事の真相1
よくよく因縁のある土地だ。
因果の鎖を手繰っていくと、バブル期にこの地にひとつの寺が建てられたことから始まる。
極楽寺という当時のテーマパークブームにあやかり、仏教をテーマにした遊園地を作ろうという目論見によって建てられた寺だ。
しかし、バブルがはじけ、資産家の事業は難航。日本全体で景気が落ち込むとともに、テーマパークブームは下火になり、極楽寺の参拝者は激減した。
それに伴って観光客向けに建てられた〇州極楽ホテルの方も倒産することになった。
その後、持ち主が変わり、リニューアルオープンが進められたが、改装に入った建築会社の社員が自殺したこともあり、リニューアル計画は中断されることになる。
当時の新聞を調べてみると、地方新聞ではその出来事が大きく報じられている。超過残業と、残業時間の過少報告によって酷使された社員の最後の訴えだった。
〇州極楽ホテルの一室で首を吊っていたという。
極楽ホテルで死ねば天国に行けると思ったのかもしれない。
初期に語られたホテルの窓から自殺した死体が見えるという怪談は、この事件が人口に膾炙して生まれたものだろう。
その後、自殺スポットとして自殺する者が集まるようになり、この怪談は事実となった。そして、それによって多くの派生形を生むこととなった。
地元の人はこの薄気味悪いホテルに近づかなくなり、忌み嫌うようになった。
そこに少年が現れたのは偶然ではないはずだ。
少年は共感性にかけ、生き物が傷つくことに異常な興味を覚えていた。彼は自分の異常な好奇心を理解していた。
これは噂の域を出ないことだが、少年はある夜、極楽寺の北側にある登山道を通って、××神社に訪れた。
恐らく、特別な信仰心などはなかったと思われる。地元の小学校では毎年、遠足で訪れるという神社だから、目的は神社に参拝することではなかったのだろう。夜になって少し身体を動かしたくなったのかもしれないし、怖いもの見たさを抑えることができなかったのかもしれない。
少年は神社の境内で、何者かが丑の刻参りをした痕跡を見つけた。しめ縄の巡らされた御神木の裏に、藁人形が五寸釘で打ち付けられていた。
それを見た彼は吸い寄せられるようにその人形に近づいた。不思議な魅力に取りつかれて、和釘に触れた。
彼の中で何かが弾けた。
少年は憑りつかれたように釘を抜いた。そして、それを大事に持ち帰った。
彼はそれ以来、恐ろしい考えに憑りつかれるようになった。
こんな書き方をすれば、彼の犯した罪を相対化していると言われるかもしれない。
まるで凄惨な通り魔殺人事件の原因が彼ではなく、その釘にあるみたいだと。たしかに、どんないきさつであれ、彼が犯したことの責任は彼にある。
しかし、これらの怪談を語らしめているものは何なのだろうか。その和釘はなぜ、藁人形に打ち付けられることになったのだろう。
その和釘はなぜ、少年の手に渡ったのだろう。
少年はある実験を思いついた。
それを誰にも邪魔されず満たしてくれる場所を探していた。
少年は、夜に紛れてこの廃墟に侵入し、ネコを殺すことに耽った。
少年は初期にネコを殺し、やがてその異常な好奇心を抑えきれなくなり、人間を殺すようになったと噂されているが、事実はそうではなかった。
少年が逮捕された時期と、ネコの幽霊が出ると言う怪談が語られるようになった時期からして、それは同時期に行われたものだと考えられる。
その頃には少年にとってネコをいたぶるのは一種の憂さ晴らしになっていたのではないか。ネコの寿命や成長具合から考ると、あの黒猫が釘うちにされたのは、事件が連日ワイドショーで取りざたされているさなかだった。
犯人は何度も通り魔的に殺人を犯しているが、やがて、警察が手掛かりをつかみ、犯人像や居住エリアに迫っていくにつれて、逮捕されるのを恐れるようになった。
犯人は逮捕される恐怖に怯える中、憂さ晴らしのためにネコをいたぶっていたのだろう。
あの黒猫は廃墟の入り口でキャットフードでおびき寄せられて捕まった。それが彼の手口だった。
少年は、誰にも邪魔されないよう〇州極楽ホテルの一番上階に移動すると、ネコの身体に釘を打ち付け、鳴き、苦しみもがく姿を眺めていた。
恐らく、少年は何度も廃墟に足を運び、ネコが日に日に弱っていく姿を確認していたものと思われる。
その最中に少年は逮捕された。
ネコはそのまま忘れ去られ、ひっそりと息を引き取るはずだった。
何がきっかけにあの女がネコを見つけたのかは分からない。
自殺するために訪れて、最後のときを迎える部屋を探していたところ、あのネコを見つけたのか、それともネコの鳴き声に吸い寄せられるように、廃墟に入っていったのか。あるいは不思議な生命力を持つネコだから、女に憑りつくということがあったのだろうか。
女はその部屋でネコを見つけた。
そのときにはもう和釘が体を貫通したまま傷が癒えてしまっていたのだろう。
抜こうとすると酷く痛がり、床とネコの隙間から血が漏れる。床と釘とネコの皮膚が完全に癒着している。
ネコは釘に打たれたまま動けないでいる。自分ではエサを取ることもできず、釘に打ち付けられたまま這いつくばっている。
女は度々、廃墟を訪れてはネコにエサをやるようになった。
娼婦の幽霊が「一回千円」と言って廃墟で客を取るという怪談は、このころ生まれたものだろう。
女はネコが自殺者や、肝試しにきた若者によって見つかるのを嫌った。あるいは、それを嫌がったのはネコ自身だったのかもしれない。
「引き返せ!」という言葉が聞き間違えられ、一回千円という娼婦の幽霊になった。
女は肝試し客からネコを遠ざけようとしていたから、廃墟に侵入した若者を指さして、「かわいそうに、二十二歳。しかも、病気」と寿命を告げるような真似をした。
この死期を告げる女は、私が以前に紹介した怪談イベントで採取した話と関連があるかもしれない。
いずれにせよ、それがネコを遠ざけるためのハッタリでなかったとしたら、女は本当に若者の寿命を知ることができたのだろうか?
