第20話・・・中編/怒涛変化・・・


 順調だ。このままいけば勝てる。

 雹堂莉音は冷静に現状を分析した。


 栞咲紅羽とのポイント差は6ターン目終了時点で「2−6」


 まだ差はあるが、おかげで栞咲の・・・』が莉音にはよく見えた。


 その『隙』は常人は愚か、『五核初コア・ファイブ』レベルの天才でも見逃してしまうほどの微かな『隙』だが、莉音に言わせれば突きやすい『無意識の心の余裕』だった。


(このまま栞咲との点数差を3〜4ポイントを維持したままゲームを続け、15ポイント目前になったところで一気に覆す!)

 勝利への道筋が見えた。





 ………その時だった。





「『神龍シェンロン』、お願いがある」


 

 スッと栞咲が挙手する。




『どうされました? 栞咲様』



 何をする気だ? と訝しむ莉音をよそに、栞咲は平然と口を開いた。




「ボクのポイント、ゼロにして」



「ッ!?」

 この申し出に莉音は動揺を隠せなかった。


『……もう一度お伺いしてもよろしいでしょうか?』

 さしもの『神龍シェンロン』も音声認識がうまくいかなかったのかと判断したらしい。


「ボクのポイント、ゼロにして」

 一言一句、違わぬ言葉を告げた。


「何言ってるの?」

 我慢できず、莉音が口を挟んだ。

「自分のポイントを0にするって…」


「だって」

 栞咲が笑顔を浮かべた。

「このままじゃ負けちゃいそうなんだもん」


「……ッ」

 栞咲の笑顔は相変わらず、燦々と太陽のように眩しい。……しかし、莉音にはその笑顔が気味悪く映った。


(……栞咲の行動、理解できなくはない)

 そう、莉音が『隙』を突く天才だとわかっている以上、リードしていることは逆に危ない。


(自分のポイントを減らして『無意識の心の余裕』を無くす。……シンプルにそういうことなんだけど……わかっていても普通やろうとするッ?)


 まだ動揺が残る莉音の耳に、『神龍シェンロン』の言葉が届く。


『栞咲様、例え自分に不利な内容であっても、ルール外の干渉には両者の合意が必要です。つまり、雹堂様の合意があれば栞咲様のポイントを0にできます』


 その『神龍シェンロン』の言葉を聞いた栞咲は「ちぇー」と口を尖らせた。

 莉音が合意してくれるはずがないと諦観したのだろう。


「雹堂さん、ダメ元で聞くけど」

 栞咲が半目で莉音を見る。

「合意してくれる?」


 それに対し、莉音は即座に答えた。

「…私の条件を呑んでくれるなら、いいよ」


「?」

 思わぬ回答だったようで、栞咲が目を細めた。


 このままペースを握られるわけにもいかない。


「…条件って?」



「私のポイントを10ポイントに増やしていい・・・・・・・・・・・・・なら、君のポイントを0にしてもいいよ」



「ッッ。……へー」

 栞咲が慎重で、でも楽しそうな笑みを浮かべた。


 今二人が行う『超遊戯ハイ・ゲーム差数戟さすうげき』は先に15ポイントに達した方の勝利となる。

(もし栞咲がこの条件を飲めば、10−0と圧倒的に私が有利な状態で再スタートとなる。呑むはずがない)



 そう踏んだ莉音の耳に……信じられない言葉が届いた。



「うんっ」




 栞咲が燦々とした笑みで頷く。





「いい……………あ、ごめん! やっぱなし!」




 ……と、完全合意し欠けたところで、栞咲が両手をぶんぶんと振った。



 ふーっ、ふーっ、と栞咲は呼吸を整えながら改めて莉音と視線を合わせた。


「危ない危ない。……さすがにそれは・・・舐めすぎだよねっ」


 栞咲は「ほんとごめん、今のなし。ボクの提案も却下」と手を合わせて軽い謝罪のポーズを取った。



 ……それはまるで友達に宿題でも写させてほしいと頼むような温度感で、逆に莉音は違和感と警戒心が高まった。



(………はぁ。わかってたことだけど、やっぱり面倒な相手だね)



 ■ ■ ■



 栞咲紅羽は冷や汗を掻いていた。

(危ない危ない。今のはダメだって)


