怪談②


 ここで一つ、私が参加した怪談イベントで語られた話を紹介する。

 その怪談イベントは、参加者が一人一つ、どんな些細なものでもいいので、不思議な話、怖い話をしなければいけないというもので、そこである女性が聞かせてくれた話がある。

 結局、治安の悪い場所が一番恐ろしいという話で、治安が悪く、何らかの事件が起こるからこそ、その事件が怪異の引き金にもなる。

 その女性は〇州極楽ホテルから二駅ほど離れた場所に住んでいるらしく、直接の関係はないかもしれないが、治安が悪い場所が一番恐ろしいと言う意味では、日野さんの主張と類似しているように思われる。


タイトル:「歯並びの悪い幽霊」


(採取日:2021年 8月14日 「××町百物語」というイベントにて、話者:十代 大学生の女性)


 怪談ってやっぱり自分が体験した話じゃないといけないんでしょうか?

 噂話とか、人から聞いた話じゃ、信ぴょう性が低いとか、信じてもらえないんでしょうか?

 今からする話は、実は私が体験した話じゃないんです。

 いや、正確に言うと、私も体験してるんです。

 私も体験してるけど、私の体験は怪談になるようなハッキリした話じゃなくて、友だちの体験を総合して考えると、あれも幽霊だったのかなって話なんですけど。

 とにかくじゃあ、私の話からしますね。

 私が体験したのは、一年半くらい前の話なんですけど、夜、十一時頃でしょうか。

 私、コンビニでバイトをしてて、その帰りだったんです。

 この辺に住んでる人なら分かると思うんですけど、××通りっていう商店街とかもある大きな通り。あそこを山の方向に向かって自転車で、ツーッてあがってたんです。

 勿論、電動自転車ですよ? じゃないと、坂を上がれませんから。

 私、家が山のふもとの方にあるんで、家が近くなるとどんどん寂しくなってくるんですけど、特に橋を渡るときは本当に怖いんですよね。

 その橋は下を川が流れてるんですけど、上流に砂防ダムっていうのがあって、川が一段高くなってるんですよ。

 だから、橋から上流の方を見るとコンクリートの塊が迫ってくるみたいで、夜は特に息が詰まるんです。


 それで、その橋を渡ってすぐのところに自動販売機があるんです。

 そこだけ少し明るいので少しだけ安心しながら前を通るんですけど、その日は自動販売機の前に男の人が立ってたんです。


 その男の人、なんかおかしいんですよ。

 普通、自動販売機の前に立つなら、自動販売機に向かって立ちますよね。

 何買おうか考えたり、買う気はなくても、この自動販売機はこんな品ぞろえなんだ、とか、この自動販売機は意外とお茶が安いなとか、つい見ちゃうじゃないですか。


 でも、その男の人は自動販売機に背を向けて立ってて、かといってスマホを見るでもなく、夜空を眺めるでもなく、真正面を見てるんです。

 それなら自動販売機の横に立てばいいじゃないですか。

 だって、買う人の邪魔になるでしょう?

 夜のことで人通りが少ないんで、まあ滅多に買う人もいないでしょうけど。

 それで私、変だな、気持ち悪いなって思いながら前を通ったとき、男の人が欠伸をしたんです。


 何気なくそれを横目に見てたんですけど、その人の歯並び、すっごく悪いんですよ。

 ほんと、最初は歯抜けなのかと思ってびっくりしたんです。本当に、マンガに出てくるような歯抜けに見えて。

 二度見したり、凝視したりはしませんでしたけど、通り過ぎてから急にハッキリ見えるようになることってあるじゃないですか。

 それで、あ、奥に倒れ込んでる歯が二本あったんだって分かって、にしても、あんなにヒドイ歯並びで、なにか生活に支障は出ないのかなとか、矯正するタイミングはなかったのかなとか、思ったんです。

 それが私が体験した話なんですけど、実は近所に住む友だちも同じ男の人を見たことがあったそうなんです。


 私の友だちは商店街の中にあるスナックでバイトしてるんですけど、この辺ってすごく治安が悪いじゃないですか。

 私がバイトしているのはコンビニなんで、あまり関係はないんですけど、友だちは個人経営のスナックなんで、なんか暴力団がみかじめ料をせびりに来ることがあったみたいなんです。

 前はちょいちょい払ってたみたいなんですけど、スナックのママが変わってから、そういうのはよくないってことで、払わなくなったんです。

 ときどき暴力団のおじさんが飲みに来て、飲みにくるって言っても、みかじめ料をせびりに来るだけで、態度も横柄で感じが悪いんですけど、みかじめ料を断ると、帰るときに看板を蹴とばして帰ったりするんです。


 でも、それだって本当のヤクザか分からないんですよ。この辺って暴力団の事務所があるんでしょう?

