第4章 試練と絶望
第10話 疑念と魔物の脅威
朝霧がうっすら漂う県庁周辺では、いつにも増して緊張感が漂っていた。
静岡県が突然の転移を経験してから数日が経つが、周辺の異世界住民からは「転移してきた県は危険なのではないか」という声が絶えないという話が飛び込んできている。
翔太や梓、大吾は県庁のロビーでその噂を耳にし、不穏な気配を感じ取っていた。
「実際、僕たちが何か悪いことをしたわけじゃないのにな」
翔太が受付のカウンターに寄りかかりながら小声で言うと、大吾は腕組みをして無言で考え込む。
ここ数日、県内にも見慣れない魔物が迷い込んでくる事態が相次ぎ、一部の市町村では被害が出始めていた。
「噂が広まれば広まるほど、俺たちが呼び寄せたって思われるかもしれない」
大吾はまぶたを閉じ、静かに吐息を漏らす。
梓は市役所の張り紙を見ていた。
「北西の山道で大型の狼型魔物が出たとか、南の漁港で巨大な甲殻類が暴れたとか、いろんな情報がバラバラに入ってきてる。
転移による環境変化で魔物が活性化してるのかもしれない」
静岡に住む人たちの混乱は止まらない。
通信網もまだ不安定で、全国ニュースを得ることさえできず、ここがどの程度異世界化しているのか誰も把握していない。
役所のエントランスを出たところで、数人の冒険者風の男たちとすれ違った。
見たところ剣や槍を携えており、どうやら近隣国から自主的にやってきた者らしい。
「あいつら、俺たちのことを横目で見てた気がする」
翔太は背中がむず痒い思いで、その足音が遠ざかるのを聞く。
すれ違いざまに聞こえた低い声を思い出すと、どうやら「転移した国は危険だ」「監視しておくべきだ」という内容だったように感じる。
大吾は「だからって手をこまねいてたら、余計に怪しまれるだけだな」とつぶやく。
梓も深くうなずく。
「各国の騎士団や冒険者が、こっちを悪者扱いしはじめたら、ただでさえ不安定な情勢が壊れてしまうかもしれない」
三人とも、先日出会ったライラやグラナスが持つ誠実な印象を思い返し、彼らなら真実を聞いてくれると信じたい気持ちがある。
しかし、それ以上に魔物の被害が広がりはじめているという現実が重くのしかかっていた。
「外にも何か方法があるかもしれない」
翔太は急須の入った小袋を握り、あのとき騎士団が喜んでくれた静岡茶を思い出す。
「こういう文化交流だけじゃ乗り切れないかもしれないけど、もし僕たちが役に立つなら動くしかない」
大吾は肩をぽんと叩き、「おまえの行動力は助かる。
だけど焦りすぎるなよ」と言い、梓も苦笑まじりに「情報分析は私に任せて」と続ける。
数時間後、県内から送られてきた報告を整理していると、東部の山間部で魔物が道路を塞ぎ、車も通れなくなっていると知る。
また一部の町には、近隣諸国から来た兵士らしき集団が姿を見せ、「この県に封印の邪魔をする力があるのではないか」と疑いの眼差しを向けているという。
「両方ともほうっておけば、確実にトラブルになる」
大吾は地図を見ながら唸り声を上げる。
「俺たちで行くしかないのか、あるいは県の自衛やボランティアチームに任せるか…」
翔太は決意を込めて頷き、「迷ってても仕方ない」と力強く言う。
政治的対立も広がりつつある以上、何か行動を起こさなければ現状がさらに悪化しかねない。
三人は改めて拳を合わせ、周囲の不安を少しでも和らげるために動き出そうと決めた。
だが、この時はまだ、さらに大きな恐怖が県境に迫っていることを誰も正確には知らなかった。
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