Part 3-2

「「伏見さん?」」

「はい、伏見さんですよ」


 声の方には伏見が立っていて、ひらひらと手を振っている。格好はこの前会ったときと同じく、スーツにスニーカーというチグハグな──本人曰く探偵らしい──装いで、唯一違うのはなぜか裏返っている名札を首から下げていることぐらい。


「どうしてこんなところに?」

「そりゃこっちのセリフですよ」


 正多の疑問に答えるより先に彼女は眉をひそめた。


「二人ともライブを聞きに来た……訳じゃなさそうですね、パンフ持ってないし、列にも並んでいないですし。こらこら~ダメですよ? 高校生が用もなく来たら」


 茶化す伏見に、二人は誤解を解くためにこれまでの経緯を説明した。


「つまり二人は友達の為にこんな場所まで……? ああ、なんていう事でしょう。私は感動しましたっ」


 おいおいと芝居がかかった声を出して、出てもない涙を拭う。勢いよく顔を上げると、なんだがキラキラと輝くような視線で見みつめてきた。

 その顔を見るだけで、なんだか面倒なことになりそうな予感がする。


「「俺たちはこの辺で……」」


 息を合わせて言った後、くるりと背を向ける。

 伏見はそんな二人の肩をがっちりと掴んで、逃げ出す前に阻止した。


「いやいや、ちょっと待ってくださいよ! 私の話を聞くとか、そういう展開でしょ! 今のこの流れは!」


「話を聞くって言われても……」


「そこは『なんで伏見さんは、こんなラブホ街に一人でいるのかな~』とか『あ、伏見さんだ! 探偵のあなたが友達探しに協力してくれるなら百人力です!』とか! あるでしょう、色々と!」

「千崎さんについてはこれ以上どうしようもないので……」

「とりあえず辺りを散策しようとしたとこなんですけど……」

「もっと私の方にも興味持って!」

「あっ、こんな場所に一人で居るってことは彼氏に捨てられた……とか」


 史家が気まずそうに言うと「されてません!」と即座に返す。


「あ、そうなんですね。よかった」

「なら、一件落着。よし帰ろう」

「だ・か・ら、待ってくださいよぉ!」


 伏見はどうしても話を聞いて欲しいようで、意地でも話を聞かせるために両手で二人の手首を掴む。なんだか今日の伏見は前よりも明らかにテンションが高い。

 二人はミソラの捜索に行きたいのだが、この状態では逃げることもできなかった。


「さてさて、私がなぜこんなところに居るかと言うと、あれは今朝まで遡ります」


 と誰も聞いても無いのに勝手に回想を始める。


(この流れどこかで……)

(なあ、この話長いと思うか?)


 そんな伏見を横目に、二人は小声で呟いていた。


「……と、言うわけで私はライブハウスで警備員をすることになったのです。私、美咲ライカの大ファンなので、もう感激で……」

「へー」「すごーい」

「あ! 二人とも真面目に聞いてなかったでしょ!」

「いやー真面目にー。……って、ライブハウスの警備?」


 数分か十数分にも渡って続いた伏見の話を二人は全くもって聞いていなかったが、最後の方にさらっと出た言葉がすごく重要だったことに気が付いて、正多が確認するように言う。


「お、おい、それってもしかして」

「やっと気が付きました? 私の助力があれば、お友達があの会場内に居るかどうかが分かる訳ですよ。確証の無い結論じゃモヤモヤしたままでしょう?」

「「本当ですか⁉」」


 突然のことに驚きながらも嬉しそうに食いつく。

 しかし、その直後に聞こえるか、聞こえないかぐらいの小さな声で言った「ま、条件は付きますけどね」を聞き逃す二人ではなかった。


「でもなんていうか、都合が良すぎない?」

「やけに小さい声で言った『条件』も気になるな」

「あ、聞こえてました?」


 二人からすっかり怪しまれて、じとっとした目で見つめられる。

 伏見は誤解を解くために別に怪しい話じゃないです、と焦るように説明を始めた。


「私と一緒に警備員のアルバイトをやってみませんか?」

「警備員の」「アルバイト」

「ええ。なんせ今絶賛売り出し中の高校生アイドル『美咲ライカ』のゲリラライブ公演。見ての通りファンが大勢来てるじゃないですか」


 伏見は伸ばした両腕を行列の方に向けて強調する。


「こんなに人が居るとやっぱりガラが悪いのも混じってくるんですよねぇ」

「警官だらけで治安はよさそうですけど」

「未成年ファンに万が一の事が無いようにと、この周囲の警察による見回りは厳重、さらに成人向けの店はほとんどが臨時休業中です」

「だったらなんでアルバイトの警備員が?」

「スリ、痴漢、ナンパ……人が集まるところに犯罪はあるものです。警官は小ススキノ全域の見回りに割かれて、会場内は警備業者で何とかしないといけないんです」


 史家の疑問に伏見は大げさなしぐさで頭を抱えて、


「先着入場のゲリラライブだったんですが、この列に並んだ人数は想定の三倍。それに合わせるように入場できる人数を緩和したもんですから……」

「会場の警備は人が足りてないと」


 行列を見ながら正多が言った。


「今は猫の手も借りたい状況です。それに、私は、そのミソラちゃんの顔を知りません。会場は人でいっぱいですから、特徴を聞いても見つけることはできないでしょう。直接見つけてもらうのが一番手っ取り早いと思いますが」


