カヘルのゆかいなオフィス事情

 

・ ・ ・ ・ ・


 デリアド城内、中央広間でのいつもの騎士朝会が終了する。


 若いの、壮年、中年から、引退過ぎて時短勤務で来ているおじいまで、黄土外套を羽織った各種騎士らは座っていた腰掛を広間の脇に片付けて、そそくさと退出してゆく。


 殺風景とも言える、飾り気のない石造りの広間前方に置かれた壇のまわりでは、騎士団幹部らが全体報告に使用した書類の筆記布をまとめている。


 雰囲気こそものものしいが、凶悪事件や天災の発生は聞かれない昨今であった。騎士らの注目を集めたのは、やはり前日カヘルが対応した≪白い結婚≫詐欺の件である。



「カヘル侯、先ほど皆の前では触れていなかったが。実際に被害に遭った女性と言うのは、どうなったのかね?」



 壇中央の椅子に座ったまま、デリアド騎士団長フォーバルがカヘルを見上げてたずねてきた。



「だまされていたと知ったなら、相当の衝撃を受けたのでは?」


「仰る通りです。昏倒しました」



 東部系の若い婚約者と婚姻届を出しに来ていたその年輩女性は、市庁舎別室でカヘルの直属部下と談話をしていた。しかしカヘルに男の目論見もくろみと前科のことを聞かされて、衝撃のあまり気を失う。医師が呼ばれる事態になっていた。



「今はご自宅にて静養中ですが、かなり気落ちされていました。あとでお見舞いに行こうと思っております」



 はぁー、と重々しいため息をつきながら、フォーバルはカヘルに向かって鷹揚に右手のひらをひらめかせる。



「いや、いい。私が行こう」



 つやこしの抜けた黄灰色のちぢれ髪に、生じろくしなびた肌。カヘルよりもずっと上背のあったのっぽの老人は、寄る年波にどこもくたびれた様相をしている。しかしフォーバルの青いまなざしには、穏やかな生気が満ちていた。デリアド騎士団長は、滋味ふかき声で低く言う。



「若い君らが出向いても、傷に塩を塗ることになりそうだ。私に任せておきなさい」



 それもそうか、とカヘルはフォーバルにうなづいた。



「……ダーフィ陛下は今後、こういった年輩者が詐欺の好餌こうじにされるのでは、と危惧しておいでです」



 壮年の近衛騎士・主司が、壇の脇から言ってくる。



「今回事件の手口詳細を公表して、ひろく注意喚起した方が良いのではないか、とも仰っていました」


「そうですね。ガーティンローでは、似たようなやり方で財産を奪われる事件がかなり増えているようですし。先手を打っておくほうが賢明でしょう」



 現デリアド王と騎士団長フォーバル、どちらも健康上の理由でおおやけの場に出る機会は減っているが、民からの信頼は厚かった。二人とも視線が低い(背丈はあるが)。べる側なのに市井しせいに親身になれる性質が、ひろく好かれている。


 この辺りは年功ならではの徳と言えようか。将来的にそれを身につけるべく、カヘルは杖を持たぬ方のフォーバルの腕を支えて、騎士団長が立ち上がるのを助けた。


 そうして最後に中央広間を出る。側近ローディア、直属部下のバンクラーナとプローメルがその後ろに続く。



「≪白い結婚≫詐欺事件は、後味の悪い事件でした。しかし未然に被害を防げたという点では、評価できると思うのですよ」



 広間からさほど離れていない、副騎士団長の専用室に入ってすぐにバンクラーナが声を上げた。


 へやの奥、続きの小間に入って脱いだ黄土色外套を椅子の背に引っかけると、バンクラーナは慣れた手つきで側髪を後ろにくくる。切れ長の目が意欲的に光った。



「……被害を未然に防げたって、言えますかね? べリシアお嬢さん、あんなに打ちのめされちゃったんですよ。心はすでに被害甚大ですよ」



 カヘルの執務用大机の脇にかけて、今朝ついたばかりの便たよりの仕分けに取り掛かりながら、ローディアがバンクラーナに言って返す。側近騎士は全く太ってなぞいないのだが、頭と顔まわりをいろどる豊かな栗毛がもじゃついているせいで、その大きな体躯が誰の目にもかさばって見える。



「だからこその、フォーバル侯のお見舞いなんだろう。団長の権威と大人同世代の渋い共感力で、老嬢の心の傷を癒していただこうじゃないか」



 自身も渋がっているプローメルが、棚の前で公式書類用の筆記布を引き出しながら言った。長い鼻すじの後ろ、ずいぶん後退中のとび色髪は彼の基準ではまだまだ明るすぎる。早く四十路よそじに踏み込みたい、と日々願っている男なのだった。



「しかしながら、市庁舎より早急に連絡を受けられたのが解決につながりました。婚姻届が提出された際に不審を見てとり、機転をきかせた文官市職員は表彰に値すると思います」



