Part 2-2

【国連管理都市・札幌──2052年4月半ば】


 第三次世界大戦はグリニッジ標準時2020年8月7日の核戦争から始まった。

 イデオロギーも、陣営も、国境も無く、誰が始めたのかも、誰が続けたのかも今となっては分からない。


 ただ生きるために殺し合い、平和と戦争の区別が消えた真の世界大戦ザ・グレート・ウォー


 悲劇の十年と呼ばれた20年代、戦争の十年と呼ばれた30年代、そして復興の十年と呼ばれた40年代を超え、大戦を終結させた人類は着実に復興へと歩みを進めている。


 ただ、全てが上手くいっている訳ではない。


 戦後秩序は不安定なバランスで成り立っている。そこに生きる人々は再び血の時代が来るのではないか、誰もが不安を抱えている。

 しかし、朝が来れば考える暇もなくなって、焦るように食事を取ると学校や職場に向かう。そうして、いつも日常が始まっては終わる繰り返しの日々。

 それが、世界が平和を手に入れてから四年目の年。

 戦場に心を残してきた者たちと、戦場を知らない者たちが、同じ世界で生きる時代。異常で、不穏で、けれど、かけがえのない日常がある時代。


 ある歴史学者は現代のことをこう呼ぶ──「狭間の時代」と。


「……と、いう訳で、南ドイツの都市ラティスボナにおいて『傭兵組合ゾルトナー・ウニオン』を名乗る組織が武装蜂起を起こし、現地政府を崩壊させました。これが世界大戦末期の2048年初頭。欧州連邦とミュンヘン共和国による停戦合意から数週間後のことです」


 電子黒板の向こうには、デジタル表示された教師が立っていて、淡々と歴史が読み上げられていく。

 こういう形態、通信派遣教師はここ数年で爆発的に普及して、今ではどこの学校でも当たり前になりつつあった。

 特に桜鳥高校は常任教師が四人しかいないので、ほとんどの授業がこの形態だ。


「傭兵組合の指導者『アダム=ユリウス』はドイツにおける伝説的な傭兵であり、歴戦の猛者として、その名は欧州全土で知られていました」


 現代史の教師が呟くと、ノートにその名を書き込んだ。第三次世界大戦を主として学ぶ現代史というのは学ぶことが多くてとにかく複雑だが、どう考えたって世界大戦最後の戦い『ラティスボナの戦い』だけは絶対テストに出るだろう。


 これだけは間違いない。


 生徒全員が真剣にノートを取る中で、一人だけノートを取らずに画面を見つめている少女がいた。それに気が付いたのはロッテのブロンドが背中側からやけに目立つからなのか、それとも無意識に見つめていたからなのか、はっきりとしない。

