第25話 救いはいつも死の中に。

 夕食を食べ終え、皆の会話も落ち着くと、室内は再び静寂に包まれた。


 話すこともなく、お互いが寒さに身を寄せ合い、揺れる蝋燭の火を眺めている。


「……寒い」


 フィオルンが自分の手をこすり合わせる。


 吐く息は白く、既に場内もかなりの冷え込みだ。


 ナナナも何も言わないが、じっと目を閉じて寒さに耐えているように見える。


 ナンバーレスは目をこすっていた。


「ナンバーレス、城内もさらに冷え込むから、今寝ると、命に関わるよ」


「……う、うん……」


 彼女は頭を振って、自分の頬を叩いて活を入れた。


「もしこのまま明日になっても吹雪が終わらなければ、眠った方が幸せなのかもしれないわね」


 フィオルンがぼそりと呟く。


「凍傷は生き地獄だしね」


 ナナナも半ば諦めているような言葉だ。


「フィオルンも、ナナナも悲観的だね。

 もしかしたら明日の朝には晴れてるかもしれないよ?」


 私は懸命に二人を励ますが、返答する力もないのか、二人は静かに頷くのみだった。


 私が死と生の転換グリム・シフトで、392が起こした氷河期の死の気配を取り払っていても、それ以上の死の気配が訪れている。


 だから彼女たちの気持ちも穏やかな死へと傾いている。


「……、諦めるべきなの?」


 このまま寒さに抗えば、寒さで指は凍り、指は落ちる。


 冷たすぎる空気が肺に入り込めば、あまりの冷たさに血反吐を吐いて即死する。


「……生き地獄……」


 病院で幾つも味わった。


 珍しい病気だったので、様々な薬の副作用にも耐え、機材に繋がれることも我慢してきた。


 痛みが引くことはなく、常に泣きながら嗚咽を漏らした。


 だから私は、あの夜。


 死神が私を殺しに来たとき、少しだけ良かったとも思った。


 これ以上、痛い思いをしなくて済む。


 生きれるかもとずっと叶わない期待を持たなくていいと。


 ――――私を殺しに来た死神は、何番席で、どんな死神だったのだろう。


 どんな想いで私の魂をかったのだろう。


 それを知る事はできない。


 いや、私が、今、ここで、――彼女と同じ道を歩めば分かる?


 苦しむ前に、皆の魂をもらい受ければ、誰もたちは苦しまずに済む。


「……これ以上苦しまないように、命を絶ってくれたのかな」


「ココノ……?」


 私が突然立ち上がったのを見てフィオルンが不思議そうに声を上げた。


 私が、本来の死神としての役目を果たせば、全ては丸く収まる。


 これ以上、寒さに体が蝕まれることも、期待に胸が押しつぶされることもない。


 ――カチャ、カチャ――。


 さっきこの辺に包丁があったはずだ。


 死神の鎌は召喚できないけど、せめてこれで。


 小指からしっかり握り、引くように切ることを忘れずに。


「――ここ」


 それだけで人の肉は簡単に斬れる。


「――の」


 骨は少し硬いが、出来るだけ楽に致命傷を与えるなら頸動脈を掻っ切れば、


「ココノ!!!!」


「――ハッ!」


 カランカランッ。


「フィ、フィオルン?」


 私の手首を捻り上げて、彼女は眉を吊り上げて大声を出していた。


「ココノ! しっかりなさい!」


「ど、どうしたの?」


「あんた、覚えてないの――?」


 不思議そうにフィオルンが首を捻った。


 私もつられて同じように首を捻ると、フィオルンが強く私を抱き留める。


「ココノが死神に戻ってどうするの、あんたは――、あんたの信念があるんじゃなかったの?」


「信念――」


 苦しまないように殺すことが救い?


 期待できない思いを殺すことが救い?


 ――パアンッ!!!


「ちょ、ココノ!?」


 手加減しないで自分の頬を全力で叩きつける。


 死と生の転換グリム・シフトでも、飲み込めきれない『寒さの停滞』が私をも支配していたみたいだ。


「ありがとう、フィオルン。大好き!」


「まあ、私にかかれば――え?」


 突然言われた言葉を理解できず、フィオルンは固まった。


「思ったことはしっかり言わないとね。

 さあ、やるぞおお!」


 寒さも忘れて私は腕をめくる。


「このまま籠城していても、やっぱり耐えられそうにないね。

 けど、突破口はあるはず――今までニブルヘイムは様々な氷河期に見舞われてきたんだから」


 ナナナは顔を上げたが、首を振るばかりだった。


「ココノ。

 無理だよ、この吹雪じゃ外に出れない。

 それにスケルトンたちも、凍り付いてしまっているよ。

 できることは何もない」


「そうかな?

 ねえ、ナンバーレス。

 氷河期のとき、地下はいつもどうなってたの?」


「どうって……ぽかぽかして暖かくなってたな」


「なるほど、もしかしたら、だね」


 追放された者の手記では、春のように暖かいタイミングもあったのを思い出していた。


「ココノ、それが何だって言うの?」


「ナナナ、つまり私が言いたいのは、毎回この後は、春のように暖かくなってたってこと。

 今は392が起こした氷河期だけど、そもそも私たちが392を撃破する前から氷河期に入る兆しがあったでしょ?」


 ナナナは顔を上げる。


「確かに――雪が降りだした時、ココノは城に移動を提案してた……」


「つまり氷河期のタイミングはいつもと同じ、威力が異常に強いだけだと思う」


 珍しくナナナが腕組みをして唸る。


「けどそれが分かっても……」


「氷河期の時、ナンバーレスはいつもどこにいるの?」


「いつもか?

 あの時は寒いから、食堂だな。

 メメント・モリと一緒だと、ご飯にも困らないしな!

 扉をガッチリ占めて、寝泊まりするんだ!」


「ふうん、なるほど……」


 これはもしかして――。


 私の中で、様々なパズルのピースが浮かび上がる。


 氷河期のあとのぽかぽかとした温かさ。


 食堂に立て籠もって過ごす。


 城ばかりか城下町まで広がる地下迷宮。


「ナンバーレス、それにもう一つ聞きたいんだけど、この1000年で不老不死の実って聞いたことある?」


「不老不死の実?

 ああ、あのニブルヘイムに伝わる伝説のか。あれはガセだぞ。

 神々が高度な文明に発達しようとしたニブルヘイムへ攻め入る為の口実だ」


 やっぱりそうだ。


 となると、多分、その最後のピースは――。


「フィオルン。覚えてる?

 初めて休んだ祠」


 ずっと固まっていたフィオルンが、私の声にビクッと身を竦ませた。


「え、ええ、ああ、うん、えええと、巨大な木があったわ。

 とても暖かくて、寒くてもよく眠れたのを覚えてる。

 死と生の転換グリム・シフトのおかげよね」


「けど、それは死と生の転換グリム・シフトだけじゃなく、元々の地熱があった場所だったなら――?」


「……な、なにを考えているのココノ?」


 ナナナが恐る恐る声をかけてくる。


「ど、どういうことだ、ナイン!」


 理解が追い付かないナンバーレスは私をじっと見上げた。


「ココノ、あんた、また変な知識を思い出したわね?」


 フィオルンがニヤリと口元を吊り上げる。


「ニブルヘイムがどうやって、生と死の循環を繰り返してきたのか――私に皆の命を預けて欲しい」



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🔨次回:第26話 自由奔放

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