ネコの通力によって寿命が見えるということがあったのだろうか。
死体が消えるという最新の怪談は、一連の連続強姦殺人によるものだった。
連続強姦殺人で逮捕されたのは、平岩満という男だった。
平岩は幼少期に性的虐待を受けていた。それがどの程度、事件の原因になったかは分からない。幼少期に性的虐待を受けていた人間のほとんどは殺人鬼にならずに生きていく。
とはいえ、全く無関係の出来事ではないはずだ。
平岩満はかなりの奥手で、現実世界で女性と交際したことはなかった。
彼はあるときからそれを想像しはじめた。
インターネット上では容姿で判断されることはないし、口ごもったり目を合わせられなくても、自信なさげに映ることはない。
平岩はSNSを活用して、廃墟めぐりや、心霊スポットめぐりに興味がある女性を探していた。
「僕と一緒に〇州極楽ホテルに行きませんか?」
「すごく、怖い廃墟なんですけど、よかったら案内しますよ?」
もちろん、見ず知らずの人とそんな人気のない場所に行く女性はいない。
平岩は一日に300件以上のメッセージを女性に送った。十種類以上のSNSを活用し、三十種類以上のアカウントを駆使していた。
どのアカウントでも怪しまれないよう、心霊愛好家や、廃墟ファンを装い、いかに自分が廃墟に詳しいかを語った。
平岩は定期的に廃墟ツアーを開催しているような旨のツイートしている。
「本日は五人の参加者にお集まりいただき、××巡りをしてきました。参加していただいた方ありがとうございました」
しかし、平岩が実際にその手のツアーを企画したことは一度もなく、その投稿と一緒にあげられた集合写真も、すべてネット上で拾ってきた写真を合成し、モザイクをかけてごまかしたものだった。
平岩はネット上で、廃墟の案内人として振舞い、愚かな女性が罠にかかるのを待った。
千人に一人か、五千人に一人の割合で、彼の誘いに乗る人間が現れた。
それが岩田里佳子さんと、山上美香さんだった。
彼女たちがなぜ平岩を信用したのかは分からない。
気分が高揚していて、正常な判断ができなかったのかもしれないし、あるいは本当に善良な廃墟の案内人だと思ったのかもしれない。
五千人のうちのたった一人だと考えると、特別な理由はいらないのかもしれない。
岩田里佳子は彼が得意げに語る廃墟の魅力に興味を持った。
平岩は岩田里佳子さんと駅前で待ち合わせをすると、「〇州極楽ホテル」に向かった。周囲は閑静な住宅街になり、坂をのぼるにつれて寂しくなってくる。
彼女は隣を歩く男の異様な興奮に気が付かなかったのだろうか。
平岩は駐車場から〇州極楽ホテルに入ると、背後から岩田さんの身体に抱き着いた。
そのまま床に押し倒し、体格の良い腕で岩田さんの四肢を抑えつけた。彼は強引に服をはだけさせ、スカートの中に手を入れた。
岩田さんのパンツをずらし、泣き叫ぶ岩田さんの首を手で抑えつけた。
平岩は岩田さんを気絶させたと思い込み、その身体を弄び、そして、満足すると慌てて〇州極楽ホテルから立ち去っている。
その後の供述で、平岩は「殺すつもりはなかった。次の日、心配になって〇州極楽ホテルに行ったら岩田さんがいなくなっていたから彼女は帰ったものだと思っていた」と供述した。
それが苦し紛れに出た嘘なのか、それとも真実なのかは、例の女のために分からなくなっている。
その後は既に語られたとおりだった。
廃墟の中で死体を見つけた柳さんはかなり取り乱し、慌てて尾形さんを呼びに行っている。
その様子をひそかに眺め、困惑している存在がいた。
娼婦の幽霊と噂された女だ。
あのままでは廃墟に警察が押し寄せ、大規模な鑑識が行われたはずだ。
ネコが見つかったとき、警察がそのネコをどのように処理したか、あるいはマスコミやそれを知った人々がそれをどのように扱ったかは予想することしかできない。
しかし、ネコにとっては残酷な未来が待っていたはずだ。無責任な救出行為によって、和釘と癒着していた体が破け、死んでしまったかもしれないし、過酷なストレスにさらされたかもしれない。
女はそれを嫌い、柳さんが死体から目を離したすきに、死体を隠した。
私は一度、〇州極楽ホテルを訪れたとき、そんなことが可能かどうか、試してみたことがある。柳さんに庭まで、尾形さんを呼びに行く真似をしてもらい、戻ってきてもらう。
その間に私は死体とほぼ同じ大きさ、重さのダミーをゲームセンターから移動させる。それはかなりの重労働で、私は腕がちぎれるかと思ったぐらいだ。
二回目は私が尾形さんを呼びに行く役をし、柳さんが死体を隠す役をやった。
重労働になれた柳さんもかなりの体力を消耗しており、あの女のどこにそんな力があったのかと二人して首をひねっていた。
こうして死体は消えた。
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