第5話

 そうこう言っているうちに、東京から菜々子ちゃんが帰ってきた。


【東京の話を聞いてほしいから喫茶店に行こう】


 この辺りだったら喫茶店なんて駅前にしかなく、近所のおばさんとかいないといいなあと気を揉んでいたら「亜美ちゃーん!」と声をかけられた。

 声の飛んできた方角に視線を向け、私は馬鹿なほど口をぽかんと開けていた。

 菜々子ちゃんときたら、東京に行って帰ってきたら、明らかにあか抜けていた。

 元々人がわからない程度のナチュラルメイクをしていた子だったけれど、明らかに化粧の腕が上がっているし、服も量販店で買ったものをやけにスタイリッシュに着こなしている。

 安い量販店のTシャツ、古着屋で売っている穿き古したデニム、皮のサンダルだけは自前だろうけれど、足先のペディキュアはトルコ石色に染まっているし、夏季限定だろうけど、髪もマッシュブラウンに染めていた。

 ずっと地元にいて、いつも通りの量販店のTシャツ、いつも通りの量販店のデニムを穿いて、有名スポーツメーカーのスニーカーを履き潰していた私は、菜々子ちゃんの化け具合に驚いて、ただ開いた口を塞がらないままにしていた。


「なんというか……すごいね?」

「すごいってもんじゃないよ! 声優って私が思っているよりもずっとずーっと、美意識が高いんだよね。もうどの子も専門学校で勉強している時点で、一定数の声は出るようになっているから、そこより上に行くとなったら、見た目を気にするしかないの」

「そうなんだ?」

「うん。既に演技幅があるっていうのは当たり前。あとはどれだけ見た目がよくって声をかけたくなるかになるから、綺麗にしないと駄目なんだよねえ。最近は声優雑誌とか読んでも、なんでこんなにグラビアみたいなことになってるんだろうって思ってたけどね、そりゃグラビア写真撮らないと声優になれないんだったら、そりゃそうなるわと実感したんだよ」


 なんだか大丈夫かな。十年後の記憶があるせいで不安になり、私は一応出かけて行った事務所や研修内容を聞いた上で、家に帰ってからネット検索してみた。

 どうも菜々子ちゃんの証言と同じことがポコポコ引っかかる上に、菜々子ちゃんが東京で参加していたプログラムの内容も出てきたから、彼女がどこかで詐欺にあっているという訳ではないとは理解できた。


「声優って、声を吹き替える仕事だと思ってたけど……演技はできて当たり前、あとは見た目至上主義になっちゃったら、なんだかなあ……アイドルみたいだなあ……」


 アイドルはアイドルで大変だろうし、俳優だってもうハードルが上がりまくっているから続けるのだって大変だろう。

 そんなことを考えていたら、ふと検索になにか変な文字が見えたような気がして、それに何気なく目を留めていたら。


「……ええ?」


【あの事務所もねえ、ほとんどの人はいい人だけれど、稀に本当にヤバイマネージャーに当たることがある。あれに担当された声優は軒並み事務所辞めるか声優辞めるかしている。それに引っかからないといいね】


 匿名掲示板のログらしかった。

 大手事務所らしく、そこの事務所自体を贔屓にしている声優ファンも大勢いるらしい。当然ながらそのひと言で大炎上していた。


【いい加減なこと言うなや】

【ライバル事務所? ここと対立関係の事務所ってどこだろう】

【辞めた声優ざっと検索したけど、ほとんど力不足で辞めたのばっかりでトラブルで辞めたのいなさそうだけど】

【声優も売れないと一生バイトと兼業なんだから、それが嫌で辞めるのは当然いるやろ】


 私はダラダラと冷や汗を流した。

 大樹くんがやたらめったら菜々子ちゃんにかまっていた理由について考えていたんだ。

 彼がいた十年後で死んだのが仮に菜々子ちゃんだった場合、事務所のマネージャー運が外れだったんじゃあ。そのせいで、菜々子ちゃんは……。

 私が知っている菜々子ちゃんは、ずっと元気でずっと強くて。でもときどき変な人に好かれてしまい、そのせいで彼女が男嫌いになってしまった……。

 事務所に入るタイミングを変えて、菜々子ちゃんが死ぬ歴史を変えたかったんじゃないの?


「……なんというか。これで」


 菜々子ちゃんの未来は変えられたのかな。

 今日見た限り、菜々子ちゃんは元気いっぱいで、東京で嫌な思いをしていないようだった。

 これでちゃんと終わりだったら、あとは。

 ……私が大樹くんを好きなままでもいいのかな。それは祈りのような恋だった。叶うとも思ってない、好きだとひと言すら告げていない、独りよがりで見苦しい私の恋だった。

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