とんでもないレベルの美少女だ。
僕と同様に白装束姿ということは、生贄だろうか。
しかし国の発表では、生贄は一人となっていた。実はその発表は嘘で、他にも生贄がいたのだろうか。
そう思ったところで、彼女が僕の方へ歩いてきた。
立ち止まったままの僕の左側にまわり、左手を握られた。
「
聞き慣れない言葉だけれど、何故か意味は理解できた。
何故こんな事になっているのか、彼女が何者なのか。何故そんな言葉を使うのか。何を知っているのか。
質問したいが、この場の雰囲気がそれを許さない。
僕が出来るのは、歩き始めた彼女に合わせて歩くだけだ。
二歩目で彼女と足の動きをあわせて、左、右、左、右と歩いていく。
歩く速度を合わせる他に気になっているのは、彼女と繋がっている左手に汗をかいていないかという事。
握られた部分が、熱く感じる。だから汗をかいて、彼女に嫌がられないだろうか。
生贄となるのに、今更そんな事を気にするのもどうかとは思う。それでも気になってしまうのだ。
あと気になるのは、この少女は何者だろうかということ。
僕より此処について詳しいのは確かだ。なら生贄ではないのだろうか。
更に歩いて、僕は此処が大神宮ではない事に気がついた。
既に百歩以上歩いている。大神宮ならとっくに本殿を突き抜けて、背後の華榁岩にぶつかっているだろう。
なら、此処は何処なのだ!?
生贄に決まった事を知ってから、僕なりにこの件について図書館等で調べた。
どの本でも、生贄の姿が描かれているのは大神宮の本殿に入るところまで。その後は『生贄は神に食われた』と書かれて終わっている。
だから僕は、本殿で龍神様に食われて死ぬと思い込んでいたのだ。
正面に壁、そして扉が見える。延々と続く本殿風の建物が、ようやく終わりを迎えるようだ。
あの扉の向こうに、龍がいるのだろうか。そしていよいよ食われるのか。
そう思うと、諦めて思考から追いやっていた死の恐怖なんてのがよみがえってしまう。
それでも僕に出来るのは、ただ歩くことだけだ。固く握られた左手の先にいる彼女にあわせて。
近づくと、扉は自動的に開いた。恐怖を感じつつ、それでも見てしまったその扉の先は……
石張りの床と湯気がたっている広い浴槽という感じの場所だ。浴槽っぽいものは直径
浴槽なら村の公衆浴場並の広さだ。しかしもちろん風呂ではないだろう。
ならこれは、鍋代わりだろうか。生贄を煮るか茹でるかする為の。そう思いつつ開いた扉の向こう側、石張りの床部分へ。
床は冷たいかと思ったが、ちょうどいい温かさ。
「
部屋に入って三歩目で、彼女の足が止まった。半歩余分に歩きかけたけれど、何とか握った手を引っ張ったりせずに止まる。
「
全部服を脱げか。
彼女の前で恥ずかしいと思ったのは一瞬だった。なぜなら彼女も服を脱ぎ始めたから。
やはり彼女も生贄で、此処で一緒に茹でられるのだろうか。だったら彼女を一人で死なせる訳にはいかない。
僕も慌てて服を全部脱ぐ。
彼女は服を脱ぎ捨てているから、僕も服はたたむ必要は無いようだ。
どうしても、脱ぎながら彼女の身体に目がいってしまう。
少しだけ膨らんだ胸とかその先端とか、更にその下へ続く身体の線とか。申し訳ないとは思うけれど、つい目線が引き寄せられてしまうのだ。
全部服を脱いだところで、彼女が再び僕の左手を取った。
「
一緒に来てくれ、了解だ。
彼女を助けられないなら、せめて一緒に死のう。覚悟を決めて、彼女と一緒に直進、そして湯の中へ。
熱い、そう感じたのはほんの一瞬だった。
慣れれば適温の範囲内、ちょい熱めの風呂の湯温程度。深さも膝下くらいだ。
ここで煮るという事ではないらしい。そう思いつつ更に二歩、湯船の中心付近まで行ったところで。
「
そう言われると何となく予想していた。だから今度は半歩進んだりせずに止まることに成功する。
「
彼女はそう言った後、浴槽内に座って肩までお湯に浸した。
なるほど、食べ物を洗う場所か。そう僕は理解して、彼女と同じように中で座り、肩までお湯に浸る。
どうしても彼女の身体に意識と視線が行きそうになるけれど、申し訳ないので必死に堪える。
とりあえず思考を別の方向に向けよう。
たとえば何故、彼女が妙な言葉使いをしているかとか。
あの言葉は、僕の認識間違いでなければ古語だ。
僕の知識ではどれくらい昔の言葉かはわからないけれど、少なくとも今の
現代語で意味が通じる理屈は不明だけれど。
何かそういった言葉を使う特殊な場所でもあるのだろうか。そういった場所から生贄として来たのだろうか。
あとはせめて彼女だけは生贄にしない方法はないだろうか。僕は食べられてしまうとしても。
ただ僕には此処についての知識が足りない。これからどういう順番で何が起こるかもわからない。
彼女に聞けば、ある程度の情報は手に入る可能性がある。
ただ彼女とこの場と、あと儀式めいた今の状況といった感じが、雰囲気的に声をかけるのを拒んでいた。
だから僕は彼女を気にしながら、気を抜くとついつい彼女の方に視線が行きそうになりながら、湯に浸かることしか出来ない。
なんて思った時、湯が動いた。彼女がこっちへ向いたからだ。
「
えっ!?
その言葉の意味をきちんと理解する前に、彼女の手が僕の首筋に触れた。思わず身体が震えそうになるのを、何とか止める。
彼女は僕の身体を洗おうとしているだけだ。湯に浸かっただ状態なら、手でこするだけでほとんどの汚れが落ちるだろう。
だから妙な事を考えてはいけない!
そう、思ってはいるのだ。
しかし彼女の手の感触、そしてすぐ側に裸でいるという事実を示す呼吸音が……
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