激おこ→歓喜の副団長

 

・ ・ ・ ・ ・



 その後、西域第七分団員と手分けしてカヘルが周辺の共同体を調べるうちに、ユメールのような経験をしたと見られる高齢女性が八人、十人と浮き上がってきた。


 何年も前に亡くなった女性が言い残した話として、周りの人間が同様のことを語る例もいくつかあった。先立った夫や昔の恋人が迎えに来ると信じて、彼女らは最晩年を生きていたのである。


 列石群アリニュマン近くの捜査本部天幕にて、カヘルは卓子上に並べた何枚もの筆記布をにらみつけている。全て、ヤンフィールの≪白い恋≫被害にあったと見られる、女性たちの調書であった。



――何と言う数。範囲を広げて調べれば調べるほどに、想定被害人数が増えてゆく! 一体いつから、ヤンフィールがこの悪行を働いていたのかはわからないが……。これでは女性らがだまし取られた金子きんすの総額も、莫大なものになる!



「こんなに多くのお婆さんたちからたくわえを奪って、それをどうするつもりだったのでしょうね? ヤンフィールは」



 少し離れたところで調書に目を通していたファイーが、カヘルに低く問うてきた。



「ヤンフィール自身は、少なからず高級品で身を飾っていたようですが。それでも住まいはごく質素なところでしたし、派手な交遊や生活ぶりだったわけでもない。だまし取ったお金は、一体どこへ消えたのか」


「……あのう。それこそ、ヤフィルという女性に貢いでいたのではないでしょうかー?」



 ぽろっと言ったローディアに、カヘルとファイーの視線がまっすぐ刺さる。しかし毛深き側近はそれにひるまず、自分の庶民感覚を信じて続けた。



「死亡届を出しに来た時に、便宜上から娘と名のっただけで。ヤフィルは実のところヤンフィールの恋人だとか、内縁の妻だったのかもしれませんよ」


「なるほど……。そうすればヤンフィールは奪い取った側から足がつきにくくなるし、ヤフィルは遠方にて直接現金を受け出せるので、利点は多いですね」



 ファイーがうなづいた。宙に視線を漂わせてから、カヘルも言い添える。



「あるいは、この二人の後ろに何らかの無法集団がついているとして……。そこへ供給していたという可能性もあるでしょう」


「では、ヤンフィールは裏の組織に貢いでいたと~!?」



 もじゃもじゃ側近は、驚いてやや高めの声を上げてしまった。カヘルは卓子に頬杖をついたまま、冷たくうなづく。


 軍医とノスコが指摘したように、ヤンフィールは過去ずいぶん危ない橋を渡っていた。年齢を重ね、往年かかわってきた裏社会のつながりに保護・・してもらう立場となり、その見返りに多額の金を提供していたのかもしれない。ありそうな話である。


 その金銭提供がらみで、何らかの摩擦が生じた。ヤンフィールおよびヤフィルは、詐欺で搾取したものを独占しようとしたのかもしれない。組織によるぴんはねを出し抜く気になったか。とにかくそうして組織にそむいたことがばれて、ヤンフィールは人里離れたこの地にて殺され、列石群アリニュマンの間に埋められた!



「この地域一帯で、大がかりな犯罪集団というのは把握しておりませんが……」



 困惑をめいっぱい含んだ声で、卓子反対側にいたチャスタスが言ってよこす。


 カヘルは内心で、がくりと頭を下げたくなった。



「こちらに拠点があるのではなく、遠方由来の集団という可能性もあります。ヤンフィールは移動ばかりしていたのですし、それこそ西域へは出稼ぎ感覚で来ていたのかもしれません」



 額に青すじを立てぬよう、腹にぐうっと力を込めてむかつきを抑えながら、カヘルは平たく言った。



――臭いものにふたをし、見ぬこと清しと開けずに済ます西域各分団の傾向に便乗する形で、だ!



 カヘルの直観ではあるが、チャスタス自身は愚物でも不誠実なのでもない。むしろ自分の地位役職を良くわきまえた真摯な騎士なのであろう、とカヘルには思われる。しかし彼は完全に、地元西域ののんきな感覚にとらわれ、その枠組みに思考をはめこまされているのだ。問題を問題としてとらえない、不審な穴を掘り返してみないその風潮に。往々にしてカヘルが苛立ちを覚える、ふるきデリアドがその身体にたたえているであった。



「あのー。それにしてもノスコ侯は、ちょっと遅くないですか?」



 上司の言葉の端々が微妙にとがり、そしてもじゃもじゃ毛先に超常の冷やっこさが触れてきているのを感じて、ローディアはさりげなく口を挟んだ。



「チャスタス侯。メムイー村のスウィーンさん宅に派遣した巡回騎士たちは、いまだ本部に帰って来ていないのですよね?」



 さらに側近騎士は、第七分団警邏けいら部長に事務的に問う。



「ええ、そうです。やはり今日も朝から加減が悪く、スウィーンさんに面会できず手をこまねいているのかもしれません」


「ちょっと行って、見て来てはどうでしょうか。カヘル侯?」



 卓子に手をつき、すいっと立ち上がりながらファイーが言った。



「その逆で、ノスコ侯の施術が功を奏しているということもあります。ユメールさん以上に壮大な人生物語を、聞かされているのかもしれませんよ」



――あれっ? ファイーねえさん、元旦那さんの前で副団長を連れて立つのー?



 内心でちょっと驚いたローディアだが、カヘルに続いてごく自然に席を立った。



「そうかもしれませんね。では我々もメムイー村に行ってみましょう。運が良ければスウィーンさんから、直接話が聞けるかもしれない」



 涼しい顔で、カヘルが言い放つ。



「と言うわけで、行って参ります。チャスタス侯」


「あ、ザイーヴさんも行くんですね? はい、行ってらっしゃい」



 背後にファイーの声、それに答える元夫の声を聞いて、ローディアはさらに驚いた。



――いま……。≪チャスタス侯≫って呼んだよね? すっごい他人行儀でね? 侯のほうはザイーヴさんって個人名呼びなのに……。へえー、ねえさんは相変わらずさばさばしてるなぁ! 未練なんてみじんこほども感じないよ、いさぎよいっ。



 その少し前方、大型天幕を出かけるカヘルも内心で驚愕しまくっていた。


 ローディア同様、チャスタスに対するファイーの態度が全くもってあっさり他人行儀なのにも驚いていたが、それ以上に女性文官の提案に驚喜していた。



――仲が良いはずの元夫、チャスタス侯のいる捜査本部から離れることを、自ら率先して提案しッ! 自ら率先して私と・・、そう私とメムイー村に向かおうとしているッ! これは何をどう見ても好意である、ザイーヴさんは私に・・好意を持っているッッ。善き兆候なり、そろそろ真剣に求婚の文言を考案せねばッ。



 相変わらず冷えひえ平らかな表情に鼻息だけを少々荒くして、デリアド副騎士団長は軍馬をつないだ樹へと向かった。


 ああ早合点、早とちり、思い込み激しすぎなりキリアン・ナ・カヘル。


 何故この分野に関してだけ、その怜悧なる思考がはたらかぬのか……。


 おお我らがイリー守護神・黒羽の女神よ。副団長を、暴走より護りたまへ!!



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