 確かに警備員として会場内に入ることができれば、ミソラを見つけられる可能性が出てくるだろう。

 ただし、それはあくまでもミソラがライブハウスにいるという前提の話だが。


「まあ、どこの店もやってませんし、通りは警察官だらけ。背広の男が気がかりですが、女子高生が来る場所なんてここぐらいでしょう。不安なら連絡しておきますが」

「連絡?」

「警察にコネがあると話しましたよね。伏見さんのコネを使って、話を通しておきましょう。女子高生を連れた背広の男がいないかって。こうすれば心配ないですよね」


 伏見はどうしてもアルバイトとして参加して欲しいようで、コネを使ってまで退路を断ってきた。彼女に加えて警察の協力まで得られるとなると、ミソラを探し出して安全を確認するにはこれ以外の道は思いつかない。


 二人は頷き合って、アルバイトに参加することを決めた。


「でも警備員って、簡単に増やせるものなんですか?」

「私は現場主任なので大丈夫です。それも話しましたよね?」


 回想を全然聞いていなかった二人は、とりあえず話を合わせるように頷いた。


「ところで、ミソラちゃんの顔が分かるものとか持ってないんですか?」


 二人は顔を見合わせる。当然、そんなもの持っていなかった。


「よくそれで探しに来ましたね……」


 伏見は苦笑いを浮かべていた。


 二人は伏見に連れられて列の横からライブハウスに入り「関係者以外立ち入り禁止」と大きく書かれた扉をくぐる。


 従業員用の通路では『STAFF』ジャンパーを着た人々が慌ただしく動き回っている上に、物が置かれていることもあって動きにくい。

 背の高い伏見に先導されながら、何とかロッカールームまでたどり着いた。


「はい、じゃあこれ着てください」


 そう言って、黒いジャケットを投げ渡される。

 通路にいたスタッフが着ていたジャンパーとは異なって、一般的なビジネススーツに似た形。二人は桜鳥のブレザーをロッカーに入れて、黒ジャケットを羽織った。


「じゃ、次はこれをどうぞ」


 続けて、手書きの文字で書かれた簡易的な名札と、イヤホンの付いた無線機を渡された。腰のあたりに無線機を装着していると、何やら厳つい見た目の男性が部屋に入ってくる。恰好からして警備員であろう男は伏見に小声で耳打ちすると、二人を一瞥して去っていった。


「これで準備は完了です。持ち場に案内しますね」


 警備の仕事と聞いて仕事内容が不安だったが、実際に聞いてみると緩いと言うか立っているだけ。 持ち場に到着すると何の説明も無く「後はがんばってね~」とだけ軽く言って、伏見は去って行った。


 ずっと気になっていたが、伏見の下げている名札が裏返っている。

 史家はそれを見たときからずっと指摘しようと思っていたのにタイミングを逃してしまって少しモヤモヤしていた。


「伏見さんセキュリティ・マネージャーだってさ」


 さきほど一瞬だけ表面が見えたが、そこには立派なフォントで名前と役職Japanese Sergeant Majorが書かれている。

 史家は自分の首にぶら下がっているマジックペンで雑に書かれた『ロクタチ/Rokutachi』の文字を見る。伏見の手書きだった。


「ライブ会場って初めて来たけど、こんなに広いんだな」


 正多は持ち場に立って、少しソワソワしていた。

 会場に入って、まず驚いたのはその広さだった。てっきりアングラ的な、小さい会場を想像していたが、実際に入ってみると建物の床が丸ごと立席になっているのではないかと思うほどの解放感。

 そして、そこには観客がぎっちりと詰まっていた。


「これなら猫の手も借りたいっていう意味が分かる。っていうか、ほんとに猫が必要かも」

「二人程度じゃ増援足りないだろ、これ。チョコちゃんを呼んでくるべきだったな」

「忘れそうになってたけど、俺たちの目的はアルバイトじゃなくて、会場内で千崎さんを探す事だからな。史家、ちゃんと探すんだぞ」

「と、言われましても、この数じゃな……」


 ぎゅうぎゅうに詰め込まれた観客を眺めていると、史家は違和感を覚えた。

 美咲ライカはまだローカルとはいえ、新進気鋭であり、テレビやイベントで引っ張りだこのアイドルだ。特に詳しくない史家も、なんとなく名前は知っている程度には道内で知名度がある。


 故にこれだけのファンが押し寄せている訳だが、未成年のファンも多い高校アイドルが、なぜわざわざ小ススキノでライブをするのだろうか。

 確かにこの会場はしっかりとした設備が整っているが、周りの店の臨時休業や警備員とスタッフの不足、警察の動員など、どれもここ以外なら解決していた事ばかりじゃないか……?


《あーあー、テストテスト。こちらは警備主任の伏見。本部より通信状態の確認……第一班から順に回信……》


 そんなことを考えていると、無線機から伏見の声が聞こえてきた。

 この後、順々に無線に答えていくのだと手順は簡単に教えられていた。どうやら警備員は多国籍らしく、伏見は日本語の後に英語とスペイン語で同じ言葉を続ける。


《第十班、波木、録達》

「あっ、波木です。聞こえてます」

「録達、聞こえてます」


 ぎこちなかったが、あらかじめ決められていた順番に沿って二人も返事した。


《さて、あと少しで開演です。主役が登場すると確実に何かしら起きる可能性があるので、観客をしっかりと見張っていてください》


 通信が終わると同じぐらいに、会場の明かりが薄っすらと消える。

 やがて、ステージを照らす紫や黄色のスポットライトの明かりを残して、すっかり暗くなった。

 開演が近い事が分かると観客たちのざわめきは熱へと変わり、その熱に油をぶち込むが如く、それまで落ち着いたテイストだったBGMがポップ調に変わった。

 熱狂の渦の中、イメージカラーである赤と黒の衣装に身を包んだ美咲ライカが、赤く長い髪を靡かせながらステージに登場する。


 それと共に会場を揺らすぐらいの歓声が響き渡った。

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