怪談③余命を告げる女
タイトル:「カメラの中身」
(採取日:2021年 8月14日 「××町百物語」というイベントにて、話者:二十代 事務職の女性)
あのー、何があったか分からない話でもいいですか?
みなさん、ちゃんとした怪談を持ってて羨ましいって言うか、私にはこういうところで自信をもって話せる話がないんです。
今日だって何となく来ただけで、全員がどんな些細なことでも良いから話をしなければいけないって知らなかったんです。
一応、準備してきた話はあるんですけど、さっきも言った通り何があったのかよく分からないんですよね。
友だちのお父さんの身に起こった話なんですけど。
その友だちのお父さん、写真を撮るのが趣味なんです。
休日は朝から写真を撮りに行ってくるって言って、ぶらっと外に出て、そのまま夜まで帰らないような人なんです。
ふつうの写真ですよ。
鳥とか、花とか、景色とか、街並みとか、別にオーロラを取るために北極まで行くような、凝ったことはしませんし、カメラマンと称して若い女の子ばかり撮るようなそういうタイプでもないんです。
ほんとうに半分は散歩が趣味なんじゃないかってくらい、普通の写真ばっかり撮ってたそうなんです。
その日は休日でいつものように写真を撮りに行ってたそうなんです。
そのお父さんが、真っ青な顔をしながら汗をびっしょりかいて帰ってきたんです。
なんか、どうしたの?って聞いてもあいまいな返事をするだけですし、ちょっとぼうっとしてるっていうか、上の空なんです。
夢中になるといつまでも写真を撮ってるような人ですから、また水も飲まずに一日中、出歩いて、軽い熱中症にでもなったんじゃないかって心配して、お水飲ませて、様子を見てたんですけど、具合は一向に良くならないし、何かに怯えてるみたいに、すごく落ち着かない様子で椅子に座ってたんです。
なんか、喧嘩でもしてきた子どものようにポケットに手を突っ込んで、チャラチャラチャラチャラ、ポケットの中のモノをいじくりまわしてるんです。
リビングにチャラチャラ、チャラチャラって甲高い音が響いて、なんとなく居心地が悪かったんですけど、普段は優しいお父さんなんで何があったんだろうって、心配しながら見守ってたんです。
その日からですかね。
その友だちのお父さん、すごくぼーっとする日が増えちゃって、リビングでもご飯を食べながら、ぼうっと壁を眺めてるんです。
ちょうどお父さんの座る席の真正面にカレンダーがあって、そのカレンダーを見ているようでした。
それで、朝ご飯を食べるときも、晩ご飯を食べるときも、ぼーっとカレンダーの方を見ては、ポケットに入れた鍵かなんかをチャラチャラ鳴らしてるんですよね。
「お父さん、うるさい」
友だちもいい加減耳障りになってきて、そういったんです。
優しいお父さんで亭主関白って感じの人でもなかったので、「ああ、ごめん」って傷ついたような顔をして音を鳴らすのをやめてくれるんですけど、しばらくしたらまた無意識にポケットの中のモノをいじり始めてしまうんです。
「困ったなあ。変な癖がついちゃった」
ってお母さんと友だちで話題にもなってたんですけど、なんか悩み事でもあるのか、ずっと浮かない顔をしてるし、青白い顔をしてふさぎこんでるみたいなんで、あんまり強く言い出せなくって。
男の人ってそういうときって愚痴を言ったり、悩みを打ち明けたりしないじゃないですか。亭主関白とかじゃなくって、男らしさにこだわってるようなお父さんじゃなくても、そういうことは家族には言わないんですよね。
まあでも、借金とか女のことで破滅するタイプのお父さんじゃなかったので、本当に困ったことがあったら相談してくれるだろうと思ってそのままにしてたんですけど、あるとき、友だちが洗濯機を回そうと思って、お父さんのズボンを持ち上げたら、カチャカチャって軽い音がしたんです。
また鍵を入れっぱなしにしてるのかなと思って、ポケットのモノを取り出したら、それ、鍵じゃなくて数珠だったんです。
友だち、鳥肌が経ったって言ってました。
オカルトに凝るようなタイプじゃないですし、最近身内のお葬式があったって話もなかったのに、なんで数珠なんか持ってるんだろうって。
それにお洒落で手に巻くような数珠じゃないんです。
大きい黒い珠がギラギラ光ってるような数珠で、これを一週間前からポケットに入れて、落ち着かない様子で鳴らしてたのかと思うと怖くなったんですって。
