私(エゴマ)について3
私は川端と別れると、翌日のバスを予約して、バスの出発駅まで向かった。
その晩はそこのビジネスホテルで一泊し、次の日にバスに乗って四国へと向かう予定だった。
翌日の朝、ホテルの朝食を取ると、駅前のネットカフェで時間を潰してバスに乗った。
バスに二時間ほど揺られて高知に着くと、その足で大学に向かった。
川端に高知に行ってはどうかと言われたことで、私の予定はかなり具体的になっていた。
高知の、川端理央が行きたかったという大学に向かい、そこのキャンパスで川端理央の写真を見せて、見覚えのある人がいないか尋ねて回ろうという作戦だった。
もし、川端が考えるように、川端理央が「あのとき大学に受かっていたら……」という仮の人生を覗くために高知に行ったのだとしたら、キャンパスに足を運んだはずだ。
実際に講義を聴講してみたのかもしれないし、インカレサークルに入って、その地で仲間を作ったのかもしれない。
入学することはできなくても、じゅうぶん大学生ライフを満喫できるはずだ。
川端理央が失踪してから五年以上経っていたが、もし一時的にでもどこかのインカレサークルに所属していたら、後輩や同学年の大学生の中には、まだ大学に残っているものがいるかもしれない。
留年すれば八年までは大学にいられるし、留年していなくても大学院に進めば、六年は大学にいくことになる。
その可能性がどれだけ低いかは、数学が得意でなくても分かることだった。
そもそも失踪した川端理央が実際に高知に来たという可能性がどれだけあるだろう。
そのうえ、ただ高知の街並みを見て回るだけじゃなく、行きたかった大学のキャンパスに足を運ぶ。
それもその日、一日校舎を見て回っただけでは、誰の記憶にも残らないだろう。
どこかのインカレサークルに入って、友人を作れば、この地で川端理央を知る人がいてもおかしくはない。
ここまでの前提をすべてクリアするだけでも、かなり低い確率になるはずだ。そのうえ、千人以上の大学生が行き来するキャンパスで、川端理央を知っている人を見つけなければいけない。
それでも、私はその行為に意義を感じていた。
私はバスと電車を乗り継いで大学に降り立つと、実際にキャンパスの中に入ってみた。
キャンパスは広々としていたが、公立大学ということだけあってやや古さが目立った。
私が通っていたのは私立大学だったから、それに比べると建物も設備も少し地味な感じがした。
本館の一階が事務室になっており、その隣の掲示板にシラバスが掲示されていた。
シラバスを見ると、この時間は昼休みが終わって、三時限目の講義が始まったところらしい。
ちょうど昼休みが終わったところで生徒はまばらだった。
聞き込みをするにはちょうどいい。あまりに人がいないと、目立ってしまうし、人が多すぎると、周りの目が気になる。
私はキャンパスマップを見つけると、部室棟のある方を目指した。
部室棟に入っていく大学生を見つけて、私は声をかけた。
「すみません、ちょっと人を探してて、こんな顔の女の子を見かけたことはありませんか?」
私はそう言って川端から送ってもらった写真を見せた。
最初に声をかけた女子大生は怪訝そうな顔をしたものの、一応写真を覗き込んでくれた。
「いや、知りません……」
「そうですか。いや、妹が行方不明になって……探しているんです」
私はそう言い訳をして、彼女を解放した。
もともと、最初の一人で川端理央の知り合いを見つけられるとは思っていなかった。
私は場所を変えながら、一時間ほど聞き込みをした。
結局、成果は得られなかった。
長丁場になることは覚悟していた。
もともと、ちょっとした旅のスパイスのつもりだと言い訳をして、その日は大学を後にした。
四国と言えども、都心部は私の住む町とそれほど変わらない。何の変哲もない住宅地を歩いているうちに、もっと長閑なところへ行きたくなった。
線路沿いを歩いていくと、景色はすぐに変わっていく。田んぼや畑が多くみられるようになり、遠くに見えていたはずの山が、すぐ近くに迫っている。
夏のことで、日差しが強い。
