天塩「シジミ漁」

天塩川の河口は、豊かなシジミの宝庫として知られています。しかし、その漁にまつわる怪談が、地元の漁師たちの間で語り継がれています。特に、冬の厳しい寒さが訪れる頃、シジミ漁は一層恐ろしいものとなります。


ある年の晩秋、漁師の吉田は、天塩川の河口でシジミ漁を行っていました。彼は夜明け前に出漁し、網を投げ入れると、驚くほどの大漁を迎えました。しかし、その喜びも束の間、突然川面から冷たい風が吹き上げ、周囲が一変しました。


霧が立ち込め、見えない何かが水面をかき乱す音が聞こえました。吉田は、何かがおかしいと感じ、網を上げようとしましたが、網はまるで何かに引っ張られるように重くなりました。


「どうしたんだ…」と呟きながら、吉田が網を引き上げると、中にはシジミだけでなく、見覚えのない白い人間の手が混ざっていました。驚いた彼がそれを投げ捨てようとした瞬間、その手は消え、代わりに水面から白い影が浮かび上がりました。


それは、かつてこの川で遭難し、シジミの豊穣を願いながら命を落とした漁師の幽霊でした。その幽霊は、言葉もなく、ただ吉田を見つめ、水面に沈んでいきました。


その日から、吉田は毎晩悪夢にうなされるようになりました。夢の中では、川底に無数の白い手が伸び、吉田を引きずり込もうとします。そして、シジミ漁に出るたびに、網の中には必ずその白い手が混ざっていました。


冬が深まるにつれ、吉田の体調は崩れ始め、漁に出る度に不思議な現象が起こりました。特に、河口の霧が深くなる夜には、水面から聞こえる泣き声や、怪しげな歌声が彼を恐怖に陥れました。


ある夜、吉田は再びその幽霊に出会いました。「私たちは、シジミの豊穣を願い、命を落とした。お前もその願いを継げ」と、幽霊は囁きました。


それ以来、吉田はシジミ漁に恐怖を覚えながらも、毎年秋から冬にかけての漁を欠かさず行いました。そして、その度に幽霊の祈りを唱え、シジミの豊穣を願うようになりました。


今でも、天塩川のシジミ漁は大漁である一方で、深い霧が立ち込める夜には、漁師たちは何かの存在を感じ、祈りを捧げながら漁を行うのです。その怪談は、天塩のシジミが豊富である理由の一端を暗示しているようです。

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