第28話 雪解け

 温泉が地下迷宮へと大量に流れていく。


 源泉が溜め込まれている部屋は地下貯水槽になっていて、地上へ逃げ出すはしごも設置されていた。


 外気が下がることで、内側と外側の外気温の差で、一定以上、結露による水分がたまると、カラクリが動き出し、自動で扉を開ける作りだった。


「ロジエさん――」


 激流に乗ってロジエさんはニブルヘイムの地下迷宮に飲まれていったのだろう。


 完全に肉体を失ったのだから、今度は迷わずに今世と別れを告げられたはずだ。


「来世は、せめて楽しく生きられるように」


 私は目を閉じて、黙とうをささげた後、ここからどうするか悩んだ。


 地下迷宮は高熱の源泉によって急激に気温が高まっている。


 地上は既に生命が活動できないほどの寒さだ。


 この二つがせめぎ合っている今、私は外に出ても大丈夫なのだろうか。


「というか、この中かなり息苦しい……」


 意識が朦朧としてきた。


 吸い込む空気も肺が焼けるようだ。


 私は意を決して梯子を掴む。


 ここにいては、脳まで茹でられてしまう。


 朦朧としそうな意識の中、視界がぐわんぐわんと揺れても、着実に登っていく。


「……どこに出るんだろう」


 見上げればすぐ近くだと思えた外への扉は、今では遠く感じる。


「くっ、もう少しだ」


 一歩一歩着実に梯子に手をかける。


 途中ずり落ちそうになり、意識も消えかける。


 勢いよく流れる源流がごうごうんと私の脳も揺らしているような音楽を奏でている。


「も、もうちょっとだ――」


 やっとたどり着いた扉を力一杯、下から押し上げる。


「うっ――おもい」


 まさか雪が降り積もり、氷のように固まっているんじゃないだろうか。


 けど、戻ることもできない。


 地下水路は既に温泉で満たされ、地上を温めている。


 かなりの高熱のようで、流されればただではすまない。


「うああああ、がんばれええ!」


 ありったけの力で押し上げる。


 ――ビクともしない。


「それなら――!」


 ナナナに借りた大鎌を勢いよく扉へと叩きつける。


 ――ガチィン!


 ――ガチィン!


 ――ガチィン!

 

「くっ――!」


 強すぎる衝撃に手から大鎌が滑り落ちる。


 ごめん、ナナナと内心謝っているうちに、温泉の中に大鎌は沈んでいった。


「うう、あいて、あけえ!」

 

 息苦しい。


 胸が痛い。


 頭が重い。


 病院で感じた死の気配が私に再び歩み寄ってきてる。


 また死ぬの。


 せっかく広い世界を見ることができたのに。


 健康な体も手に入れた。


 友達もできたのに。


「悔しい、こんなとこで……!」


 私は消え入りそうな意識を何とか掴もうとするが――腕をするりとすり抜けるように、意識は遠のいていく。


「……つかみ、そこねた」


 灼熱の中、背中を掴まれる気配を感じて、梯子から手が離れる。


 どぼん。

 

 焼けつくような温水に包まれて、私の意識は簡単に途切れ――。


 ――ない。


「――!?」


 私を下から持ち上げるような力を感じて意識が再び覚醒する。


 熱すぎる源泉から押し出され、頭上の扉目がけて更に押し上げられる。


「な、何が!?」

 

 勢いのせいでよく見えないけど、うねうねしている何かが、私を持ち上げてる。


 外に続く扉すらも押し上げているのは、幾重にも絡まった植物の蔦だ。


 物凄い力で押し上げているのか、地上への扉は徐々に持ち上がっているように見えた。


「もしかしてこれは――死の黒薔薇!?」


 でもなんで、勝手に死の黒薔薇が?


 私の疑問を他所に、地上への扉はなんとか開き、冷気と暖気が入れ替わる。


 吸い込まれるような空気に身を任せて、私も蔦によって地上へと放り投げられた。


「うああああ――!」


 力任せすぎたのか、高く高く、放り投げられた空から、地上の風景が見える。


 吹雪はいつの間にか収まっている。


 地上に降り積もった雪の間から湯気が立ち上り、幻想的な風景だ。


 雪原に一人――二人、三人?


 私に手を振る姿が見える。


 真っ黒なローブを身にまとった死神はナナナだ。


 その背中に背負われているのは、フィオルン。


 激しい雪道は死神じゃなければ進めなかったのだろう。


 その隣で癖毛の黒髪を揺らしながら、太陽のように割らす少女はナンバーレス。


「ココノーーーー!!

 しっかり掴まんなさいよーーーーーー!!」


 ニブルヘイム全土に響き渡るようなフィオルンの声が聞こえたかと思うと、どこからともなく、死の黒薔薇の蔦が伸びてきた。


 私は必死にそれを掴んで、ゆっくりと地上へと着地する。


「どう?

 私もね、命がけでやってみたんだ。

 再び、死の黒薔薇へのリンクをね」


 まあ、ニブルヘイムが落ち着けば、もう無理に生命を吸ったりしないけど。


 と、フィオルンは笑った。


「死ぬ気はないけど、命を懸けなければ、生き残る事は出来ないでしょ?

 ――って、わきゃっ!?

 ちょ、ちょっと死神、何で突然、降ろすのよ!」


「元気そうだからに決まってるでしょ」


 雪に埋もれながら、フィオルンは声を張り上げた。


「ぬははは、雪まみれだな!

 そとっておもしろいな!」


 ナンバーレスが大声で笑うと、空には青空が垣間見えていた。


「ありがとな、ナイン。

 なんだか足かせが、無くなったみたいに軽い!」


「そうだね、ナンバーレス」


 ココノもロジエの肉体は滅び、魂は新しい命へと変わっている。


 死の黒薔薇の調整機能もあってか、ニブルヘイムも正しい姿に向かっていきそうだ。


「ナナナはどうするの、使命を果たすんでしょ?」


「何とかなったの、いつもどおりね」


 余裕の笑みでナナナは私を見つめる。


「特例でね、ニブルヘイムの環境監査及び、処理対象二人の経過観察がおりたの」


 ひえ……相変わらずの豪運。


「じゃあ、あとはまた死の黒薔薇を何とかしないとね」


 苦笑いして、私はフィオルンを見る。


 彼女はまだ雪に尻餅をついたままだ。


「まずはニブルヘイムの復興よね、住む人も増やさなきゃ。

 死の黒薔薇とリンクした今、この地と私は一心同体なんだから」


 フィオルンはどこか楽しそう。


 彼女は手を指し伸ばした。


「さあ、生きるわよ、ココノ。

 ――一緒に来てくれるわよね?」


 その答えは言うまでもない。


 けど、どんな思いも口に出してこそものだ。


 押し込めた想いも。


 伝えなかった言葉も、伝わらなければ死んだも同じ。


 押し込めて、諦めて生きるなんて、誰だって望まないでしょ?


「フィオルン、もちろん、どこまでも一緒に行こう」

 

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🔨次回:最終話 元死神は伸ばす手を掴む

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