 そういえばロッテは南ドイツ、ミュンヘンの出身じゃないか、と思い出した。

 やっぱり自分の国が関わった戦争だしノートに書くまでもないのだろうか。


「連邦の要請を受け、鎮圧に向かったカルロス・アヴリル司令官率いる国連軍と、アダム=ユリウス率いる傭兵組合は、四月の末に衝突することになりました」


 話半分に聞いていた授業は気が付くと終わっていた。


「zzz」


 そういえばノートを取っていない奴がもう一人いた。

 右腕を大層に包帯でグルグル巻きにした状態で登校してきた史家だ。怪我の理由を聞いても、何故か頑なにその原因だけは教えてくれなかった。

 正多は午前の授業をずっと寝て過ごしていた史家を小突いて起こす。


「授業終わったぞ」

「わっ、そうか、じゃ部室に行こうぜ!」

「何言ってるんだ。これから昼休みだ」

「あ、あれぇ?」


 ばっと飛び起きた史家を見てみると、いつの間にか右腕の包帯が無くなっていた。


「腕の包帯はどうしたんだ? 治るにしちゃ早くないか?」

「それはほら、あの怪我はギャグ時空の話だから」

「んな都合のいい時空があってたまるか」

「実のところアレはただの突き指でさ、すぐ治ったんだよ。あの大げさな包帯は心配性の伏見さんに治療されたからああなっただけで」


 てっきり骨折でもしたのかと思っていたので、心配して損した思った。

 そんな正多をよそに、史家は机の上を片付けて意気揚々と昼食の準備を始める。


「さて、メシ食うか」


 桜鳥高校には学食が無いので、大半の生徒が教室内で食事をとっている。

 正多と史家も例外ではなく、席に座ったまま鞄の中から昼食を取り出した。


 焼きそばパンが何だかんだいって一番うまい。

 なによりも、どこのコンビニでも大して味が変わらないのがいい。

 これは学校の隣にあるオレンジ色のご当地コンビニで買ったものだが、本州のコンビニとほとんど同じものだ。そんな持論を持つ正多がコンビニの袋を取り出す一方で、史家が出したのはお弁当箱だった。


 ちらりと見てみると、中身は色とりどりのおかずとご飯で整えられている。

 これまで見た史家の昼食といえば同じようなコンビニ飯だったし、彼は一人暮らしの身だったので、手製のお弁当なんて一体どういう訳だと思わず目を丸くする。


「まさか作ってくれる相手がいるのか?」


 ふとアニメのワンシーンを思い出す。ヒロインにお弁当を作ってもらう回だ。

 史家は渋い顔をすると、やけに形の綺麗な卵焼きをもぐつきながら答えた。


「バカ言っちゃいけねぇ、お手製だよ。今日は珍しく早起きしすぎてさ。そうだ、正多もそれだけじゃ寂しいだろ。ほれ、やるよ」


 そういって、彼は弁当箱の蓋に餃子を乗せると正多の方に渡す。

 卵焼きと餃子とか、一体どういう組み合わせなんだと思いながらも、確かに焼きそばパンだけでは寂しかったので、受け取ることにした。


「タレは『めんみ』だ。あいにく酢もラー油も持ってきてなくてな」

「めんみ?」

「北海道ご当地のめんつゆさ」

「おま、お前……餃子にめんつゆをかけて食ってるのか?」


 困惑していると、史家は肩をすくめて答えた。


「結構うまいんだぜ?」


 そんな会話をしていると、突然ガタンと椅子の転がる音が響く。


 騒がしかった昼時の教室がそれで一斉に静まり返った。

 正多たちは何事かと思っていると、生徒たちの視線が皆一様にある一点に向かっていることに気が付く。


 そこにいたのはロッテだった。


 正多は焼きそばパンを、史家は箸を加えたままそちらを見る。二人とも話していて何が起きたのか見ていなかったが、周りにいる彩里を始めとしたグループ一行は驚いたような顔でロッテのことを見つめていた。


「ご、ごめんなさい……」


 それだけ言うと、ロッテは廊下に駆け出していく。


「何があった?」

「さぁ……」


 お互いに顔を見合わせる。


「俺ちょっと見てくる」


 正多はロッテのことが心配になって廊下に出た。見渡してみるが、もう三階には居ないようだ。四階に上がってみるがそこにも居ないので、今度は二階の廊下に降りてみた。


 二階はどの学年でも使われていないので人気が無い。西棟にあるのは空き教室と家庭科室などの特別教室で、基本的に鍵がないと入ることができない。しかし、東棟の方まで行けば保健室があるので、そこにいるかもと思って廊下を進むことにした。


