Part 1-6

 公園を出るタイミングで、史家は子供の一人に声をかけられた。


「兄ちゃん、『呪いの鈴』の話って知ってる?」

「呪いの鈴? なんだそりゃ」

「サキちゃんがね、昨日家に帰るときに道を歩いていたら、足音にあわせるみたいに、しゃん、しゃん、って、音を聞いたんだ」

「しゃんしゃんって。それ、猫の鈴じゃないのか?」


 現実的な正多に対して、「違うよ!」と周りにいた子供たちが抗議の声を上げる。


「猫じゃないよ! これが怖いのは、道に何にもいなかったんだところなんだ!」

「何にもいなかった? 猫や、人も? じゃあ何の音? 風鈴とか?」

「わかんないけど、まわりをみても音が鳴るような物はなんにも無かったんだ。でも、すぐ近くから聞こえてきたんだって!」

「そうそう。しゃん、しゃん、って音がだんだん近づいてきて、それで怖くなって逃げたってサキちゃんが言ってた!」


「ふぅん。確かにそりゃぁ不気味だな。呪いかはともかくとして」


 史家は半信半疑といった感じで肩をすくめる。


「兄ちゃんたちって人助けしてるんだろ? このこと調査してくれよ! サキちゃんが怖がってるんだ!」

「俺らはそういうオカルト系の部活じゃないんだけどなぁ」

「学校とサキちゃんの家の間にある道なんだ。案内するよ!」

「また今度な。まだ猫も見つかってないし……」

「今日は一緒に探しちゃだめなの?」

「そうだよ、昨日みたいに手伝いたいよ!」


 子供たちは史家や正多のことをひっぱるが、今朝のこともあるので見かけたら保護してほしい、と言うのが精一杯だった。


 三人はそれから地道に捜索を続けたが、収穫はなく時間だけが過ぎた。気が付くと辺りは薄暗くなり、勝樺公園に戻って来た頃にはすでに子供たちの姿は無かった。


 きーきーと正多の座るブランコの軋む音。かーかーとカラスの鳴き声。シャーという電動車エレカのモーター音。公園を包む音たちは大地を茜色に照らす夕日と合わせれば、なんだか物悲しくなってくるものばかり。

 手分けしていた伏見が現れた頃には、夕焼けは星の浮かぶ夜空に変わっていた。


 伏見はベンチに座る史家の隣に腰を下ろす。


「伏見さん、明日も手伝ってくれますか?」

「もちろんですよ、史家くん。明日もがんばりましょ──ふぇくち!」


 風がぶわっと吹いて木々が揺れる。それに合わせるように伏見がクシャミをした。


「花粉症ですか?」

「いえ別に……ふぇっくち!」


 しゃりん。ベンチの下から微かに音がした。


「ふぇっ……」

「伏見さんストップ」

「んぎゅっ」


 伏見が再びクシャミをする前に、史家は思いっきり鼻をつまんで阻止した。

 何か様子が変なことに気が付いた正多は、ブランコから降りて二人の方に向かう。

 史家は正多に向かって、ベンチの下に〝いる〟と合図を出した。

 その意味に気が付いた正多は身動きが取れない二人に代わって、足音を消しながらなんとかベンチまで近づくと、腰をかがめて覗き込む。


「くえ、ぶえっ……っくしっ!」


 瞬間、伏見は史家の手を振りほどいて、それまでよりも明らかに大きなクシャミをした。それと同時に、しゃん、しゃん、しゃん、と激しく鈴の音が響いて、黒い物体がすばしっこくベンチの下がら飛び出してくる。


「うわっ!」


 黒猫は鈴を鳴らしながら、正多の横を通り過ぎる。


「逃がすか!」


 史家はベンチから飛び降りると、逃げ出した猫を追いかけた。しかし、黒い毛並みは路地を包む暗闇の中に溶け込んで、どこかに消えていった。

 見失ってしまった史家は路地で立ち尽くす。


「史家! 猫は!」


 やがて追いかけてきた二人に、かぶりを振って応えた。


「あっちゃぁ。あれ、チョコちゃんですよね。……あはは、クシャミ止まらなくって。いやぁ、ほら、まぁ、アレルギーですから。こればっかりは仕方ない──」

「伏見」「さん?」

「次は我慢じまず……」


 伏見は鼻声で、ずびずび音を鳴らしながら項垂れた。


「……で、こんな時間まで子供を連れまわしたと」

「ごめんなさい……」


 深夜の公園。伏見はその真ん中でひざを折り、今日のことについて一通りの説明をシュミットに終えたところだった。

 風が吹くと、いささかの肌寒さを感じる。春は遠いようで、公園の虫たちもまだ土の中で眠っているのだろう。人間の声以外は、しんと静まり返っていた。

 チョコちゃんがこの近くに居ることが判明した後、三人はもうひと踏ん張りと公園の周囲で再捜索をしていた。


 伏見レーダーなんて言ってクシャミを頼りに探してみたり、コンビニで買った猫缶を設置してみたりしたが、それから一度も遭遇することは無かった。

 そうこうしている内に夜は更けて気が付けば午前零時過ぎ。


「まったく。キミはもう大人なんだから、子供の面倒は見ないとダメだろう。そもそも、二人に関わりたいと言い出したのはキミの方じゃないか」

「ああ! ほんっとすいません! ごめんなさい! もうしません!」


 シュミットのお説教が余程堪えたのか、地面におでこを擦りながら答える。ずざざざ、とその音まで聞こえてきそうな勢いのヘッドスライディング土下座。


「わかった。もういいよ。これ以上晩くなる前に二人を家まで送ろう」

「大丈夫ですよ先生。俺ら普通に一人で家まで帰れます。な、正多」

「俺たち、そこまで子供じゃないですよ」


 確かに電車やバスも既に動いていないが、別に歩いて帰れない距離ではなかったし、札幌の道路はどこも碁盤の目状に引かれているのでルートが複雑でもない。デバイスのアプリを見ながら進めばそうそう迷うこともないだろう。


 しかし、シュミットはそんな二人をたしなめるような口調で、


「僕は別に迷子になることを心配しているんじゃないんだ。キミたちは二人とも一人暮らしの身だろう? もし補導されたら、連絡が行って遠方の親が心配するはずだ」


 正多と史家はお互いに顔を見合わせた。それもそうだ。


「って、史家も一人暮らしなの?」

「そりゃこっちのセリフだ」

「はいはい! 雑談そこまで! 早くおうちに帰りましょう!」


 シュミットからどの口が……と言わんばかりの視線を向けられながらも、伏見は二人の会話に割って入り強引に終わらせる。


 正多はシュミット、史家は伏見の付き添いを受けて、アパートに帰った。

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