第5話 ヒーローは遅れて現れる

《三人称視点》


 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ!」


 レイピアを握りしめながら、紗菜が荒い息を吐く。

 額から流れ落ちる汗が、赤く灼熱する地面に吸い込まれて、瞬く間に蒸発する。


 辺り一面は、見渡す限り赤。

 燃えさかる炎と、逃げ遅れて地面に倒れ伏した冒険者達から滴る血で、限り無く赤く染まっている。

 そして、その赤い世界に君臨し、紗菜達を睥睨するのは、漆黒のドラゴンだ。


「これほどとは……流石に、想定外です」


 紗菜は、あまりの理不尽に思わず歯噛みする。

 最初のドラゴン・ブレスで、このザマだ。

 Aランクに足を踏み入れた彼女の持てる力を全て注ぎ込んで、ドラゴン・ブレスを切り払い、なんとか生存空間を切り取った。そこまではよかったが、余波だけで彼女の美しい髪と白磁の肌は深く傷付いている。


 真田達に至っては、防ぐこともできずにダウンしている。今、紗菜だけがかろうじて立っている――そんな状態なのだ。

 正直、今すぐにでも逃げ出したい。それに、チャット欄も《逃げて!》というコメントで溢れている。けれど――


(私1人が逃げたとして、今ここにいる人達はどうなるの……?)


 無理だった。

 自分だけ逃げて、まだ息のある人達を見捨てるなど、そんなことはできなかった。


「は、はぁああああああああああああああああッ!」


 砕け散りそうな精神を裂帛の気合いでつなぎ止め、紗菜は駆け出す。

 紗菜を見下ろすドラゴンの下へ、一直線に駆ける。


「スキル――三閃!」


 ありったけの力を込め、レイピアを抜き放つ。

 刀身が光り輝き、三つの剣閃けんせんが踊る。Aランクモンスターをも容易に切り裂く必殺の威力を秘めた斬撃は、ドラゴンめがけて飛んでいき。


 パシュン、と。

 あまりにも呆気ない音と共に、鱗に弾かれて消滅した。


「なっ!」


 愕然とする紗菜。

 そんな彼女へ向け、ドラゴンは虫でも追い払うかのように翼をはためかせる。

 たったそれだけで、弾丸のような突風が生じ、少女の軽い身体を張るか後方へ吹き飛ばした。


「っきゃぁああああああああああああっ!」


 紗菜の身体が後方へ吹き飛び、ダンジョンの壁に勢いよく激突する。


「がっ……げほっ、ごほっ!」


 紗菜は血を吐き、その場に崩れ落ちる。

 たった一撃。それでも、ドラゴン・ブレスを喰らい、満身創痍だった彼女にトドメを刺すには十分すぎた。

 最早紗菜は、指一本動かすこともできない。


『グォオオオオオオオオオッ!』


 雄叫びを上げるドラゴン。

 その振動が、否応なく少女の心臓を締め上げる。


「……あ」


 紗菜の口から、掠れた声が漏れた。

 無理だ、と本能的に悟った。

 このドラゴンは、明らかに次元が違う。工夫すれば勝てるとか、そんな次元をとっくに超越している。コイツは、紗菜を羽虫程度としか認識していない。


 前衛最強職と名高い【剣士フェンサー】である彼女をしてそう思わせる、圧倒的なまでの恐怖。


「や、やだ……」


 紗菜の脳裏に、明確な死のイメージが浮かぶ。

 全身が恐怖に震えているのに、身体が言うことを聞かない。

 殺される。


「た、助けて……誰か」


 絞り出すように、紗菜は呟く。

 、悪いことばかりだ。

 現実から目を背けるように逃げてきたダンジョンで、私は今死に目に会っている。

 誰も助けに来ないことをわかっていながら、それでも。僅かな希望にかけて。

 そんな彼女の願いを踏みにじるかのように、ドラゴンがあぎとを開く。


 漆黒の喉の奥に、灼熱の炎が充填じゅうてんされていく。

 やがて、眩いばかりの炎が視界を満たし、へたり込む紗菜めがけて放たれた。


「誰か、助けてぇええええええええ!」


 その言葉が口を突いて出た瞬間、途方もない赤が少女の身体を飲み込――まなかった。


「……え?」


 紗菜は、思わず呆けた声を上げる。

 何が起きたのか、わからなかった。ただ一つ、、目前に迫っていた灼熱の炎が、ろうそくの火を掻き消すように消え去ったのだ。


(不発……?)


 一瞬そう思うのが、ドラゴンの方が信じられないとばかりに目を見開いているから、すぐに違うと悟る。

 では、今のは一体?


 と、そのとき。ドラゴンがとばかりに、そちらを睨みつける。つられて、ドラゴンの向いた方向を見た紗菜も、驚きに目を見開いた。


 いつの間にか、1人の少年がそこにいた。

 手には、未だ銃口から硝煙の立ち上る、一丁の古めかしい古式回転弾倉拳銃――パーカッション式リボルバーを持って。


「ふぅ……なんとか間に合ったな」


 少年は、安堵したように呟く。


「あ、あなたは……!」


 紗菜は、目を疑った。

 最弱職の【銃士ガンナー】がそこにいたから、ではない。より目を惹いたもの。

 何せそこにいる少年は――彼女自身、よく知る人物だったのだから。


維莢いさやくん!?」

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