小切手所有者たちの冷えひえケース
・ ・ ・ ・ ・
昼食後、カヘル一行がドラムベーグの村から
白骨死体が財布の中に持っていた四枚の小切手、その元の所有者たる振り出し人たちをたずね歩いた捜査要員たちが戻り始めたらしい。
大天幕の折りたたみ卓子にローディアと並んでかける。側近騎士に記録を取らせながら、副団長は巡回たちに話を促した。
「準街道を北上したところにある、テフェル村に行って参りました。ルフーナさんという女性は、三年前の年末に病没されています」
まず一枚目の小切手、その持ち主は享年七十歳のもと計算士であった。
早くに夫を亡くし、一人で娘たちを育て上げたが、最後は交流もなくなった。長く肺を病んで、ひっそり亡くなったのだという。住まいは既に人手に渡っていて、情報を提供してくれたかつての隣人も、ルフーナの娘たちがどこに住んでいるのかまではわからなかった。
「その近所の方は、名宛て人≪ヤフィル≫に心当たりはなかったのですか?」
「いいえ、ありませんでした。ルフーナさんはかなり無口な女性で、隠居してからは家の外にもあまり出ないような暮らしをしていたそうです。友人知人の出入りもなし、客の来る様子もなかったと言っていました」
――ひとり住まい、没交渉のお婆さんか……。
筆記布の上に硬筆をさらさら走らせながら、ローディアは思う。
――寂しそうと世間には思われがちだけど、好きで一人でいる人もいるからねー。
次に報告を始めたのは、西寄り森中の細道を踏み入ったところにある、メンテナ郷を訪れた若い騎士の三人組である。
メンテナ郷は、七つ八つの小さな家が寄り添うだけの慎ましい集落だった。小切手を切ったはずの≪アレル≫なる人物は、さらにそこを外れた樹々のあいまに小屋を組んで、住んでいたらしい。
≪アレル婆ぁは、去年死んだよ≫
通りがかりの住人に案内を頼みかけてそう言われ、巡回騎士たちは驚いた。
「メンテナ郷は森仕事をする人びとの集落で、アレルさんは毛皮の加工職人でした。狩人だった旦那さんを四十代の頃に事故でなくして以来、ずっと一人で暮らしていたそうです」
からッとした性格の豪快な女性だったらしいが、アレルに他に身寄りはなかった。昨年に入って急激にやせ衰え、集落の者たちを集めてこう言い残した後に亡くなったという。
≪他に何の財産もないが、家や工房や道具類は、どうか使いたい人で分けてくれ≫ ……
「そこの集落に、≪ヤフィル≫という名前に心当たりのある人はいませんでした。ただアレルさんは年に数回、ろば車を使ってトロモーンの毛皮商のところに行っていたらしいのです。だから町に友達がいたのかもしれない、とは皆さん仰っていました」
巡回騎士らは帰りがけ、メンテナ郷の市民戸籍を管理する隣村の役場を訪ねて、アレルの籍を調べてもらった。享年六十八歳。
――? 一件目のルフーナさんと、同年代かぁ……。身寄りがない、一人暮らしっていうのも何だか共通しているな?
考えつつも、ローディアはつらつらと記述を続けている。手の甲、指先まで明るい栗毛がもしゃついている
イリーお習字一級ともなると、走り書きでも墨がにじんでむだ毛の如くぼさつく、なんて野暮はないのだ。
「我々はブルイーン村へ、リュクラさんの消息をたずねて参りました」
また別の巡回騎士達が、カヘルの前に進み出た。
「……振り出し人四者の中で、ここから一番遠方の住所を書いていた人ですね。トロモーンの町から行ったとしても……」
カヘル副騎士団長の言葉が不自然に途切れたため、周囲は沈黙する。
「西へ小さな峠を迂回する必要があるので、馬の
びしっ! さくっ! ファイーの声がローディアの後方あたりから、低く言い添えた。
――やはり
「はい、ですので我々は軍馬を走らせて参りました。小切手振り出し人リュクラさんの情報は、しごく簡単に知れまして」
リュクラは農家のあとつぎ娘で、そこそこ豊かだった祖父と父との財産を受け継いだ。子どもはおらず、婿養子だった夫の亡きあとは、村外れの家で一人暮らしをしていたと言う。
≪だからね、おかしいんですよ! 伯母はおしゃれだったし、貴石だの値の張るかざり物なんか、たくさん残ってたはずなんです!≫
二年前にリュクラが七十一歳で老衰死したのち家を相続した姪夫婦は、巡回騎士らに不満たらたらの恨み言をこぼした。
≪それなのに、たんすも引き出しもまるで空っぽ。金融機関の口座に、ほんのひと月ぶんの生活費くらいっきゃ、お金が残っていなかったなんて!!≫
「姪御さんは、伯母の財産を抜き取っていったやつが絶対にいるはずだ、と息巻いていました。と言ってもさっぱり見当はつかないらしいですが」
淡々と報告を結んだ巡回騎士に、カヘルも冷々淡々とうなづく。
――それまでほとんど交流のなかった遠戚が、他人同然の伯母さんの遺産をまるごともらえるって言うのも、まあ変っちゃ変な話なんだけどね……。
毛深い胸のうちで突込みを入れつつ、ローディアは記述を続けてゆく……。
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