 きょろきょろしながら歩いていると、向い側から一人の少女が歩いてきた。


「突然ごめん。この辺でロッテ、えと、ブロンドの二年生を見なかった?」

「見てないです」


 少女は素っ気なく返すと正多の横を通り過ぎる。


「そっか……ありがとう」


 振り返ってその背中に礼だけ言うと、再び廊下を進んだ。

 東棟について保健室に顔を出してみる。養護教諭の奈々がいたのでロッテについて訊ねてみたが、来ていないそうだった。

 二階には居ないと判断して、今度は一階にまで降りてみる。結局ロッテは見つからず、教室で待っていると昼休みが終わる事にはひょっこり戻ってきていた。


 正多の心配をよそに授業は続く。

 今日最後の授業である英語が終わると、教壇を降りたシュミットはその足で二人の方にやって来て声をかけた。


「ロクタチ、少しいいかい」

「あ、先生じゃないですか。はい、腕なら治りましたよ」

「それは良かった。ペンが持てないと困るところだったよ」

「へ?」

「キミ、昨日の英語でまた0点取ったろう。これから補習だ」

「い、いや、なんか腕が痛くなってきたかもぉ……」


 史家は何か言う間もなくシュミットに連行されていった。

 さて、補習送りとなった史家は帰って来るかは分からない。彼がいないと部室では独りぼっちだが、他に行くアテもないのでとりあえず部室に向かう。

 ちょうどいいので授業の復習でもしようかな、と鞄に手を伸ばした。


「ねえねえ、セータ君。ちょっといいかな」


 そんな時、声と共に綺麗な碧い瞳がドアの隙間から覗き込んでいた。


「ロッテ? どうしたの」

「実はそのぉ、ひとだすけ部に手伝ってほしいことがあって」


 小さくなりながらロッテが部室の中に入ってくる。体調を崩したのではないかと心配していたが、ぱっと見る感じは元気そうだ。


「あれ、シカ君は?」

「シュミット先生のところ。英語の補習だってさ。それで、何を手伝えばいい?」

「あ、うん。実はね……」


 部室内の席に腰かけると、ロッテは語り始めた。


 昼休み、気が付くと教室を飛び出していた。こんな姿は誰にも見られたくなかったので、人気のない二階の女子トイレに入った。


「うぇ……」


 洗面台に顔を突っ込んでえずく。吐きそうなほどに気分が悪いのに、胃の中からは何も出ない。目元に溜まった涙が落ちて、滴り落ちる唾液と混じり合う。


「ぅう……」


 こうなってしまった原因は高野彩里のお弁当に入っていたハンバーグだった。彼女は優しいから、それを分けようとしてくれたのだ。


 けれど、その臭いがダメだった。

 わたしはローストした肉類を食べることができない。

 お箸を近づけられて、思わず手ではらってしまった。今頃、怒っているだろうか。突っ伏しながら、自己嫌悪に陥る。

 こんなことなら始めに菜食主義とでも言っておけばよかった。ランチボックスの中にハムサンドなんで入れておくんじゃなかった。ファミレスで臭いを我慢すべきじゃなかった。いや、そもそも初めに言っておくべきだったのに隠したりするから……。