ペットボトルの水はすぐになくなり、先ほど見かけた自動販売機で新しい水を買っておけば良かったと後悔する。
自動販売機くらいそのうち見つかるだろうと思ったが、いくら歩いても見つかる気配がない。
民家が次第に途絶え、一時間ばかり歩き続けて、ようやくどこかの集落にたどり着いた。
私はトタン屋根のあるバス停に腰を下ろして、休憩を試みた。
しかし、壁がある分、かえって熱がこもって暑いくらいだった。
五分とじっとしていられなくなって、私はスマホをつけて、マップアプリを起動し、近くに喫茶店がないか探した。
集落に一軒だけうどん屋があるようで、私はそこに向かった。
中途半端な時間だったが、幸いうどん屋は開いていた。
店に入ると、カウンターに腰を下ろしたおばあさんが、新聞を置いて眼鏡を外すのが見えた。
小柄で髪を短く切ったおばあさんだった。頭は真っ白だが、背筋がぴんと伸びていて、あまり老けているようには見えない。
私は運ばれてきたほうじ茶を一気に飲み干すと、冷たいざるうどんを注文した。
「お兄ちゃん、どっから来たん?」
ほうじ茶を運んできたおばあさんがそう声をかけてきた。
私は見るからによそ者だっただろう。
そもそも、これくらいの田舎なら地元の人間は大体、顔なじみだろうし、土地の知っている人間なら、この暑い中、徒歩で汗だくになってうどん屋に飛び込んでくることもない。
このあたりは観光地でもなんでもなく、よそ者はかなり珍しいのかもしれない。
気さくなおばあさんだったが、少し警戒しているようにも見えた。
「関西の方から」
「なんで、こんなところまで?」
「一応、旅行なんですけど、ついでに人を探してまして……」
私はおばあさんに川端理央の写真を見せた。
「まあ、これ、お兄さんの彼女?」
「いや、妹です」
私は親友の妹を探すという行為がいかに怪しいか自覚していた。それに比べて、私にとってそれがいかに切実かを説明するのはかなり難しいことも分かっていた。
だから、自分の妹と言うことにしていた。
「見たことないなあ。この辺に来てるん?」
「一応思い当たる節があって……」
「ふーん」
おばあさんは警戒の解け切らない目で私を見た。
私は運ばれてきたざるうどんを一気に食べた。腹も減っていたし、麺を啜るごとに、汗をかいた体に塩辛いつゆが染みわたった。
冷たい麺で、内側から身体が冷えていくのが分かった。
「このあたりに泊れるところはありませんか?」
そろそろ宿を取ることも考えておかなければいけない。
「このあたりは何にもないよ。高知駅まで戻った方がいいよ」
「旅館とか温泉は?」
「それなら西に行かんと。向こうに駅があるから、電車で二駅くらいいったら、ちょっとした温泉があるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
私はうどんを食べ終えると、ほうじ茶のお代わりを入れて一気に飲み干した。
代金を払って、外に出る。
おばあさんに教えられた通りに、駅に向かい、電車で二つ先の駅を目指す。スマホで地図を見ると確かに旅館があるようで、周囲には一件温泉もあるらしい。
平日ということもあって満室の心配はしていなかった。そのまま現地に行って宿を取る。
そこでも中居のおばさんに川端理央の写真を見せる。
収穫はもとより期待していない。
客室に案内されて、食事の時間を聞かれる。
七時と答えると、時間になったら食堂に来てくれと言われる。それまでの間に温泉に浸かることにする。館内にある温泉に入り、昼間の汗を流した。
一日中歩いたので、身体はくたくただった。しかし、朝から晩まで、薄暗い倉庫でパソコンの光を浴びているのとは、疲労感がまったく違う。
時間になったので、食堂に降りてきて夕食を摂った。
冷しゃぶにカツオのたたき、ほうれん草のお浸し、みそ汁、ご飯。
料亭ではないから、それほど豪華ではない。
実家の夕食を食べているような気分になるが、ある意味ではそれほど贅沢なこともないのかもしれない。
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