 そういうところって、ヤクザを騙って、みかじめ料を取ろうとする人がいるんです。まともな人はそんなことしないですけど、ヤクザを騙るってことは本当のヤクザではないんでしょうね。

 そういうチンピラ?みたいな、何して暮らしているのか分からないおじさんがいるんですって。

 で、友だちはですね、そういうスナックでバイトしてましたから、一時期、ヤクザを名乗るおじさんに嫌がらせされてたんです。

 みかじめ料に関して、ママが全く取り合わなかったから、バイトの子に嫌がらせすれば、ママも責任を感じて支払うだろうって狙いがあったのか、やたらと目をつけられて、飲み物が来るのが遅いとか、口の利き方が気に入らないとか、何かと難癖をつけられて、脅かされたみたいなんです。

 そのおじさんが帰った後、友だちは店の奥でシクシク泣いてて、ママが出禁にするとか、次来たら警察呼ぶからって慰めてたんですけど、そんな話をしているうちにそのおじさんは来なくなったんです。


 友だちもバイトをやめずに済んで、もともと人と喋ったり、接客したりするのが好きな子なんで、それ以降はけっこう楽しく働いていたみたいなんですけど、あるとき、家を帰る途中で、似たようなおじさんを見かけたんです。


 その人もぼうっと道の端に立ってて、友だちは一瞬ドキっとしたみたいなんですけど、自分を待ち伏せしてるようには見えないし、例のおじさんだって確信もなかったんです。

 それに露骨に引き返したら余計に刺激しちゃいそうじゃないですか。

 それで、さりげなく車道を渡って反対側の歩道を歩いて帰ることにしたんです。

 その男の人を横目にチラチラ見てたんですけど、どうも様子がおかしいんですよ。なんかぼうっと立ってるのに、すごく緊迫してるというか、動きはないのに慌ててるみたいなんです。

 で、通り過ぎるときに、ふっと首を曲げてその男の人をハッキリ見たんです。


 そしたら、その男の人すごく怖い顔して叫んでるんですよ。


  なんか、殺し合いでもしてるのかってくらい、鬼の形相でうわあああああああって叫んでるんですけど、まったく声が聞こえないんです。

 必死に叫んでるのに、逃げようともせず突っ立って、必死に叫んでるのに、まったく声が出てないんです。

 そのとき友だちは「あっ、この人もう生きてないんだ」ってはっきり分かったそうなんです。

 それでもう見ないようにして、いやだいやだって思いながら、何も考えないようにして家に帰ったんですけど、多分、スナックに来て、みかじめ料をせびった自称ヤクザのおじさんだったって。

 その人もね、歯並びがすごく悪くて、そのせいで人相が最悪だったそうなんです。

 で、どんな死に方したのか分からないですけど、多分、ろくな死に方じゃなかったんだろうなって。

 私が自動販売機の前で見た男性、さっき欠伸をしたって言ってたじゃないですか。


 でも、友だちの話を総合すると、その人、欠伸をしてたんじゃなくて叫んでたんですよね。死に際に何があったのか知りませんけど、多分、そのときの絶望をまだ記憶してるんですよ。


 そのことがあるまではですね、私、一番怖い幽霊って子どもだと思ってたんです。

夜、絶対にいるはずのない寂しい道で、五歳くらいの男の子がいたら怖いじゃないですか。

 でも、一番怖い幽霊は、ものすごく人相が悪くて、いかにも悪そうなおじさんの幽霊なんです。

 だって、考えちゃうじゃないですか。この人はどんなことをしてきて、なんで死ぬ羽目になったんだろうって。

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