 今の雹堂の条件。

 いつもなら即OKしていたところだが、直感で『この天才相手ではダメ』と紅羽を思い止まらせた。


 こんな感覚は澪華以来初めてだ。


 おそらく潜在能力ポテンシャルは澪華や黛にも引けを取らない。…『特世科』であれば間違いなく『五核初コア・ファイブ』入りしていただろう。


 雹堂莉音の実力を再認識したところで、『神龍シェンロン』が進行していく。

『7ターン目に移ります。プレイヤーは残る2枚からカードを選んで場に伏せて下さい』


 ……その直後。

 ダンッ! と、紅羽がノータイムで場にカードを置いた。


「……ふーん、そう来るわけ…」

 その紅羽の行動に、雹堂はうんざりした様子で息を吐いた。


 雹堂の態度も仕方ない。

 なぜなら紅羽はカードを表向き・・・に置いたのだから。


「見ての通り、ボクのカードは『ジョーカー』だ。……ほら、早く『A』を出しなよ」

 紅羽が笑顔で、煽るつもりはないのだがそう取られてもおかしくない様子で言う。


 雹堂はすぐに反応はせず、十数秒冷静に黙した後……静かな動作で「A」を表向きに出した。


 もしかしたらここでわざと負ける可能性も考慮していたが、紅羽の思惑通り、勝ってくれた。


 雹堂もリードされ過ぎる・・・・・・・・のは避けたいのだろう。

『両者表向きにカードを出したましたのでこの時点で結果が出ます。…勝者、雹堂莉音。これにより第8ターンの結果も出ますので合計で「2ポイント」、雹堂様に入ります』


 紅羽の残り手札は「ジョーカー」「A」、雹堂は「A」「2」。

 雹堂が「A」で勝利した時点で、8ターン目は雹堂の「2」で勝利が確定していた。



 これで6−4。


 いい感じに差が詰まってきたと紅羽はほくそ笑んだ。



(うん、やっぱりボクには身の丈に合った方法で翻弄するのが一番だ!)




 ■ ■ ■

 



 小学三年生の時、栞咲紅羽は交通事故に巻き込まれた。


 直接轢かれたわけではないので、命に別状はなかったが、車の割れた窓ガラスが紅羽の左目周りに突き刺さり、失明した。 


 家族は泣いて紅羽を抱き締め、友達や先生はどう言葉をかけていいかわからない複雑な顔で紅羽に接した。


 鏡を見る度、顔を歪ませたくなる痛々しい傷が自分の顔に刻まれている。



 小学生には耐えられない現実だった……………しかし、紅羽は違った。



(あははっ、すっごい傷…! ショックと言えばショックだけど……まあいっか!)


 まだ9歳だった紅羽は傷を受け入れた・・・・・・・のだ。


 全く気にしていなかったと言っても過言ではない。


 もしこの傷のことを卑下する人間がいればこちらから願い下げだ! と紅羽はドラマで覚えた台詞を思い起こしてそう意気込んでいた。


 そして、家族や友達に対しては明るく振る舞おう。

 自分の所為で自分の大切な人たちから笑顔は消えてしまったから、紅羽自身の手でまた笑わせてあげよう。


 気にしなくていいんだよ、とわかってもらおう。


 紅羽はとことん前向きに考えた。




 ……………だが、世の中はそう単純ではなかった。



 

 どれだけ明るく振る舞っても、家族や友達の顔には『可哀想』『普通に振る舞わなきゃ』という感情が透けて見えたのだ。


 どうしても左目周りの傷が気になってしまうのだろう。


 ……幼いながら、人の感情を読むことに長けていた紅羽には、手に取るように自分へ向けられた同情・・・・・・・・・・が透けて見えた。


 嬉しいことに、誰も紅羽のことを卑下していない。

 本気で心配してくれている。


 ……でも、紅羽に心配なんていらなかった。


 いつも通り接しようとしてくれている人もいるけど、紅羽には違和感しかなかった。


 どれだけ紅羽が明るく振る舞っても、『頑張ってるな』『この子は強いな』『…可哀想』そんな感情ばっかりが返ってくる。


 違う。


 それは紅羽をまるで見ていない。


 みんな『傷』ばっかりに目が行って、肝心の紅羽の心を全く見てくれていない。



 ……その時に紅羽は気付いた。



 …………もう自分は『普通』とはズレた存在になってしまったと。



 いくら紅羽がいつも通り、『普通』に接しようとしても、そもそも自分が『普通』ではないのだから……周りの反応も『普通』ではなくなる。

 負の悪循環。




 

 ………………………………………………………………………息苦しい……。





 小学五年生になる頃には、紅羽は引きこもってしまった。



 親や友達は『やっぱり事故の傷を気にしていた』と思ったようだが、当然違う。


 複雑で、面倒で、息苦しい世の中に絶望したのだ。

 







 ……心が半分死んでしまった紅羽を救ってくれたのが白鳥澪華だったのだが、それはまた別のお話・・・・・・・・・


 

  

 紅羽は昔の自分を思い出す度に、こう思う。



 バ~カ! 少し辛い思いしたぐらいで世の中知った気になるな! と。




 ■ ■ ■




 時間は流れ、『超遊戯ハイ・ゲーム・差数戟』は佳境に突入していた。


『栞咲様「A」、雹堂様「2」。…11ターン目の勝者、雹堂様。尚、これにより12ターン目の結果も自動的に出ますので、両者「1ポイント」ずつ獲得となります。……現在のポイントは9−9。手札を四枚に戻して下さい』


