白骨の騎士

矢芝フルカ

第1話

 白骨の騎士は、深夜に現れるという。


 白骨の身体に、いにしえの騎士団の甲冑をまとい、校内を歩き廻る。


 相対した者に、騎士は問う。

「ニコラス王はいずれに」…と。


 これに対し、正しい答えはひとつだけ。 

「玉座におわしまする」…と。


 さすれば騎士は、何事も無く来た道を引き返して行く。


 だがもし、答えをたがえた時には、騎士はその卓抜なる剣技にて、その者を斬り捨てる……と、いう。

 



 

「……これはぜひ、真偽を確かめたいと思わないか? ネイト」


 思いません。


 ネイトは、心の中でキッパリ否定した。


 放課後の図書館は、人影もまばらで、窓際の席には、ネイトとアシュリーの二人きりだった。


 魔法書を読むネイトの向かい側で、アシュリーは興奮気味に、「白骨の騎士の幽霊」の話をしている。


 興味津々きょうみしんしんという言葉を、満面に滲ませて、アシュリーの瞳はキラキラと輝いていた。



 

 魔法騎士養成学校は、魔術と武術を兼ね備えた騎士を、養成する学校である。


 ネイトとアシュリーは、この学校の同級生だ。


 最近、校内では、この「白骨の騎士の幽霊」の話題で持ち切りだった。


 「夜中、寮の窓から校内を見ると、その幽霊が歩いていた」とか、 「甲冑で歩く音を聞いた」とか……

 それらはまことしやかに語られ、生徒たちの間に広まって行った。


 


「……ただの怪談だ。作り話だよ」


 魔法書に目を落としたまま、ネイトが言った。


「夜中に、甲冑で歩く音を聞いたと言う者が、何人も居るのだぞ」


 アシュリーが、言い返す。


「音だけだろ? 何かと聞き間違いをしているだけさ」


 顔を上げたネイトは、クイ、と眼鏡を指で上げて、アシュリーを見た。


 アシュリーは口をとがらせて、納得できないという表情だ。


 そんな顔も可愛い。

 

 けれどそれを表に出さずに、ネイトはまた、魔法書の続きを読む。


 ネイトの反応が悪いからか、アシュリーは身体を乗り出して、ネイトの顔を覗き込んで来た。


 彼女の長い髪が揺れて、フワリと花の香りが立つ。

 ネイトの胸が、かすかにざわめいた。


「……魔力封印魔法の呪文を唱えつつ、杖、もしくは……」


 アシュリーがページに書かれた文字を読み上げる。

 ハッと、ネイトは急いで魔法書を閉じた。


「それは、魔力封印魔法の本ではないか!」

 アシュリーが嬉しそうに言った。


 魔力封印魔法とは、文字通り相手の魔力を封印する魔法だ。

 ドラゴンやグリフィンなどの、強い魔力を持つ魔物に対抗する魔法である。


「さすがはネイトだ! 白骨の騎士に対抗するための魔法を準備してくれているとは!」


「いやっ…あ、あの……」


 ネイトは返す言葉が見つからず、しどろもどろになる。


 間違いでは無い。


 魔力封印魔法の本を読んでいるのは、その白骨の騎士とやらを意識してのことだ。


 けれど、それは決して、自ら進んで退治したいとか、そういう理由では無い。


 怖いからだ。


 ネイトは子供の頃から、幽霊の話や怪談が大の苦手なのだ。


 そんな話、ちょっとでも聞いたのならば、灯りを消して眠るなんてできなくなる。


 だから、この「白骨の騎士」の噂を聞いてからは、消灯時間前にベッドに入るようにしている。


 それでも、もし万が一、出くわしてしまった時のために、対抗する魔法が無いか調べていたのだ。


 だけど!

 「幽霊が怖い」だなんて、アシュリーに言えるはずが無い!


 そんな情けないこと、好きな女の子に知られたく無い!


 ネイトは、コホンと咳払いをひとつして、冷静を装う。


「アシュリー、この魔法は難しいんだ。卒業試験に出されるレベルで、僕にはまだ使いこなせない。だから……」


「何を言う! 君ほどの魔術師ならばきっとできる!」


 えっ……?


 「無理だ」と続くはずだったネイトの言葉を、アシュリーの笑顔と激励が鮮やかに遮った。


「よし! さっそく行動に出よう! 私たちで、白骨の騎士の真偽を確かめるのだ!」


 えええっ……?

 私たちの、って、僕も入っているんですか?


 意気揚々としているアシュリーを前に、ネイトはただ青ざめるしかなかった。


続く

    

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