第3章 出会いと交流

第7話 新たな視点との遭遇

 夜明け前から準備を整えた翔太、梓、大吾の三人は、まだ薄暗い空気の中を慎重に進んでいた。

 北東の草原を目指して歩き始めて数時間、朝日に照らされていく光景はどこか別世界のような気配をまとっている。

 遠くから鳥のような鳴き声が何重にも重なり、見上げれば空は地球にいた頃より透き通っているように感じられた。

「静岡って感じ、全然しないね」

 大吾が苦い表情でぼそりとつぶやき、視線を四方へめぐらせる。

 かつての高速道路跡と思われるアスファルトの端が途中で途切れ、そこから先は一面の野原が続いている。


 梓はノートを手に、地図のメモを確認していた。

「この辺はまだ建物が混在してるけど、もう少し奥に進むと完全に異世界の地形なんだろうね。

 草木もこないだ見た紫の花なんかが多いし、どこまで行っても似たような景色が続いてそう」

 翔太は彼女の言葉に頷きながら、「でも行ってみなきゃわからないことだらけだよね」と言い、わずかに緊張したまなざしを草むらへ向けた。


 そうして三人がアスファルトの切れ目を越えて土の道を踏み出したとき、前方の草むらで人影らしきものが動くのが見えた。

 かすかな甲冑のきしむ音と馬の鼻息が聞こえてくる。

「まさか、騎士…?」

 大吾が声を潜め、サバイバル知識を総動員するかのように身構える。

 次の瞬間、そこには鋼鉄の鎧をまとった数名の人間が姿を現した。

 先頭に立つのは、長い金髪を後ろで束ねた若い女性で、背に美しい紋章入りのマントが揺れている。


「どうする?

 こっちから話しかける?」

 翔太が表情を強張らせながら小声で尋ね、梓は息をのみつつもうなずく。

 危害を加えるつもりがないと示すため、彼女はゆっくりと手を上げて敵意のないことを示す。

 すると、そちらに気づいたらしい女性騎士が、いっしんに手を上げて部下へ合図を送り、全員がその場で足を止めた。


 その隊列の横から、くたびれたコートを羽織った男が馬から下りて近づいてくる。

 茶色い髪に混じった白髪、渋みのある面差し。

 一見すると騎士ではないようだが、腰には長剣を携えている。

「えっと、何か言ってる…?」

 梓が耳を傾けると、男は聞き慣れない言葉をつぶやきながらこちらを見やる。

 どうやら異世界の言葉らしく、日本語とは全く違う響きだった。


 しかし、男は首をひねって考え込むような素振りを見せたあと、懐から小さな宝石のようなものを取り出して何やら呟いた。

 すると次の瞬間、かすかに彼の声が異なる発音へ置き換わるように聞こえ、断片的ではあるが日本語が混じるようになった。

「聞こえるか。

 俺はグラナス。

 これは古代の魔術具。

 少しだけ、おまえたちの言葉がわかる」

 途切れ途切れの発音だが、日本語の単語がたしかに含まれている。


「魔術具って…翻訳アイテムみたいなものかな」

 翔太が思わず呟き、梓と大吾も顔を見合わせる。

 グラナスは深く息をついてから続けた。

「厳密には意思を伝達する術だ。

 簡単な言葉しか通らないが、ないよりはマシだな」

 そう言い終えると、奥に立っていた女性騎士も馬を降り、こちらへゆっくり近づいてくる。

 透き通る青い瞳に警戒の色が浮かんでいるが、威圧的ではない。


「騎士団を率いていた者だ。

 名はライラ・エセリア」

 グラナスが補足し、ライラは硬い表情のまま、短くお辞儀をしてみせた。

 どうやら、やりようによっては話が通じる状況らしい。

「助かった。

 まさかこっちの世界の言葉が全く通じないんじゃないかって思ってたし」

 大吾はふっと肩の力を抜き、目線を騎士団のほうへ送る。

 馬や装備も見事だが、皆が戸惑いながらこちらをうかがっているのがわかる。


「そっちは一体、どんな国だ?」

 グラナスの問いかけに、大吾が「静岡っていう日本の県で…」と説明を試みるが、言葉の端々がうまく伝わらないのか、グラナスは少し首をかしげる。

 ライラも同じように難しい顔をしていたが、やがて呟くように何か言うと、翻訳の魔術具から断片的に日本語が変換される。

「突然…大きな土地…現れた。

 危険かもしれない。

 確認したい」


 梓はポニーテールを揺らしながら、どう説明すればいいのか考え込む。

 それでも相手が理解しようとしている意思を感じ取れたのは幸いだ。

 ただ、このまま言葉だけで全部説明するのは難しいかもしれない。

「とりあえず、一度落ち着いて話し合えれば…」

 翔太がそう提案すると、ライラは仲間たちに声をかけ、どうやら小休止のような形を取ることを決めたらしい。

 その日は一行が比較的安全な草原の一角を選び、お互いの話を少しずつ交換することになった。

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