もう魔王とかどうでもよくね
あんのんへいや
もう魔王とかどうでもよくね
「なんか冷めたわ」
十中八九、魔王が鎮座しているであろう禍々しい扉の前で、勇者の男は言った。
「もう魔王とかどうでもよくね」
これには一同絶句、女僧侶が慌てて問い質す。
「何を言い出すのです、勇者様! これまでの苦労をお忘れですか!?」
戦士の男も僧侶の意見に加勢する。
「そうだゼ! ここまで来てそれはないダロォ!」
二人に詰め寄られながらも勇者は到底勇者とは思えない無気力さを見せた。
「ここまで頑張りすぎたんだ。飽きたよ、俺」
「そんな……! 勇者様の一人称が『僕』から『俺』に!?」
「そこじゃねぇダロ、僧侶! 落ち着ケ!」
狼狽える僧侶を後衛に置いて、戦士は衝動のまま勇者に掴みかかる。
「おい勇者! いきなり腑抜けてどうしタ! 世界の闇を斬り払うっていうお前の使命はどうすル! まさか、いざ魔王を目の前にして怖気づいたんじゃねえだろうナ!」
「そうじゃないさ」
「だったらどうしてダ!」
「……うまく言えないけど、燃え尽きちゃったって感じ」
「ナンダト!?」
ふざけた回答を聞いて戦士は拳を握る。が、歯を食いしばって自制した。
高ぶる彼を見ても勇者は顔色一つ変えない。
「世界中を回って色んな景色を見て、たくさんの恐ろしい魔物を倒して、大勢の人との出会いと別れを繰り返してさ、もう何人分の人生だよっていうくらいの経験を積んできた。そこから魔王討伐ってさ、パンチがないよ」
「あのな、そういうもんじゃねぇダロ! 勇者としての役目を全うしろヨ! 後はな、残すところ魔王だけなんだヨ!」
「そうですよ。ここで魔王を倒して、世界の平和を取り戻すのです!」
勇者の背後から僧侶が優しく、それでいて力強く諭す。
「さぁ行きましょう、勇者様。私たちならきっと勝てます」
戦士も勇者の胸ぐらから手を離してゆっくりと頷く。
これが仲間の絆、だ。
「……いや、そりゃ勝てるでしょ」
勇者はたまらず吹き出した。
「オマエ、まだそんなフザケた事を……!」
「俺らは強くなりすぎた」
「だからって、相手はあの魔王だゾ。一筋縄ではいかないハズ!」
「奴の配下を思い出せ。底が知れてるよ」
「それはわからナイ!」
「大体分かる。それに戦士、お前ひとりでも魔王の右腕を倒してたじゃん」
「あ、あれは……」
「あれめっちゃショックだったわ。それまでは俺もギリギリ勇者の演技やってたのにさ。雑魚倒して次の部屋に行ったら、丁度お前があの魔術師を殴り倒してるんだもん」
「あれは苦しい戦いダッタ……」
「嘘つけ。笑いながら馬乗りになってボコボコにしてたじゃん」
「おらおら反撃してみろヨ!」あの時の自分が発していた煽り文句を思い出し、戦士は返す言葉もなく後ずさる。
「つか、みんな戦ってんのに、なんで戦士だけ次の部屋に行ってたのさ」
「そ、それハ……」
「もしかして、魔王の城だからテンション上がっちゃったとか」
「子どもじゃあるまいしィ!」
「一人で活躍して実力を見せつけようとしたとか」
「だだだ、断じて違うゾ!」
「目立ちたがり屋め」
「違うもん違うもんンンィィ!」
「だってありえねぇじゃん。他のみんなは魔物の大群と戦ってたのに……」
二人の間に僧侶が割って入る。
「まぁまぁ、どうか落ち着いてください。戦士さんも悪気があって魔術師を倒したわけでは……」
「魔王の側近を倒す悪気ってなに。それに僧侶も度を超えてたよ」
「な、なんでしょうか」
「味方への回復魔法が強力すぎる」
「それのどこが問題なんですか」
「回復魔法を使うまではいいけど、毎秒はダメでしょ。僧侶が継続して味方全体を治癒してくれるもんだから、痛みを感じる前に傷が塞がっちゃってたもん」
「私は皆さんのためを思って……」
「あそこまでやったら、もはやマナー違反だよ」
「マナー!?」
「敵の魔物たちも投げやりになっていたからね。しかもそれが無尽蔵ときた。いつ魔法が途切れのかなと思って待ってみたけど、全然途切れないし」
「戦闘中にいきなり棒立ちを始めたのはそういう事だったのですか! 電池でも切れてしまったのかと思いましたよ!」
「電動式勇者ってなんだよ」
寄り道の多い旅の結果、とても残念なことに勇者一行はこの上ない実力を身に付けてしまったのだった。
「けどさ……それだったら勇者も良くないゾ」
「なにが。俺は悪くねぇ」
膝をついていた戦士が反撃に出る。
「お前が今持ってる装備を見てみろヨ」
「……最強の装備だな」
「せめてこういう場面では空気を読んで代々受け継がれし勇者の剣くらいは持とうゼ」
「あれ型落ちだし……」
「だからって売却はないダロ! どこの誰とも知らない旅商人のおっちゃんにィ!」
「あんまり高く売れなかった」
「そりゃそうだロ! まさか勇者が本物の勇者の剣を売りに出すなんて思わなかっただろうからナ! てか安いと思ったならそのまま売るなヨ!」
勇者はムッとする。
