不安にかられる副団長
――他のものに、人生を奪われる……。
ファイーの低い声を通して、平らかに語られた
「不気味な話ですね。入れ替わられて、石に閉じ込められた子どもの気持ちを思うと、たしかに恐ろしい」
「でしょう? わたしもこの村のお婆さんに話を聞いた夜は、なかなか眠れませんでした。あと味の悪い怪談です」
「それでも、
「ええ。それとこれとは、また別ものですからね」
「同じなのでは……」
ローディアたち直属部下が同席していたら、がこッと口を四角く開けて驚愕していたことだろう。
めったに笑わないデリアド副騎士団長と、やはりほとんど笑わない市庁舎地勢課準文官とが、わずかな間をさし挟んで
いや。一般人の基準で言う笑顔とは、ほど遠いのかもしれぬ。しかし
「それではカヘル侯、実際的なところを話しましょう」
すちゃっと青い双眸に叡智の色を濃く宿して、ファイーは続けた。
「これまでに見てきた
西方の文明発祥地、ティルムンからイリー始祖がやってくる以前の話だ。というより八千年も昔とは、ティルムンもその先行文明も生まれていない頃である。石たちはもちろん、ティルムン兵たちの化身ではありえない。石を石として、この地に立てた人々がいたのである。
「何のために立てられ、使われたものだと思いますか? カヘル侯」
「均等に立っているところから、まずは柱かと。例えばあの石の上に布をかぶせ、天幕を張ったのかと、私は思いましたが……。それにしては、周辺でこれだけ木材が豊富に入手できるのです。わざわざ重く扱いにくい石を使う意味はないですね」
「いえカヘル侯。天幕の支柱説、それはそれでたいへん興味深い」
「そうですか?」
「ええ。やはり野営経験のあるカヘル侯は、観点が違いますね。
「その通りです。ファイー侯は、なにか仮説を持たれましたか」
「ええ。わたしは全部で三十二基ある点から、もしや暦に関係する施設だったのでは、と考えました」
「なるほど、月日を示す何かですか」
ファイーの滑舌につられて、カヘルもぽんぽんと話している気になっていた。女性相手に話がはずむと言うのはこれなのか、と自分でも少々驚いている。
前々妻・前妻の話というのは、時折聞いているのが辛くなる、
「ファイー侯。その線で行くと、前回事件の現場……ファイタ・モーン沼のほとりにあった、
「そうなのです、カヘル侯。それこそ日時計のように、
「……日時計ですか!」
ファイーの話だって、それ自体は何らカヘルに関係のないものである。八千年前からそこにある巨大な石たちは、カヘルが注目してもしなくても、変わらず二千年後もそこに在り続けるだろう。しかしファイーを通して語られる巨石たちは、有機のもののように熱を帯びて、どこか温かくカヘルの意識に触れてきた。石じたいの熱ではなくて、ファイーの熱なのかもしれないが。
「あるいは≪はじめの町≫そばにある、
「……昼どきに言及されていた、人工の丘のことですか?」
んむっ、とファイーが
「さすがです。カヘル侯にはかないません」
――そうでしょう、そうでしょう。ぜひ陥落してください。
「資料に照合させる、などとかっこつけましたが。今回あらわになった
「どんなものなのですか? 見たいですね」
ファイーはカヘルをじっと見据えて、小首をかしげる。
「侯は、朝にお強いほうですか」
何気ない問いであったが、カヘルにとっては強打撃である。副団長は内心でぎゃふッとうめいた。実に、たいへん、ものすごく弱い!!
「……強くも弱くも、ごく普通でしょうか……」
ああ大嘘なり、キリアン・ナ・カヘル!! 騎士は嘘をついてはならないと言うのに!
「では。明朝、散歩はいかがです? ≪はじめの町≫は海に向かってほんの少し行ったところにありますし、歩いてもすぐですから。朝食前に行って帰って、捜査開始にも
「じつに良い考えです、ファイー侯」
微妙に引きつりながらではあるが、カヘルはとにかく彼なりの笑顔のままで即答した。
「ぜひ行きましょう」
うなづいたファイーは、満足気に目を細めた。
カヘル自身もそうなのだが、ファイーは黄土色の騎士作業衣を脱いでいて、質素な麻衣姿である。女性的な
黄土色をまとわない今、人のまばらな食堂にて卓についているのは、麻衣を着た一組の女と男でしかない。
少し遠目に見れば、男が女を口説きたがっているのは誰の目にも明らかだった。実際に近くへ寄ったなら、ただならぬ超常の冷気に圧倒されて、何かちがうのかもと思うのは必至だが。
「それでは明日に備えて、本官はさっさと早寝いたします」
言って、女性文官はくいっと
がちゃり、と解錠してあてがわれた客室に入ったカヘルは――びきぃぃぃぃぃっ!! 途端、全身に冷気をみなぎらせた!
――寝ては、ならないッッ!!
ぎろッ! 寝台脇にたてて置いた、デリアド正規騎士用・軽量鎖付き革鎧をにらむ。
――そうだ、これを装着したうえで横になれば! 不快ゆえに深眠にはいたらないはず、あるいは……。
ごく狭い単身用の個室、その角には小さな文机と腰掛が置かれていた。
――この机に突っ伏して寝ればよいッ!
何度も繰り返すが、やはり説明しよう。我らがデリアド副騎士団長は、輝かしい来歴ばかりが取り沙汰されて聖人視する人が多いのだが、ふたを開ければどうということはない。長所の数だけ短所も多い、生身の男性(ばつ二)である!
中でも特筆すべきは、寝起きの悪さだ。欠点中の欠点と言える。
軍事作戦や出張の移動中など、こまめに仮眠をとって連続稼働をするには問題ない。しかし、いったん深く眠ってしまうと、……起きない! いやそれでは物語が終わってしまう。そうではなくって、回復するのにだいぶ時間を要するほど、心身に損害をきたすのだ。要するに休養するのが下手なのである。
たいていの人間は眠ることで元気になるのに、カヘルの場合は真逆だった。ゆえにその辺をよくわかっている周囲の人間は、朝のうちはなるべくカヘルの視界に入らないよう心掛けている。側近ローディアも、重要な予定は極力午後以降に入れるように苦心しているほどだ。実に迷惑千万な話であるが、実はカヘルにも自覚はあった。
せっかくファイーとの約束を取り付けたというのに、自分のおなじみ≪朝の災厄≫で何ぞ
念には念を入れ、革鎧装着のうえ机に突っ伏して寝ようと決め、冷ややかな深呼吸を一つつく。そうしてようやく落ち着いたカヘルは、肩に宿の
・ ・ ・
そうしてだいぶさっぱりとした様相で帰ってくると、こてんと寝台上にのびた。
一瞬だけ、もぞりと巨大いもむしのようにうごめいて上半身を起こすと、小卓上にあった手燭の
全てを忘れて、カヘルは眠ってしまった……。
どうしてなのか、と不審に思う隙間すらない。通常なら、小一刻ほども横になって待たねば訪れないはずの眠りに、デリアド副騎士団長は引き込まれた。あまりにこころよい闇の中に、深く埋もれていったのである。
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