第4話 共鳴する心



体育館に満ちる漆黒の靄。その中心で膝をつく織田の姿が、闇に飲み込まれそうになっている。


「織田の心に、影が入り込んでる」

藤堂先生が状況を説明する。「このままでは、彼の感情が完全に歪んでしまう」


陽は『共感の刻印』を握りしめた。カードが示す織田の感情が、徐々に見えてくる。


得意のシュートが決まらない。レギュラーになれない。努力が実らない——。そんな負の感情が、渦を巻いている。


しかし、その奥に小さな炎のような光も見える。バスケットを心から愛する気持ち。一生懸命な想い。


「翔!」陽が叫ぶ。「織田の周りを頼む!」


「任せろ!」

翔の『守護の刻印』が黄金色に輝き、織田を中心に光の防壁が展開される。闇が一時的に押し戻された。


その隙を突いて、陽は織田に近づく。しかし、その時、思わぬ事態が起きた。


「おや、二人の『刻印使い』か」

どこからともなく、低い声が響く。影の中から、黒いローブを纏った人影が浮かび上がった。


「影使い...!」

藤堂先生の虹色の靄が、まるで警戒するように波打つ。


影使いが右手を翳すと、織田を包む闇がさらに濃くなる。彼の表情が苦痛に歪む。


「人の心など、操るだけの玩具だ」

影使いの声に嘲りが混じる。「この少年の負の感情も、『器』の糧となる」


その瞬間、陽の懐中時計が強く反応した。文字盤に浮かび上がる模様が、『共感の刻印』と共鳴する。


(そうか...!)


「翔、もっと近くに!」

陽の声に、翔が頷く。防壁を保ちながら、三人の距離を縮める。


陽は懐中時計を左手に、『共感の刻印』を右手に掲げた。

「織田の心に...光を...!」


二つの刻印が呼応し、眩い光が放たれる。その光は、まるで織田の心の中に直接飛び込んでいくかのよう。


光の中で、様々な映像が浮かび上がる。


早朝の体育館。誰もいない時間に、黙々とシュート練習を重ねる織田の姿。

失敗しても、諦めない心。

バスケットボールを愛する、純粋な想い。


「これが...織田の本当の心...!」


陽の叫びと共に、光が爆発的に広がる。影使いが思わず後じさる。


「バカな...この力は...!」


闇が薄まっていく。織田の周りに、情熱の赤い光が広がり始めた。


「な...何が...」

織田が目を開ける。その瞳に、かつての輝きが戻っていた。


影使いは最後にこう言い残して、闇の中に消えた。

「『心の古代文字』の力とは...まさか...」


体育館に静けさが戻る。夕陽が窓から差し込み、床に三人の影を落としていた。


「よくやったわ」

藤堂先生が二人の肩に手を置く。「でも、これは始まりに過ぎないわ」


陽は懐中時計を見つめた。文字盤の古代文字が、まだかすかに光を放っている。水無月神社の方角を指し示すように。


「先生」陽が決意を込めて言う。「もっと、教えてください」


夕暮れの体育館に、新たな決意と共に、三人の物語が動き出そうとしていた。

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