それで、慌ててお母さんに相談したんですけど、お父さんには数珠を見つけたことは言い出せなくて、ちょっとした開運アイテムとして持ってるのかもねって二人で言い聞かせ合って、黙ってたんです。
そんなとき、お父さんが急に熱を出したんです。
それも四〇℃近い熱で、病院に行ってインフルエンザの検査をしても陰性ですし、そのときはまだコロナとかもなかったんで、何の熱か分からない。抗生物質と解熱剤を貰って帰ってきて、安静にしてたんですけど、熱は一向に下がらない。
解熱剤飲んで、氷枕しても、苦しそうな息をして、うんうん唸ってるんです。
「今何時?」
どう考えても仕事に行けるような状況じゃないんですけど、そのお父さん、布団の中で震えながら聞くんです。
「夜の九時だよ」って友だちが答えると、「そうか」って言って黙っちゃうんです。
「あの女を探さなきゃ、あの女を探さなきゃ」
友だちのお父さん、朦朧とした意識の中でそう繰り返すんです。
「どうしたの? あの女って誰?」
って聞いてもお父さんまともに返事もできないような状態で、寝てるのか起きてるのか分からない。
熱を出して口走ることだからって、気にはなるけどどうしようもできずに看病してたら、ふいにハッと目を覚まして、お母さんを呼ぶんです。
「どうしたの?」
お母さんが台所から見に来ると「今何時?」って聞くんです。
「夜の十時だよ」
「そうか……」
って言って、また目を閉じるんです。
気持ち悪いなあ、お父さんどうしちゃったんだろうって思ってたら、また寝室でぶつぶつ言う声が聞こえて、覗いてみると熱にうなされながら
「あの女を探さなきゃ、あの女を探さなきゃ」って繰り返すんです。
「お父さん、どうしたの? あの女って誰?」
友だちがお父さんを揺り起こすと、ハッと目を覚まして、
「ああ……、寝てたよ……今何時?」
って聞くんです。
「さっきも言ったでしょ。夜の十時半だよ」
こういう会話を繰り返して十一時半になったところでお父さんに時間を教えると、「ああ、もう日が変わるなあ」って困ったような顔をして笑うんです。
それからお父さん、雑炊を作ってもらってお茶碗一杯だけ食べると、薬の準備をしてもらってそれを飲んだんです。
そこからはなんか急に気分が落ち着いたみたいにスヤスヤ眠り始めて、明日には少しマシになってたらいいねって話をしながらお母さんも寝たんですけど、夜中に目が覚めてお父さんの様子を見に行ったら、お父さん、そのときにはすでに亡くなってたそうなんです。
お葬式が終わって、少し落ち着いたころから、友だちはぽつぽつとそのときのことを話題にするようになったんです。
お父さんがおかしくなったのって、あの日からだよねって。
数珠なんかポケットに入れておくようになって、熱を出した日もやたらと今何時か気にしてて、お父さんもしかしたら自分が死ぬ日を知ってたんじゃないかって。
でも、病院に行って余命を宣告されたら、もっと死ぬ前の準備をするじゃないですか。それに、そういう余命宣告って持ってあと何か月とかって曖昧じゃないですか。
でも、お父さんは自分が死ぬ日をハッキリ知ってたみたいに時間を気にしてたし、もしかしたら占い師かなんかに自分が死ぬ日を告げられたんじゃないかって。
でも、どこかお店で占ってもらったら、探すまでもなくそのお店に行けばいいわけじゃないですか。いまどき、露店で店を出してる占い師なんていませんよね。どこか、繁華街の端っこで店を構えてるような占い屋さんはときどき見かけますけど。
だから、お父さん、どこでそんな女に占ってもらったんだろうって思って、友だちはカメラのメモリーを見てみたんですって。
それであの日の写真をさかのぼって、お父さんの足取りを調べてみたら、繫華街からは程遠いような、山の中を歩いてるような写真ばっかりなんですよ。
これ、本当に占い師に見てもらったんだろうかって気になってるんですけど、あの辺に占い屋さんなんてありましたっけ?
さっきの人がお話になってた××駅のすぐ北にある○○山のあたりだと思うんです。
これで、私の話は終わりです。
結局、何があったのか分からない話で申し訳ないです。
にしても、また××駅の話になっちゃいましたね。やっぱりあの駅、不思議なことが多いんですかねえ。
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