第三章:宿敵との邂逅
神崎の予想は的中した。火事は小規模な攪乱に過ぎず、実際の狙いは里の防衛体制を探ることにあった。しかし、用心深く態勢を整えていた伊賀の忍びたちは、甲賀の偵察部隊を迎え撃つことに成功した。
「さすが楓殿! あの判断がなければ、大きな痛手を負っていたかもしれません」
数日後、月影は感嘆の声を上げた。しかし、神崎の表情は晴れなかった。
「いや、これは始まりに過ぎない」
「始まり、ですか?」
「ああ。あれだけの規模の偵察を行うということは、甲賀は何か大きな動きを計画している」
神崎は里の地図を広げ、防衛態勢の見直しを始めた。現代で学んだ戦術と、この時代の地形や戦い方を照らし合わせながら、最適な配置を考える。
そんな時、思いがけない知らせが届いた。
「楓様! 大変です!」
月影が息を切らせて飛び込んできた。
「どうした?」
「甲賀の使者が!」
「使者?」
神崎は眉をひそめた。偵察の後の使者。これは、明らかに何かの前触れだ。
里の会見の間。神崎は長老の傍らに座り、甲賀からの使者を待った。やがて、一人の武士が案内されてきた。
「私は甲賀衆の朱雀。わが主、甲賀弾正からの言葉を伝えに参った」
豪壮な体格の武士は、どこか異質な雰囲気を漂わせていた。その眼光は鋭く、まるで相手の心の内まで見通すかのようだ。
「申せ」
長老が静かに促す。
「わが甲賀は、今や武田信玄公に仕えることとなった。信玄公の命により、伊賀の者たちに通達する」
朱雀は一呼吸置いて続けた。
「伊賀の地は、今後、武田の支配下に入る。これを受け入れ、甲賀の指揮下に付くことを求める」
場の空気が一瞬で凍りついた。
「断る」
神崎は即座に答えた。長老が制止しようとしたが、彼女は構わず続ける。
「伊賀は、何者にも属さない。それが、我らの掟」
「ほう……」
朱雀は興味深そうに神崎を見つめた。
「あなたが噂の楓殿か。確かに、並の者ではないようだな」
「何が言いたい?」
「私からの提案がある。勝負しようではないか」
「勝負?」
「そうだ。もし私が勝てば、伊賀は武田に従う。もし私が負ければ、この件は白紙に戻す」
長老が口を開こうとした時、神崎は静かに立ち上がった。
「受けよう」
「楓!」
長老の制止の声も聞かず、神崎は朱雀と向き合った。
「条件は?」
「一週間後、この里の北の滝つぼで。武器は自由。命のやり取りも」
その言葉に、会見の間に緊張が走る。しかし、神崎は冷静に答えた。
「よかろう」
朱雀は満足げに笑みを浮かべ、立ち上がった。
「では、一週間後に」
使者が去った後、長老は神崎を叱責した。
「軽率すぎる! 朱雀は甲賀一の剣術の使い手。さらに忍術も極めた者ぞ!」
「分かっています」
神崎は静かに答えた。
「しかし、これは避けられない戦い。むしろ、一対一で決着をつけられる方が、里の被害は少なくて済む」
現代での経験が、そう判断させたのだ。組織と組織の全面対決は、必ず大きな犠牲を伴う。それなら、代表者同士の決闘の方が、はるかに理にかなっている。
「準備を始めましょう」
神崎は立ち上がると、稽古場へと向かった。朱雀との決闘まで、残された時間は一週間。現代格闘技と忍術の融合を、更に極める必要があった。
月明かりの下、神崎の影が揺れる。しなやかな動きの中に、必殺の一撃を仕込む。それは、二つの時代の技が織りなす、新たな戦いの形だった。
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