厚岸「アイヌの亡霊」

厚岸の海辺は、アイヌの人々がかつて暮らしていた豊かな土地でした。しかし、クナシリ・メナシの戦いの後、ここには深い悲しみと怨念が漂うと言われています。


ある夜、漁師の健二は厚岸湖の近くで夜釣りをしていました。彼はこの地で生まれ育ち、湖のことを何でも知っているつもりでした。しかし、その夜は異常に冷たく、霧が立ち込めていました。


健二は湖のあちこちに小舟を出して釣りを始めたのですが、突然、霧の中から聞こえる歌声に気づきました。まるで古代の言葉で歌われるような、哀愁漂う旋律でした。彼はその声に引き寄せられるように、舟を進めました。


霧が晴れると、彼は湖の中央にカヌーのような小舟を見つけました。その上には、一人の女性が座っていました。彼女はアイヌの伝統的な服を身にまとい、静かに歌っていました。しかし、その目は涙に濡れ、顔には悲しみが刻まれていました。


彼女は健二に語り始めました。「私はこの地で生まれ、そしてこの地で死にました。私たちは自由を奪われ、文化を奪われ、命を奪われました。私の泣き声は、今もこの湖に響く悲しみの証です。」


健二は、この女性がクナシリ・メナシの戦いで命を落としたアイヌの霊であることを悟りました。彼女は自分たちの悲劇を忘れ去られないように、毎夜、霧の中で歌うと言いました。


「私の歌は、私たちの苦しみを伝えるものです。聞くもの全てに、過去の過ちを忘れないでほしいのです。」彼女の言葉と共に、霧は再び濃くなり、彼女の姿は見えなくなりました。


健二はその後、厚岸湖での夜釣りをやめました。なぜなら、夜ごとに聞こえる歌声は、彼を恐怖ではなく、深い哀しみに包むからです。地元の人々も、この怪談を知っており、霧の濃い夜には湖に近づかないようにと戒められました。


今でも、厚岸湖の霧深い夜には、このアイヌの女性の歌声が聞こえると言われています。その歌は、過去の悲劇を今に伝えるためのものであり、厚岸の歴史と文化の一部として語り継がれています。

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