第4話

 今までの人生、後悔しかなかった訳じゃない。今まで頑張って生きていたと自負している。

 生きてさえいたら、ひどい思いも悲しい思いも、いつかは思い出に昇華されるってそう思っていた。

 でも二〇年以上生きていたら、ある日突然気付くんだ。

 いい思い出はどれだけ輝いた素晴らしい思い出であったとしても、嫌なことのほうがキャパシティーが大きい。嫌な思い出は楽しかった思い出を駆逐してしまうんだ。

 もう会えなくってもよかった。もう好きだと言えなくってもよかった。私は多分、この町から一生出ることがないから、東京でキラキラと暮らしている人が楽しく生きてさえいたら、それだけでよかったんだ。

 でも。死んじゃったらどうにもならない。

 別に人の葬式に出たのは初めてじゃない。中学時代にだって、高校時代大学時代にだって、普通に葬式には参列しているし、そのときも泣いていたけれど。誰かのために喪服を着て、誰かに会いに行くために葬式用の化粧をして出かけたのは今日が初めてだった。

 こんな初めてはいらなかった。


「……私の人生、なんだったの」


 大樹くんが生きてさえいたら、私のいい思い出として残ってくれていたら、それだけで満足していたのに。

 彼がもし東京で好きな人ができて、その人と結婚したと風の噂で聞かされたとしても、じんわりとした痛みを覚えながらも「おめでとう」と言う覚悟はできていた。

 どこか遠くで元気でいて欲しい。そんな願いすら届かないんだったら、どうしたらいいのかわからない。

 もしもやり直せるのだとしたら、もうバラバラになったりしないようにしたい。もう彼をひとりで思いつめないようにしたい。どうしたらそれがかなうのかはわからないけれど。

 だんだん眠たくなって、現実と妄想の輪郭が溶けて、思考が曖昧になる。気付けば私は眠ってしまっていた。

 起きたらきっと「なんでこんな格好で寝てしまったんだろう」と後悔するものの、今は悲しさで頭がいっぱいだから、とにかく体は休息を求めていた。


****


 気付けば寝落ちてしまい、私は「んん……」と喉を鳴らした。

 今日のシフトはどうだったっけか。頭の中で自分のシフトについて思い返そうとしていて、違和感を覚えた。

 私が着ていたのは喪服ではなくパジャマだったのだ。寝ぼけて着替えたのなら、まだいいけれど。


「……このパジャマ、ボロボロになって捨てたような」


 着崩れるまで着ていたパジャマは、最終的に年末の大掃除のときにハサミで切って雑巾替わりに使ったはずだった。なんでそれを今私は着ているんだろう。

 よくよく見たら、私の体が異様に軽い。病院で働きはじめてから、慢性的疲労が溜まって、毎日毎日腰と脚がだるくてくたびれていたはずなのに、その疲れが驚くほど取れていた。

 私は起き上がると、ひとまずカレンダーを確認した。

 机に立てかけてあるのは、既に処分したはずの高校時代の教科書。廃校が決まる一年前の年のものがかけられている。


「あ……」


 それに声を詰まらせた。

 私は思わずスマホを確認した。この時期、まだアプリ全盛期ではなくて、それどころかガラケーが廃止されてないから、まだチャットアプリを使う習慣はなかった。

 SNSをタップしたら、私たちのグループだけで使っているアカウントが出てきた。グループ内でしゃべるためだけのそれは鍵がかけられていて、中身は私たちグループ以外は確認取ることができない。


【おはよう】


 そう思わず書き込んだら、次から次へとアカウントにコメントが付けられた。


【おはよう今日は朝早いね】

【おはよ!】

【おはよう】


 その並びを見て、私はドバドバと涙を流しはじめた。

 ……大樹くんがまだ生きてる。それだけで胸がいっぱいになった。

 でも。私は考える。

 大樹くんの心が折れるのは、大人になってから。彼がブラック企業で働きはじめたのは、東京に行ってから……東京の人間関係だけでは、彼に会社辞めろと止めてくれる人がいなかったんだろう。それか、優秀な人が多過ぎて、できるのハードルが上がり過ぎた結果、大樹くんの負担が大きくなり過ぎてしまったんだろう。

 彼が自殺しないようにするには。


「……大樹くんが地元に残ってくれたら、東京に行かなかったら、自殺しないで済むんじゃないかな」


 彼の頭のよさだったら、私立に転校しても問題なかったんだろうし、実際に東京の有名大学にストレートで合格できるくらいだ。大学時代まではなんの問題もなかったんだろうけれど。

 入社して心が折れるくらいだったら、東京に行ってほしくない。

 彼が地元に残ってくれるよう、町のことを好きになってもらえるよう、働きかけるしかない。


「……私にできるかな」


 菜々子ちゃんはアニメの見られるチャンネルの少ない町が嫌い過ぎた。海斗くんは実家のスーパーマーケットを継ぐ以上町を出る選択肢がなかった。

 この中で一番どうとでもなりそうなのが、大樹くんの進路だ。

 私たちはあくまで友達同士で、私大樹くんのことが好きだったけれど、結局最後まで友達のままお別れしてしまった。

 これじゃ駄目だ。今度こそ、私はちゃんとするんだ。


「……好きになってもらえて、ちゃんと交際がスタートしたら、地元に残ってくれるかな」


 これは賭けだった。

 はっきり言って、十年後の未来、うちの地元はあまりに干涸らびてしまって、滅びる瀬戸際に立っている。そこに残れって言うのは横暴かもしれないという不安があった。でも。

 それでも死ぬほどつらい思いをした挙げ句、本当に死んでしまったらおしまいなんだ。私は大樹くんにまた死んでほしくない。

 そう考えたら、私は考えをまとめようと朝ご飯を食べに部屋を出た。


「おはよう……今日なんかの当番? いつもより早いけど」


 朝から病院で働くお母さんは、早朝から朝ご飯を食べて洗濯機をかけている。それに対して私は「なんでもないよ!」と声をかけた。

 化粧をしなくってもツヤツヤピカピカした肌。そこに日焼け止めクリームだけしっかりと塗って、唇は化粧ではなくリップクリーム。制汗剤は入念に吹きかけてから、私は「行ってきます!」と出かけていった。

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