 12ターン目を終え、9−9。


「ハァ…ハァ…ッ」

 さすがの莉音も神経をすり減らし、呼吸が乱れてきている。


 しかし、それは栞咲も同じことだった。


「フーーーゥ」

 絶えず楽しそうな表情の栞咲だが、疲れが見え始めている。


 完全に互角の戦いだが、莉音の心中は穏やかではなかった。


(く…ッ、いつの間にかゲームは完全に栞咲紅羽に操られてる…ッ。私はポイントを僅かにリードされる・・・・・・・・・ように仕掛けてるのに、互角に戻された…ッ)


 微かに見えていた栞咲の『隙』も、莉音ですら突けないほどに小さくなっている。

 このままゲーム終盤を迎えるのは非常に危険だと、莉音の脳が警鐘を鳴らしている。



『13ターン目に移ります。両者カードを場に伏せて下さい』

 淡々と『神龍シェンロン』が進めていく。


「さ〜て、どうしよっかなぁ〜」

 栞咲がわざとらしく悩む。


 少々危うい人間の笑みを浮かべるその姿は、正に中毒ハイ状態だった。


 冷静さを掻いた人間の心理は読みやすいのだが、栞咲の場合、アスリートが極限の集中状態、いわゆるゾーンに入ったような油断できない覇気を纏っている。


 莉音は栞咲の言葉に無駄に反応せず、カードを一枚、場に伏せた。

 栞咲もそれ以上何も言わず、カードを伏せる。


『両者場に伏せました。……では、カードオープン!』

 合図と同時に莉音と栞咲がカードを開いた。

 ……その結果は、


 莉音「A」

 栞咲「3」


『勝者、栞咲様。「2ポイント」入ります』

 これによってポイントは9−11で栞咲がリード。

 勝利条件である15ポイントに手をかけた。

 ……この結果に、莉音は表面上は無表情を貫いたが、内心では(……よし)と力強く頷いていた。

(…この終盤にリードを許すのは危険だけど、もうこれしかない)

 莉音は全力で頭を回転させる。

(私は「A」を使った。これで栞咲の「ジョーカー」は3分の2で勝利し、悪くて引き分け。普通なら頼りたくなるところだけど……栞咲はそう簡単に「ジョーカー」に頼ることはない。…でも、多少は心揺さぶれるはず)

 どれだけメンタルが化け物でも、緊張や誘惑に微動だにしない人間などいない。

(もうリードを許すのは危険だから、ここからは1ポイントも与えずに一気に巻き返す!)

 莉音が決意を固めた……それも束の間。


「はいっと」


 栞咲が表向きのまま「ジョーカー」を出した。


「……ッ! また……ッ」

 莉音が堪らず非難の視線を向けると、

「お、初めて雹堂さんのそんな表情が見れたかも」

「…ッ」

 冷静さを完全に失ってしまったことを自覚し、莉音は一瞬目を逸らした。

「だってさ、この『ジョーカー』にすごく頼りたくなっちゃうんだもん。……こんな中途半端な精神状態じゃ雹堂さんには勝てないと思ったからさ、いっそのこと派手に捨てちゃえって思って」

「……………」

 栞咲の言葉に、莉音は冷たい表情のまま口を閉ざした。

「ほら、」

 栞咲が気にせず笑顔で言う。

「とりあえず『ジョーカー』出して引き分けに  」

 ダンッ!

 栞咲が言い終わるよりも早く、雹堂がカードを場に出した。

「……ぇ」

 栞咲がそのカードを見て小さく動揺の声を上げた。

 それもそうだろう。

 そのカードは表向きに出されており、そこに描かれた数字は……「3」。


『両者表向きにカードを出したましたのでこの時点で結果が出ます。…勝者、栞咲様。

「ジョーカー」で「3」に勝利したので、栞咲様に「3ポイント」入ります。

 これにより栞咲様のポイントは14ポイント。勝利まであと「1ポイント」となりました』



「………………あーあ、まずいまずい」

 莉音は冷静で、冷血で、冷淡に声を響かせて、栞咲に目を向けた。

 左目の義眼にはもちろん変化はないが、健常な右目は今日一番の揺れ・・を見せていた。


「結構ガチで勢い任せ・・・・に出しちゃったかも…」


 莉音は自分の心臓に手を当てた。


「……でも、なんでだろう」


 莉音はほんのり笑みを浮かべた。


「勝てる気しかしない」



 栞咲紅羽の奇抜な翻弄によって……莉音は、新たな扉を開いた。







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 明日も投稿します。






 

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