市職員おじさん、青くなって赤くなる
「そのヤフィルさんという方がどんな女性だったかまでは、さすがに憶えていませんよね?」
「えっ? いえ、憶えてますよ。ええと、かなり上背があって、がっしりした印象がありました」
これはファイーの誘導なのだな、とカヘルは内心で少々面白がっている。いや、軽い挑発なのか。憶えていないでしょう、と決めつけた風に質問することで、町職員はむしろ躍起になって記憶を掘り起こそうとしている。ファイーはわざとやっているのだろうか。
「ずいぶん濃い化粧をしていました。ちょっとどぎついくらいに、眉も目もくっきり塗って盛ってましたね。だから身分証の生年月日からみれば三十後半のはずなのに、なんだかもっと上に老けちゃって見えました。あれは残念効果です」
「イリー女性の見かけでしたか?」
続く短いファイーの問いを聞いて、ああそこか、とカヘルは合点が行く。
「はい、典型的なイリーの奥さんでした。あとは、そうですねぇ……。勇ましいかっこうをしているな、とも思いましたっけ」
山国フィングラスの田舎の人らしく、厚みのある毛織地の上衣にふくろ
≪それじゃあさっそく、お父っつぁんの家の整理に取り掛かりますんで!≫
死亡届受理の控を手に、
「なるほど」
ヤンフィール死亡届受理の顛末を聞いたカヘルは、腕組みをして考え込んだ。
気がついたように顔を上げ、ローディアに死亡届の数か所を指定して、二枚複写するように言う。
側近が受付長台にかがみ込むようにして書く間、カヘルはきれもの町職員に事件のあらましを話して聞かせた。おじさん職員はくわッと目を見開き、驚愕と恐怖を顔いっぱいに浮かべてカヘルを見つめている。
「……それではヤンフィールさんは、フィングラスではなく地元で亡くなって埋められていた、ということなのですか?」
「その可能性が高くなります。どういった経緯があったのか、詳細はまた不明ですが、娘を名乗るヤフィルという人物が虚偽を語っていたことだけは確かでしょう」
「……」
青ざめた職員に対し、あなたに非はありませんとカヘルは平らかに言った。しかしいつも通りに冷えびえとした口調だったから、文字通りにとってもらえない。これだけ冷っこい調子である、初対面の人なら非難糾弾されているのではと不安になるのが普通だった。ちょっと損なり、キリアン・ナ・カヘル。
「ヤンフィールさんの身分証は、確かにデリアド発行のものだったのですね?」
「はい、皮紙の
町職員はますます青くなる。このまま行くと青い精霊になってしまうかもしれない、危険や!
「他国発行の身分証の真偽までは、判断できなくて当たり前です。しかし、通し番号他の詳細をここに記録して下さったのは、たいへん都合がよかった」
おじさん職員の青ざめ進行が一時停止した。
「カヘル侯、一枚目ができました」
もしゃっとかさばる上体を起こして、ローディアがカヘルを見下ろす。
「ありがとう、ローディア侯。それでは――プローメル侯、バンクラーナ侯。このヤンフィール氏の娘と名のった女性について、フィングラス領にて調査してきて下さい」
死亡届複写を両手に持ち上げ、ひらひら振って乾かしながらカヘルは直属部下二人に言った。
「はい」
プローメルとバンクラーナ、二人の声が重なる。
「身分証発行地とされているケレープの町役場に照会をして、必要とあらば身辺調査。嘘をついているからには、後ろめたい事情があるのでしょう。十分注意してください」
「了解しました、カヘル侯。ケレープの町というと、確かマグ・イーレからの北上街道上にあるところですね」
「リアーの町のさらに先です。……ここからなら準街道を北上して、北域第一分団を中継し山間路を突っ切ったほうが、イリー街道経由よりずっと早く着きます」
ふぁぁぁぁっ!!
カヘルを含む配下一同は双眸を見開いて、女性文官を見た。
出た、ファイー驚異の経路案内! やはりこの人の頭の中には、イリー世界の詳細地図がまるごと入っているらしい。おお叡智あふれる地勢課市職員よ、どうか迷える我らを導きたまへ!
しかし注目を浴びたファイーはびしっとした表情のまま、右手のひらをすっと左側の方へ差し向けた。皆が顔をむけると、……そこに大判のデリアド全国地図がかかっている。役場によくあるやつであった。頭の中が地図なのではなくて、時々参照しながら言っているらしい。微妙に生ぬるい安堵の入った調子で、カヘルがまとめる。
「……と言うことで、北域第一分団で軍馬を交換。進行状況によってはいずこかで一泊。よろしくお願いします、両侯」
プローメルが死亡届の複写をたたんで外套内側かくしにしまい、二人の直属部下は速やかにルウェータ町役場を出て行った。
次いでローディアが仕上げた二枚目の複写を手に、カヘルは側近とファイーの顔を交互に見る。
「我々は、ヤンフィール氏が生前住んでいた場所へ寄ります。少し周辺住民に聞き込んでから、
カヘルは、くるりと町職員を振り返る。
「長々とお付き合いいただきまして、ご協力感謝いたします。我々は、これで」
「あのッ」
さっきまで青ざめていた顔に血色を取り戻し、逆に頬ぺたを赤くしながら、きれもの職員おじさんは言った。
「握手していただけませんでしょうか、カヘル侯」
老若男女の世代を越えて、幅広い人気を誇る我らがデリアド副騎士団長である。キリアン・ナ・カヘルは顔色をまったく変えずうなづいて、にゅうと右手を受付長台の上につき出した。
「……孫に、自慢できますッ」
職員は嬉しそうに、カヘルの右手を両手でにぎにぎしている。これを頼みたくて、ここまできれきれ全力で頑張って手伝ってきたらしい。
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