45歳無職女が異世界の創造主だった件~やる気はない~
白音クロネ
第1話 無職
「ナカヨシブックセンター波多野と申します、ご注文いただきました書籍が本日入荷いたしましたので、ご都合のよろしい時にご来店お願いいたします。」
千葉県某市、人口が減り続けている地方都市で、私は書店員をしている。
パートタイマーだがかれこれ20年ほど本屋に勤め、文庫担当、45歳の今では新人教育やらシフト作成やら、非正規雇用にしては責任をもたされる仕事をしていた。
「波多野さん、明日の入荷だけどさー」
コミック担当の稲森くんが、休みの間の新刊について色々伝えてくるので、はいはいと作業の合間に売り場に出る。
この店舗はお年寄りと男性客が多いので、青年コミックの売り上げが割と良い。
とはいえ、コロナ5類化あたりから消費税10%の影響もあり、年々売り上げが下がっているため働いている私たちは気が気ではなかった。
「だいぶ新刊減ったから、あんま大変じゃないと思うけどよろしく。」
「おけ、変なところあったら直しておいてね。」
稲森くんは私より4歳年下で、ナカヨシブックセンターにほぼ同時期に入った。
ここにいる人たちはみんな10年以上は働いていて、もはや家族よりたくさん会話しているような気がする。
「レジおねがいしまーす!」
レジから岩戸さんが呼んでくる。
岩戸さんはここで一番年長で、気さくで明るく優しい女性だ。
「はーい!おまちのお客様、こちらのレジへどうぞー!」
20年、色々なことがあった。
おかしな人が来たり、もめたり、それぞれの人生について相談したり笑ったり、慰めあったり励ましたり、とても長い時間を過ごしていた。
「みんなには個別に伝えるけど、来月20日に閉店が決まりました。」
ほとんど店に来ない店長から、そういわれるまでは。
皆覚悟はしていたけれど、今年いっぱい位はいけるかな、とか話していた。
定期購読や予約商品についての処理、在庫の管理であっというまに時間は過ぎて。
有給消化やらなんやらで、ゆっくり別れを惜しむ間もなく私の書店人生は終わった。
その後、とりあえず時間がなくて取れなかった運転免許をとり、年齢的にいい仕事は難しいかなと思っていたら何故かとても待遇の良いパートに受かり、なんとなく頑張れそうな気がしていた。
が、それが罠だった。
地元では有名なホームセンターにホイホイと入社が決まり、配属された先が「みんなすぐに辞めてしまうから、波多野さんは急にいなくならないでね。」「去年だけで5人辞めちゃったの。」などと言われるとんでもない部署だった。
実際、ひどかった。
事前説明とは全く違う部署に配置され、慣れない新人を売り場に数時間放置するし、マニュアルもない中専門知識を詰め込むように言われるが、常に場当たり的な指導でレクチャーはない。
休憩時間もまちまちで、毎日あっという間に時間がすぎる。
気が休まる事が無く、働く人たちに全く余裕がない。
とんでもないところに来てしまったなあというのが本音だった。
皆が辞めてしまう原因とされていたのはベテラン女性パートの千代さんで、入ってすぐに無視された。だが千代さんはまだ可愛いほうで、配属された先の先輩パート村木さんがとんでもなかった。
ただでさえ不慣れな仕事だが、社員さんからは物覚えがいいと褒められた。
仕事はきついが、千代さん以外はいい人が多いのかな、と油断していた。
入社して1ヶ月位で、村木さんからの攻撃がはじまった。
人が見ていない場所で、ものすごくキツイ物言いをされる。
わからないことを質問すると、嫌味で返される。
ベテランばかりの職場で、相談する相手もいない。酷い物言いをされるたび、鳩尾から力が抜けていく感じがした。
普通の会話ややりとりができない。感情のある人間扱いをされなかった。
他の人のいる場所では決してやらないので、気にしすぎかなと最初は思っていたのだが、気のせいではないと理解した頃には病んでいた。
普段の自分なら、戦えたかもしれない。
でも、散々な一年の中で弱っていた私の心は、折れたのだ。
そしてめでたく、私は無職になった。
辞めるまでも大変で、自分の評価が落ちる事を嫌がった社員に軽く脅されるなどしたが、そこは労基の名を出して逃げられた。
今もなお、あの職場での仕打ちを思い出すとまた鳩尾のあたりがしくしくする。
ナカヨシブックセンターが恋しい。
「本当に、今年はろくでもない……。」
まず新年早々に飼い猫が亡くなり、春には祖父が亡くなった。
夏には長年勤めていた勤務先が無くなり、冬には心身の健康を無くした。
「もう何もやる気がおきない……」
布団から出られない中、スマホで仕事を探す。
今の状況ではまともには働けないだろう。とにかく自信を失ってしまった。
幸い家族はしばらく休めと言ってくれているが、ふがいない。
でも、何もかもが怖いし不安になってしまった。
45歳、これからは家族もどんどん老いて、自分も老いていく。
置いていかれてしまう。
ひとりぼっちになるのだ、あとしばらくすれば。
心細くて、悲しい。
過去のことも未来のことも考えないほうがいいと言うが、今は無理だ。
若さが無いという事は、残された時間も少ない。自力で生きていくには収入がいる。
働けないという事は、生きていかれないという事に等しいのだから、不安で仕方ない。
とにかく心身ともに弱っているのだろう、布団の中で目を閉じる。
心細さにまた悲しくなり、涙がこぼれた。
願いが叶うなら、20年前に戻りたい。
いや、子供の頃に戻りたい。
違う、生まれる前に戻りたい。
この世界に存在しなければ、こんな不安になることも、苦しい思いをすることも、無かったのに。
家族の愛情を思うと、自分の愛着を思うと、それは悲しい事なのだが。
この先生きていくことが、怖かった。
神様、助けて。
わたしは、どうしたらいいの。
そんなふうに、悩みながら。
眠りの中に、落ちていった。
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