 フラッシュバック。ちかちかとあの日の記憶が巡る。


 黒い煙。

 血と硝煙の臭い。

 家の焼ける臭い。

 肉と髪、人間の焼ける嫌な臭い。


 幼少に感じた恐怖が鼻の奥にこびりついて、十四年が経った今でも消えない。

 唾液が嫌にしょっぱくて、胃の中がひっくり返りそうになる。

 さっさと楽になりたいのに、昼食を口に入れる前だったので何も出なかった。


「Hilf mir, ......meine Held」

「ねえ……大丈夫?」


 声を掛けられて顔を上げる。

 たぶん余程ひどい顔だったのだろう。入口のところに立っていた少女は信じられないといった感じの表情を浮かべると、早足で出ていった。

 日本に来てから、友達を作りたい一心で色々と無理して取り繕ってきたけど、これまでかもしれない。こんな子はきっと気味悪がられるに違いない。

 落ち込んでいると、再び足音がする。

 顔を向けると先ほどの少女が近づいてきていた。


「これ、お水のんで。楽になるから」

「へ……?」


 少女はペットボトルの蓋を開けて、差し出してくる。

 水を飲むと言われた通り少し楽になった。深呼吸をすると、だんだん臭いが抜けていくような気がする。おなかの奥にあった重い物がすっと軽くなっていく。


「つわり……じゃ、流石にないよね。生理?」


 少女は気まずそうに問いかけてくる。

 生理みたいに薬が効いてくれれば、まだ楽なのに。

 そう思いながら首を横に振った。


 正多はなんと声を掛けたらよいのやら分からず、少し俯く。


「わたしね、その子にお礼を言いたいんだけど、名前が分からなくって困ってるの」


 ロッテは頭を抱えるしぐさを取った。


「……そっか。その子は二年生?」


 二階の廊下ですれ違った少女が頭によぎった。あの子だろうか。たぶん二年生の教室にいたような気がする。

 どうにも影が薄いというか、あまり印象に残るタイプではなかった。

 正多は記憶を辿り外見を思い出してみることにした。

 確か小柄で黒髪のショートボブだったはず。あとは、ブレザーの下に着た黒カーディガンとか、厚手の黒タイツとか、やけに黒っぽい色合いだったことを憶えている。


「うん。二年生だよ」


 ロッテは正多の予想以上に明瞭な返答をした。


「放課後に声をかけるつもりだったんだけど、タイミングを失っちゃって。だからせめて、名前ぐらいは知っておこうと思ったんだけど、上手くいなくて」

「上手くいかない?」


 言葉の意味が掴めなかった。言葉からして、相手についてある程度は分かっている様だし、お礼を言いに行くだけなのに名前を知る必要があるとは思えない。そもそも名前なんて誰かに聞けばいいだけのはずだ。


 そこでふと気が付いた。あれ? そもそもロッテは何で俺に聞きに来たんだ? 

 こういう話題はどう考えたって交友関係の狭い転校生ではなく、彩里かグループの誰かしらに「あの子は誰?」と聞けばいいはず。

 なんだかそこが引っかかってロッテの顔を見た。


「大山君か、彩里に聞きに行く?」

「えっとぉ……うん……」


 その提案に何故かロッテは渋々といった感じでうなずいていた。


 正多はロッテを連れ、部室を出てまずは大山を探すことにした。

 一階の階段すぐ横に「生徒会室」という部屋があるのを見かけていたので、たぶんそこにいるだろうと勝手に予想。降りると、遠くで足音が響いている。

 部室を出てからずっと俯いていたロッテが顔を上げると、何か言おうと口を開く。


「あ、あのね、セータ君、わたし……」

「シャルロッテ先輩ですよね!」


 声が途中でかき消された。

 割り込んできたのは二人組の女子生徒。おそらく一年生だ。

 部活中のテニス部員らしく、ジャージ姿にテニスラケットを持っていた。

 正多に対しては軽く礼だけすると、それからはロッテの方だけを向く。

 興味が態度にこうもはっきり表れるものかと思いつつ、面白みに欠ける男であることは自負するところ。


「先輩が色々な部活を体験しているって聞いたんです! うちの部にはいつ来るんですか?」

「え? えーっと」

「今暇ですか? 暇ですよね? テニス部に来てください! 歓迎します!」


 突然のことにロッテはあわあわしている。

 気が付くと、その両腕はいつの間にか近づいてきていた二人にがっちりと掴まれている。逃げ場はなさそうだった。


「あ、先輩もどうですか? テニス部」


 完全におまけ扱いではあるが、気を遣うように訊ねてきた。

 どうやらロッテがテニス部に行くことは確定しているらしい。


「あっ、セータ君、えっと……」


 両脇に二人の一年生を抱えながら、気まずそうな顔を浮かべる。


「大山君のところには一人でも行けるから。任せておいてよ」

「じゃあ、お願いしてもいい?」


 もちろん、と返す。一年生たちは待ってましたと言わんばかりに、ロッテをすごい勢いで運び去ってしまった。


「うわ~、あ! 後で合流しよう~!」


 廊下からは運ばれていくロッテの声が残響のように漂っていた。

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