 冷々淡々と言いながら、カヘルは早くも大机中央にて書類署名を開始している。



「そうですね! 市庁舎職員との連携の、たまものでありますッ」


「自分もローディア侯に完全同意です」


「今後ますますの、連携強化が好ましいかと!」



 室内の各方向から自分に向かってきた同意の言葉が、しらじらしい活気に満ちているのを妙に思い、カヘルはふと顔を上げた。



「文官市職員の表彰というのは、犯罪に対するさらなる注意喚起につながる名案だと思いますッ」


「自分もローディア侯に賛成です。フォーバル団長にぜひ提案してみては!」


「もちろん表彰は市庁舎にて、全職員を前にカヘル侯が授与するのです」


「……」



 ローディア、バンクラーナ、プローメル……。誰もカヘルを見ずに、あさっての方向をむいて言い放っている。



――いいぞ皆、その調子だ! このまま全力でカヘル副団長を市庁舎へ押し出せッ。


――こじつけでも何でもいい! とにかく副団長が地勢課に近づく機会を作るのだ!


――そう、ファイーねえさんにくっつけるんですねー! まずは物理的に、空間的に~!!



 何と言うことだろう。カヘル直属部下として、付き合いも絆も毛も深いこの三人! 目線すら合わせずに、念話をかわす境地に達している!? 上司がこわもての女性文官に心を寄せていることくらい、朝めし前で彼らはお見通しなのだった。


 こん、こん……。 その時、短く扉が叩かれた。「カヘル侯」と硬い声がおとなって、入ってきたのは伝令係の文官騎士である。



「カヘル侯。西域レイフェリー郡の遺跡を調査中の文官から、出動準要請が入っているのですが」



 がた――ッッッ!!


 一斉に室内に響いた音! それは椅子と腰掛が、勢いよく立ち上がった騎士たちにぶっ飛ばされた音なのだが、伝令文官は仰天した。驚いて思わず、手にしていた筆記布を取り落としてしまう。


 ぱしッ!


 その書類を、もじゃもじゃ毛だらけの手が受け止めた。



「ファイー侯が! ええ、デリアド市庁舎の地勢課勤務で、我々もよく知るあのザイーヴ・ニ・ファイー侯が! レイフェリー郡トロモーン近郊にて≪列石群アリニュマン≫を調査中に、地中より白骨死体を発見ッッ。その不審な状況から、西域第七分団を通してカヘル侯に捜査出動を要請していますッ」



 ぐりぐりぐりぐり、側近の視線が高速にて布面左右を往復する! けっこうな長さの文章をものすごい速さで読み取り要約すると、ローディアは迷わず長剣を腰に提げ、黄土色外套を羽織った。


 バンクラーナとプローメルは、既に外出標準装備を終えて、副団長室の入り口まぎわにじゃきんと立っている。



「ええっ!? あのっ、これは準要請・・・なのですがッ……?」



 伝令文官は、ややうろたえて言い添えた。


 デリアド領内で何らかの重大事件が起きた場合、区域管轄の地方分団は騎士団長の出動を要請することができる。関節痛で動きにくいフォーバルに代わり、この役を現在になっているのは副団長のカヘルだ。


 しかし、要請というのは少しだけ異なる。できれば首邑みやこの騎士団幹部、カヘルに来てもらいたいが、何が何でもという程度ではない。現場に来るかどうかの判断を、カヘル自身に委ねる要請なのである。



「衛生部のノスコ侯に、同行の伝達を」



 腰帯に戦棍装備、ふわりと黄土色外套をまとって、カヘルは平らかに伝令文官を見た。



「私が現場へ急行・・します。行きましょう、皆さん」



 あっけに取られた伝令文官を押し出す勢いで、カヘル以下の四名は副団長室を出た。プローメルとバンクラーナは、今回どちらも留守役に回されずほっとしている。


 冷えびえと平らかな表情を崩さず、……その実カヘルは内心でうぉらぁあああ、とこぶしを握り雄叫びを上げている! そんな熱苦しい光景は似合わないから、もちろん胸のうちでだけだ!



――ザイーヴさん!! 貴女あなたに呼ばれ出動を乞われるとは、恐悦至極! すぐに参ります、待っていてくださいッ。



 いつにも増してのすさまじい速足で、ざかざか城内廊下をゆく副団長! それを追う直属部下三名もまた、ふんふん鼻息を荒げながら胸を熱くしている。



――ファイー姐さん! 副団長を指名してくれて、ほんとありがとうー! ああ見て欲しい、この副団長の軽やか足取り! 超絶きげんが良いぞ~!


――名指しするからには、やはりそちらにも気があるんだろうッ? いーや、なくても全然かまわないから、そのまんま副団長とくっついちまってくれッ。


――俺たちの副団長から、不名誉ばつの称号を取っ払って! どうか幸せにしてやってくれぇぇぇ!



 これで三人とも、心底からカヘルの幸せを願っているのである。我らがデリアド副騎士団長が妻帯の喜びに満たされれば、災害級の不機嫌状態においても自分たちに向けられるとばっちりの八つ当たり冷えひえ波動が激減するであろうことを知っているのだ。


 ……要するにカヘルのためと見せかけて、実際には自分たちの利益めあてで動いている、側近騎士と直属部下たちなのであった。



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