「物の価値は、値段じゃねえ……!」
「どの口が言ってんダ! ムッとすんなヨ! メッてするゾ!」
「もっと上手い返しあるだろ」
「それはスマン。だけどな、売剣奴はもう勇者じゃねェ!」
勇者はムッとする。
「勇者の魂までは、売ってねぇ……!」
「そもそも売れる魂が無いんだろうガ!」
戦士のヒートアップボイスが薄暗い魔王城の廊下に響く。
もう手が付けられない。
あわあわする僧侶に代わって、他の仲間たちが各々声を上げた。
「ねぇまだ~?」「はやく魔王ぶっ殺そうぜ!」「準備万端だ!」「アバレサセロ、ズットウズウズシテンダゼ」「いつまで喋ってんだよ」「金目のものは?」「メイクヤバ、チョベリバ~」「きゅっきゅきゅ~」「魔法ならボクにお任せ~」「黙れよ」「日が暮れる前には帰りたい」「てか勇者ってどいつ?」「勇者俺だよ」「何か面白いこと言って」「空気薄いな」「魔王ってなに」「筋トレしよっかな」「ワシの得意技はアンチエイジングじゃ」「にしては老けすぎだニャ」「俺の新しい技を見ろ!」「それワイも使えるよ。古いね」「私の計算によれば、魔王に勝てる確率は99%」「イッパーで負けんじゃん」「てか今から何すんの」「早くしてくれないかな。私も暇じゃないんだ」「だったら帰れ」「慌ててる僧侶たん萌え~」「我の刀が敵を切りたいと言っている」「切りたい」「そうさ、俺は狂っちまったのさ」「まずは落ち着け」「ワンワン!」「誰の犬だよ」「ワン、犬は飼い主がいないといけないのですかワン。それは人の驕りでは」「あたしエルフだし」「友達募集ちゅ~。オレマジ陰キャなんで優しくしてくれ~」「なんか始まんの?」「とりま、うちらで連絡先交換しとく?」「てかこれ本当にファンタジー?」「飽きた」「どうでもいいから早く」などなど
勇者はハァっと溜め息を吐いた。
「……人、多くね」
「多い方が心強いダロ」と戦士。
「状況分かってない人の方が多いじゃん」
「フシギだな」
「明確だよ。仲間の誰かが俺らの知らない人を呼んで、さらにその知らない人が俺らの知らない人呼んでんだよ。これじゃあ、どっちが魔物か分かんないよ」
「主催者なんだからどうにかシロ」
「そういうパーティじゃねぇんだよなぁ……」
もはや魔王城観光ツアー状態。
どう収拾をつけたら良いかと悩む勇者に僧侶が言う。
「もう魔王を倒しに行きませんか」
「僧侶……」
「せっかくここまで来たんですもの、記念に」
「記念って……僧侶ももうどうでもよくなってないか」
「はい、どうでもいいです。最後はここにいる全員で、魔王の首を片手にダンスでもしましょうか」
「怖」
不気味に笑う僧侶を前にして、勇者は久しぶりに恐怖というものを感じた。
(こんな気持ちはいつぶりだろう……)
一人で故郷を旅立った時の、あのドキドキ。
新しい仲間との出会い。
力を合わせて敵を倒した時の感動。
(俺……僕は、いつの間にか忘れてしまっていた)
冒険の途中、勇者の剣を凌ぐ無敵の剣を手に入れた時から、勇者は徐々に変わってしまったのだ。
(僕は勇者の魂を売っていたんだ……)
手放したものの重みが今になって分かった。
残ったものと言えば、ここにいる烏合の衆だけ。
この人たちは、勇者を知らない。
魔王との戦いを前に、勇者は目の前が真っ暗になった。
(今の僕は、誰なんだ……)
「もういいだろ、勇者。さっさと行こうゼ」
飽きれつつも温かい戦士の声。
「ほら、僧侶もダ。もういいダロ」
「ふふ、そうですね。少しふざけ過ぎました」
僧侶は普段と同じく穏やかに笑う。
「さぁ行きましょう、勇者様。私たちならきっと勝てます」
これが仲間の絆だ。
(……! そう、だよな……!)
ここからだ。ここから、また勇者になろう。
勇者は先頭を歩く。
「さぁ、行こう」
そして、魔王の間へ続く扉を押し開けた。
「……誰もいない?」
紫の深い霧が漂う暗き謁見の間。
魔王と思しき存在どころか、魔物一匹いない。
罠かと思われたが、一切の気配を感じなかった。
「あ、あれを見て下さい!」
僧侶が指さす。
玉座の前に立札があった。
警戒しながら近付き、文面を読む。
『勇者御一行様、遠方よりご足労いただきありがとうございます。
生憎この度、我は魔王の職を辞す運びとなりました。
討伐を心待ちにしておられた皆様に深くお詫び申し上げます』
「どういうことダ!」
「まさか魔王も待たされている間にどうでもよくなっちゃったのか?」
「それは分かりませんが、これはつまり……」
長きにわたる支配の時代が終わりを告げた、ということだ。
世界に平和が訪れたのだ。
「素直に喜べないけど、やったぜ、イェイ!」
勇者はエビ反りになって跳び上がる。
他の者たちもよく分からないまま歓喜した。
この後、この謁見の間にて勇者主催ダンスパーティーが開催されたとか。
めでたしめでたし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます