不安にかられる副団長

 

――他のものに、人生を奪われる……。自分・・をそっくり、られてしまうと言うことなのか。



 ファイーの低い声を通して、平らかに語られた列石群アリニュマンの地元伝承。なかなかに不安をあおる、陰鬱なあらすじである。自分自身の放つ冷やっこさは別にして、うすら悲しい怪奇談には素直に恐怖を感じ、すーっと背筋の寒くなるデリアド副騎士団長であった。そこそこ繊細なり、キリアン・ナ・カヘル。



「不気味な話ですね。入れ替わられて、石に閉じ込められた子どもの気持ちを思うと、たしかに恐ろしい」


「でしょう? わたしもこの村のお婆さんに話を聞いた夜は、なかなか眠れませんでした。あと味の悪い怪談です」


「それでも、列石群アリニュマンへ調査に行かれるファイー侯」


「ええ。それとこれとは、また別ものですからね」


「同じなのでは……」



 ローディアたち直属部下が同席していたら、がこッと口を四角く開けて驚愕していたことだろう。


 めったに笑わないデリアド副騎士団長と、やはりほとんど笑わない市庁舎地勢課準文官とが、わずかな間をさし挟んで笑顔・・を向け合っているのである!


 いや。一般人の基準で言う笑顔とは、ほど遠いのかもしれぬ。しかしかすかに両の口角を上げている以上、これはカヘルとファイーの笑顔なのだ! ああ絶好調、その意気なり! キリアン・ナ・カヘル!!



「それではカヘル侯、実際的なところを話しましょう」



 すちゃっと青い双眸に叡智の色を濃く宿して、ファイーは続けた。



「これまでに見てきた巨立石メンヒルたち同様、あの列石群アリニュマンもやはり約八千歳の≪巨石記念物≫です。我々イリー人がやってくる前、はるか昔からあの石たちは野に整列していました」



 西方の文明発祥地、ティルムンからイリー始祖がやってくる以前の話だ。というより八千年も昔とは、ティルムンもその先行文明も生まれていない頃である。石たちはもちろん、ティルムン兵たちの化身ではありえない。石を石として、この地に立てた人々がいたのである。



「何のために立てられ、使われたものだと思いますか? カヘル侯」


「均等に立っているところから、まずは柱かと。例えばあの石の上に布をかぶせ、天幕を張ったのかと、私は思いましたが……。それにしては、周辺でこれだけ木材が豊富に入手できるのです。わざわざ重く扱いにくい石を使う意味はないですね」


「いえカヘル侯。天幕の支柱説、それはそれでたいへん興味深い」


「そうですか?」


「ええ。やはり野営経験のあるカヘル侯は、観点が違いますね。列石群アリニュマンを兵士達になぞらえたからこそ、思いつかれたのではないですか?」


「その通りです。ファイー侯は、なにか仮説を持たれましたか」


「ええ。わたしは全部で三十二基ある点から、もしや暦に関係する施設だったのでは、と考えました」


「なるほど、月日を示す何かですか」



 ファイーの滑舌につられて、カヘルもぽんぽんと話している気になっていた。女性相手に話がはずむと言うのはこれなのか、と自分でも少々驚いている。


 前々妻・前妻の話というのは、時折聞いているのが辛くなる、むだ・・話が九割方であった。内容理解に労力を要するし、その構成もまた難解である。要するに貴女あなたは何を仰りたいのでしょう、と聞いた途端にかげる顔。そこを越えて踏み込むことがどうしてもできず、カヘルはいつしか黙ってしまった。当たり障りのない相槌しか打つことができなくなった。当然、熱などこもらない。こめ・・られない。



「ファイー侯。その線で行くと、前回事件の現場……ファイタ・モーン沼のほとりにあった、環状列石クロムレクは?」


「そうなのです、カヘル侯。それこそ日時計のように、ときをはかる機能を持っていたのかもしれません」


「……日時計ですか!」



 ファイーの話だって、それ自体は何らカヘルに関係のないものである。八千年前からそこにある巨大な石たちは、カヘルが注目してもしなくても、変わらず二千年後もそこに在り続けるだろう。しかしファイーを通して語られる巨石たちは、有機のもののように熱を帯びて、どこか温かくカヘルの意識に触れてきた。石じたいの熱ではなくて、ファイーの熱なのかもしれないが。



「あるいは≪はじめの町≫そばにある、積石塚ケルンに付随する何らかの機能とも考えられます」


「……昼どきに言及されていた、人工の丘のことですか?」



 んむっ、とファイーが面白い・・・顔をした。しまった、とでも言いたげに決まり悪げな双眸がカヘルを見る。



「さすがです。カヘル侯にはかないません」



――そうでしょう、そうでしょう。ぜひ陥落してください。



「資料に照合させる、などとかっこつけましたが。今回あらわになったあれ・・は、間違いなく≪巨石記念物≫の一形態なのです。ただ他に例を見ないものなので、地勢課としては慎重に接したいと思いまして」


「どんなものなのですか? 見たいですね」



 ファイーはカヘルをじっと見据えて、小首をかしげる。



「侯は、朝にお強いほうですか」



 何気ない問いであったが、カヘルにとっては強打撃である。副団長は内心でぎゃふッとうめいた。実に、たいへん、ものすごく弱い!!



「……強くも弱くも、ごく普通でしょうか……」



 ああ大嘘なり、キリアン・ナ・カヘル!! 騎士は嘘をついてはならないと言うのに!



「では。明朝、散歩はいかがです? ≪はじめの町≫は海に向かってほんの少し行ったところにありますし、歩いてもすぐですから。朝食前に行って帰って、捜査開始にもさわりません」


「じつに良い考えです、ファイー侯」



 微妙に引きつりながらではあるが、カヘルはとにかく彼なりの笑顔のままで即答した。



「ぜひ行きましょう」



 うなづいたファイーは、満足気に目を細めた。


 カヘル自身もそうなのだが、ファイーは黄土色の騎士作業衣を脱いでいて、質素な麻衣姿である。女性的ないろどりはどこにもなかったが、ファイーのまとったくつろぎの雰囲気、それこそが副騎士団長の注意を惹きつけてやまない。


 黄土色をまとわない今、人のまばらな食堂にて卓についているのは、麻衣を着た一組の女と男でしかない。


 少し遠目に見れば、男が女を口説きたがっているのは誰の目にも明らかだった。実際に近くへ寄ったなら、ただならぬ超常の冷気に圧倒されて、何かちがうのかもと思うのは必至だが。



「それでは明日に備えて、本官はさっさと早寝いたします」



 言って、女性文官はくいっと香湯こうゆを飲み干した。無言のままにカヘルもならい、そうしてほぼ同時に立ち上がる。お休みなさいとぴしッと言って、ファイーは廊下の彼方に去った。


 がちゃり、と解錠してあてがわれた客室に入ったカヘルは――びきぃぃぃぃぃっ!! 途端、全身に冷気をみなぎらせた!



――寝ては、ならないッッ!!



 ぎろッ! 寝台脇にたてて置いた、デリアド正規騎士用・軽量鎖付き革鎧をにらむ。



――そうだ、これを装着したうえで横になれば! 不快ゆえに深眠にはいたらないはず、あるいは……。



 ごく狭い単身用の個室、その角には小さな文机と腰掛が置かれていた。



――この机に突っ伏して寝ればよいッ!



 何度も繰り返すが、やはり説明しよう。我らがデリアド副騎士団長は、輝かしい来歴ばかりが取り沙汰されて聖人視する人が多いのだが、ふたを開ければどうということはない。長所の数だけ短所も多い、生身の男性(ばつ二)である!


 中でも特筆すべきは、寝起きの悪さだ。欠点中の欠点と言える。


 軍事作戦や出張の移動中など、こまめに仮眠をとって連続稼働をするには問題ない。しかし、いったん深く眠ってしまうと、……起きない! いやそれでは物語が終わってしまう。そうではなくって、回復するのにだいぶ時間を要するほど、心身に損害をきたすのだ。要するに休養するのが下手なのである。


 たいていの人間は眠ることで元気になるのに、カヘルの場合は真逆だった。ゆえにその辺をよくわかっている周囲の人間は、朝のうちはなるべくカヘルの視界に入らないよう心掛けている。側近ローディアも、重要な予定は極力午後以降に入れるように苦心しているほどだ。実に迷惑千万な話であるが、実はカヘルにも自覚はあった。


 せっかくファイーとの約束を取り付けたというのに、自分のおなじみ≪朝の災厄≫で何ぞ粗相そそうをしてしまっては、と怒涛のような不安にかられている。ゆえに何とかして深く眠らず、今夜は仮眠・・で済まそうと頭をひねっているのであった。色々まちがいだらけなり、キリアン・ナ・カヘル!


 念には念を入れ、革鎧装着のうえ机に突っ伏して寝ようと決め、冷ややかな深呼吸を一つつく。そうしてようやく落ち着いたカヘルは、肩に宿の手巾てぬぐいを引っかけ、へやを出てその階の洗い場へと向かった。



・ ・ ・



 そうしてだいぶさっぱりとした様相で帰ってくると、こてんと寝台上にのびた。


 一瞬だけ、もぞりと巨大いもむしのようにうごめいて上半身を起こすと、小卓上にあった手燭の玻璃はり覆いを取って、ふいと息をかける。……闇。


 全てを忘れて、カヘルは眠ってしまった……。


 どうしてなのか、と不審に思う隙間すらない。通常なら、小一刻ほども横になって待たねば訪れないはずの眠りに、デリアド副騎士団長は引き込まれた。あまりにこころよい闇の中に、深く埋もれていったのである。



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