副団長、怒る

 


 待てど暮らせど、亡き夫はユメールのもとにはあらわれない。いつしかユメールは暦のことも忘れてしまって一日を過ごし、「明日こそは」とねむるだけの日々を送っていた。


 それが続く。ひと廻り、ひと月、季節が巡って二年以上が経った……。




「……その後に、わたしが同居を始めたんです。久し振りに会ったら、お祖母ちゃんはやせ細って、なんだか起きているのに眠っているような感じでした。家の中も、荒れ放題だったし……」



 口をつぐみ、黙り込んでしまった老婆に代わって孫娘が話を引き取る。


 その時期に孫娘が離婚をして、新たに居場所を探していたのは偶然だった。しかし結果的にユメールはそれで生きながらえたらしい。帰らない夫を待つだけの一人暮らしでは、遅かれ早かれユメール自身も丘の向こうへ行くしかなかったのだろうから。



「今はだいぶ元気を取り戻して、鶏の世話も手伝ってくれますよ。でもやっぱり、おじいちゃんが迎えに来るってずっと信じていて」


「来ますってば。あの人にはおっちょこちょいなところがあったからねぇ、きっとお金の受け出しか何かでへまをやっちゃったのよ。ダヴィンらしいわ、ふふふ……」



 優しく穏やかに笑うと、ユメールは沈み込むようにして椅子の背にもたれた。目を閉じる。



「ごめんなさいよ、騎士さま。たくさん話して、ちーっと疲れてしまいました」


「こちらこそ申し訳ございませんでした、奥様。――では」



 腿の上に組まれた老婆のしわくちゃな手にそっと触れて、カヘルはいとまを告げようとした。しかしふと、ユメールが目を開ける。ごくごくか細い声で、カヘルに問うてきた。



「お若い騎士さま、奥さまはいらっしゃいますか」


「……いいえ」



 二度結婚して二度とも逃げられましたと詳細を言わず、現在の事実のみを伝える副団長である。



「そうですか。……この先、恋をなすってご結婚されたらね。どうか奥さまを大切にね?」


「はい」


「けんかをしたって、いいのですよ。むしろ派手におやんなさい、大事に仲直りするためにけんかするの。あたしとダヴィンも散々けんかはしましたよ。でも」



 老婆の笑いじわが濃く、深くなった。



「一緒にいた間も、いなくなってからも。ダヴィンはこうしてあたしを守って、ずうっと幸せでいさせてくれるんです。あの人と恋をしたことで、あたしは死ぬまで……死んだ先まで、幸せでしょうよ。ほんとのほんとに、いい人生でした」



・ ・ ・ 



 どうぞお元気でとユメールのもとを辞し、カヘル一行はドラムベーグの村に向かう細い道をたどる。



「ローディア侯、ファイー侯」



 冷やっと低温ながらも、それまで終始穏やかな雰囲気を身にまとっていたカヘルが、突如かたい声にて呼びかける。肩越しに二人を振り返るその顔も、かたく強張こわばっているようだった。



「はっ」


「はい?」


「ご存知の通り、私は薬湯や香湯こうゆに関して全く知識がありません。先ほどのユメールさんの話に出たように、飲んで幻覚作用をおよぼすようなものが、一般に出回っているのでしょうか?」



 それでローディアもやはり、と確信する。そう、老婆は幻覚を見せられていたのだ!



「私は知りませんが、薬種の範疇はんちゅうであれば存在するのではないでしょうか? ノスコ侯が詳しいのでは」



 ローディアの真横をゆく公用馬上の女性文官も、ふいと言葉を挟んでくる。



「カヘル侯。薬種と言うより毒物ですが、そういった作用のあるきのこが数種類あるはずですよ」



 ファイーと自分にうなづき返す副団長を見た時、ローディアの毛深い胸のうちに何かが引っかかった。



――きのこ……。なんか最近、話題になったっけ……?



「毒きのこですか、ファイー侯?」


「ええ。ごく微量であれば処方箋薬として服用できるのですが、幻覚興奮作用を目的とした大量摂取は違法です。そういう輩を見込んで販売している、闇きのこ業者がいると聞いたことがあります」



 もじゃッ! ローディアは内心で気づいて思わず叫んだ。



「うぁっ! プローメル侯とバンクラーナ侯が、昨日言っていた話……。トロモーンの町の闇市場きのこ、あれってもしかしてそういう意味だったのでは……!?」



 言ってから、今度はカヘルの顔を見て、さらにひぃいとローディアは叫びたくなる。


 カヘルは怒っていた。


 青い双眸に冷たい炎が燃えている。そんな超常の火は他ではお目にかかれないものだが、若きデリアド副騎士団長は確かに怒りに燃えていた。



「ヤンフィールは一人暮らしの年輩女性に夢を見せ、そのたくわえを奪い取っていた。彼女たちが大切にしている、亡き伴侶とのかけがえのない記憶をもてあそびけがしたのです」



――行商をする中で村々を観察し、死期の近いであろう女性を選んで狙っていたに違いない。貯えをこそぎ取られた女性たちは、伴侶の再来を待ち焦がれながら衰え死んでいったのだ……!



「その行いに気付いた誰かが、ヤンフィールに制裁を加えたのかもしれませんね。被害者が、加害者に転じたのでしょうか」



 抑えた言い方だったが、ファイーの声も通常より低くなっている。


 目元にぐっと力をこめる、カヘルの氷のような双眸が細くなった。死者・・に対して、彼がこれほどのいきどおりをいだくのも珍しい。



列石群アリニュマン調査現場に来る直前、我々はデリアド市内にて≪白い結婚≫の事件を扱いました。ヤンフィールがしていたことは、それに連なる卑劣で凶悪な詐欺です。古い恋にかこつけて、金品を奪取する……。いわば、≪白い恋≫と呼べるものでしょう」



 断じて許されぬ、と副騎士団長は胸中でつぶやいた。



――そのしき詐欺師を殺したのは、いったい誰だったのか。


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