第20話 命を燃やさずして、何が掴める――
王族の抜け道とメメント・モリの研究室は地下通路で繋がっていた。
地下通路は曲がり角などの多さから、侵入者を彷徨わせる迷宮も担っているのか、単純に王族の逃げ道だけの役割ではないらしい。
「じゃあ、この地下迷宮を徘徊しているあの死神の亡霊は392の肉体なんだね」
「あたしを作るために魂を利用したから、肉体だけが残ったんだ」
「魂が無かったから、死神として再構築されなかったのか……」
死神が死ぬことはない。
正確には死んでも再構築されて、再び新たな死神として生まれ落ちる。
魂が劣化して使い物になっていない限りは。
「けど、どうして392の肉体が、死の黒薔薇の故障に関係してるの?」
「メメント・モリの養分として肉体は食べられちゃったんだ」
魂が抜けてもぬけの殻となった肉体を、触手が絡んでいく映像を想像してしまい、私は頭を振った。
「だけど、身体には無念や怨念だけが残ってた。
ロジエかあさんを守れなかったからね……」
「食べ物が悪かったんだね……」
「うん。途中までは良かったんだ、だけど長い年月が経過するにつれて、少しづつおかしくなってって――」
ナンバーレスは悲しそうに目を伏せる。
「メメント・モリの花びらが開いた時、中から骸骨の死神が生まれた。
ううん、喰い破ったに近いかも……」
「それが徘徊する死神だった――」
「それからだ。
氷河期が訪れたりして外の様子がおかしくなったのは」
「考えられるのは、無念の思いが死の黒薔薇を乗っ取ったことで、ニブルヘイムを死の大地へと固定している……ってところかな?」
取り込んだのが死神だし、魂の扱いが特に上手な肉体だ。
不可能ではないだろう。
「おお、さすが、ナインだな!
あたしもそう思って何度か、やつに戦いを挑んだ!」
勇ましく松明を振ると、地面の影が揺れる。
「でも手も足も出なくて、何百年も困ってたんだ。
途中見つけた奴らに協力を頼んだけど、誰も知らぬ間に消えてっちゃったな」
「死神の力を剥奪された追放者たちのことだね」
「ふうん、追放されたから、あんなに暗い奴らだけだったのか」
納得したようにナンバーレスは頷く。
「あたしはメメント・モリに元に戻って欲しい。
ここまで育ててくれた恩があるからな」
「私はフィオルンから死の黒薔薇を取り除きたい」
私たちは顔を見合わせた。
「なら、あたしたちの目的は同じだ!」
「392の肉体と死の黒薔薇の繋がりを断ち切れば、生と死のバランスが正常へと動くはず――!」
私はナンバーレスと互いに手を握り、微笑み合う。
「地下迷宮は文字通り迷いやすいけど、あたしなら問題ない!」
それに、と彼女は続けた。
「死神の亡霊は、命の輝きが強いものを優先的に襲うから、多分そろそろ――」
――――コツコッ。
背後から聞こえるは、ゆっくりとした足音。
これまで灯してきた壁の松明が、そこにいる者の姿を照らす。
「
私の問いかけに応えるように、黒いローブに身を包んだ、骸がカタカタと打ち鳴らす。
「ナイン、3度目なら分かると思うけど、あいつは殺せない!」
胸を押さえながら、堪えるようにナンバーレスが吠える。
「苦しそうだけど大丈夫?」
「神と付くものに出会うと――自動的なんだ」
ナンバーレスの目の色が徐々に赤く染まっていく。
口元や体が震え、徐々に理性が失われていくようだ。
「いいか、ナイン――殺せないのはメメント・モリに繋がってるせいだ。
そ、それを断ち切れ――あ、あたしが、戦いは引き受ける――!!!!」
その言葉を最後にナンバーレスは目にも止まらぬ速さで、地面を蹴り、狼のように吠えた。
「うがああああああああああ!」
左手を大きく振りかぶると、腕に重なるように、巨大な獣の爪が現れる。
「……そうか。
死の黒薔薇をばら撒いた『神』や理不尽な死を押し付けた『死神』を恨んでいる力が、ナンバーレスに引き継がれてる――」
だから彼女は神と名の付くものを殺さずにはいられない。
「私も、どうにか、死の黒薔薇の繋がりを断ち切らないと……!」
だが
むしろそんなものがあったら、これまで気が付いていたはずだ。
「ど、どうしたら――」
神殺化したナンバーレスと
ナンバーレスは理性を失ってまで戦ってくれているんだ、糸口を掴まないと――!!
死神の力さえあれば、【
けど、もし使用できたら神殺しに反応してナンバーレスに殺されてたはずだ。
きっとこの状況は元死神の私だから、答えを探し出せるはず。
「繋がりが見えない、もし見えても断ち切る鎌も呼び出せない――何か、何か打破する答えは――」
脳をフル回転させて死の黒薔薇の対処法を考える。
死の黒薔薇といっても薔薇は薔薇だ。
その薔薇に繋がって支配しているのが
せめて繋がりを断ち切る方法があれば……。
「薔薇は根・茎・枝・花で出来てる……根から養分を吸っている……
操っている本体なら根ではないはず。
確か蕾から生まれ落ちたから、繋がっているとすれば花から……いや、もしかして
「じゃあやっぱり花となる
いや、それだとこれまで殺せなかったことの説明がつかない。
何か方法があるはずだ、方法が――!
「うがぁ!」
「ナンバーレス!」
ナンバーレスが壁に打ち付けられて、ぐったりと地面に滑り落ちる。
気は失っていないようだけど、すぐに動けそうにない。
「ナ、ナイン、に、にげろ――前よりも強い……!」
神殺化が解除されたナンバーレスが声を絞りだした。
どうやら命の輝きが強いのは、私の方だったようだ。
「……出来るだけのことはやってみる」
フィオルンの命が燃え尽きようとしているんだ。
私もここで、命を燃やさずして、何が掴める――。
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🔨次回:第21話 もう理由なんて分からない
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