下等生物ちゃんの大きな寝床と、小さなお家
下等生物は、眠っているのが好きです。白炎の龍種様の御許では、たくさん構っていただけた後など、よく眠っていました。なかなか構っていただけなくて、暇を持て余していた時等も、よく眠っていました。眠っている間は、さみしい気持ちを忘れることができますし、夢の中では遊んでいただけることもあります。たくさん構っていただいた後の幸せな気持ちのまま眠れば、次に起きるときまでずっと幸せなままです。
ですから下等生物は眠っているのが大好きで、その分眠りにはこだわりもありました。白炎の龍種様が住まわれているのは洞窟の中で、その所有物である下等生物も同じ洞窟の中に住んでおりました。洞窟はいつだって涼しくて、貧弱な体しか持たない下等生物には、少しだけ寒すぎる空間です。ですから、下等生物が何も考えずに眠っていると、体を壊してしまいます。なので、下等生物は考えました。
白炎の龍種様は、その呼び名の通り白い炎を自在に操る偉大な龍です。白い炎は赤い炎よりも熱くて、その操り手たる白炎の龍種様は、温度調節の専門家とも言えるでしょう。そしてあのお方はいつだって下等生物に優しくて、下等生物が近くにいるのを見れば、過ごしやすいように暖かくしてくださいます。
そう、暖かくしてくださるのです。お傍にいれなければ、ただ震えながら眠るしかない下等生物が、とても気持ちよく眠ることができるのです。初めてその事に気がついたとき、下等生物は驚きすぎて、眠ることができなくなってしまいました。だって、白炎の龍種様が下等生物のために温度調節をしてくださるということは、貴いあのお方を煩わせることになります。下等生物の“快”という些細なことのために、ご迷惑をかけてしまうことになるのです。
不出来とはいえ、下等生物はあのお方の所有物ですから、あのお方の恥にならない程度には品性が必要になります。下等生物が無様を晒すのは、所有者の顔に泥を塗る行為なのです。なので、下等生物には自立心と自制心が求められており、下等生物の中に生まれた“気付き”は、それに背く行為でした。下等生物ごときが主のことを空調として利用するなど、許されるはずのない行為でした。考えてしまったこと、思いついてしまったことを知られただけで、“折檻”を受けるに値します。
なので、下等生物は気が付かなかった振りをします。思いつかなかった振りをして、これまで通りを装います。下等生物は良い子で、おかしなことなど考えていない。そう思っていただけるように行動します。そうしますが、やはり下等生物の小さな頭では白炎の龍種様に隠し事などできるはずもなく、簡単に暴かれてしまいます。いつものようにあのお方の食べ残しを餌としていただいた際に、胸の内を言語化されてしまいます。
『下等生物風情がこの私に隠し事を出来ると思うな。罰として、私の目の届かぬところで眠るのは禁止する』
この私に秘密を作れるなどと思うな。下等生物のことをジッと見ながらそう仰った白炎の龍種様は、呆れたように寝床を持ってくるよう続けます。下等生物が、餌をいただいた後すぐに眠くなってしまうとご存知だからです。
白炎の龍種様を眠りのために使うなど恐れ多いという気持ちと、そのお心づくしを拒絶する申し訳なさが下等生物の中でぶつかって、一瞬の均衡もなく後者が勝ちます。あのお方のお心と比べれば、下等生物のちっぽけな配慮など塵のようなものです。ですからお言葉に甘えて、あのお方に作っていただいた寝床を移動させます。大きな寝床を一生懸命引きずって、少しずつ動かします。下等生物の寝床は、下等生物が一人で動かすには少しだけ大きすぎるので、場所を変えるのは大変です。しかし、今は大きすぎて大変でも、もう少し大きくなったら自力で動かすのも簡単になると、あのお方は言っていました。優しいあのお方が下等生物の将来まで考えて作ってくださったのだと思えば、その大変さは嬉しいものになるでしょう。
しばらく寝床を動かすことに苦戦していると、しびれを切らした白炎の龍種様が下等生物のもとにやってきて、軽々と寝床を動かしてくださいます。一人では何も出来ない非力な下等生物とは異なり、あのお方はなんでもご自身ですることが出来るので、出来が悪い下等生物の無駄は好ましくないのでしょう。一所有物の身としては、何一つお役に立つことが出来なくて、ご迷惑をかけてばかりなのが心苦しくはありますが、あのお方は下等生物が不出来を詫びても“下等生物に何かを求めてはいない”と言って慰めてくださいます。ありのままの下等生物を受け入れてくださる、その懐の広さもまた、下等生物がお慕いしている理由の一つです。
そうして、白炎の龍種様に移動してもらうことで、下等生物の寝床はあのお方の近くになります。あのお方が普段いる場所は、大切に保管されている宝物の近くであり、その中にはうっすら光を放つものも混ざっています。そのほのかな光と、あのお方の温かさのおかげで、下等生物はいつも安心して、眠ることが出来るのです。温かさを感じることは、すぐそばにあのお方を感じるということですから。
つまるところ、下等生物のこだわる“大好きな眠り”とは、白炎の龍種様のもとで、その存在を身に感じながらつくもので、目を覚まして直ぐにあのお方のお姿を見ることができるもののことです。
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下等生物が戦士の皆様によって白炎の龍種様の元から連れ出されて、しばらくすると森を抜けます。森の中の生き物たちは、か弱い下等生物では自衛するのが精一杯なものばかりなのですが、戦士の皆様はあのお方に認められるだけあって、自分たちだけで対処されていました。あのお方の元にたどり着いたのですから、当然と言えば当然の結果なのでしょうが、実際に自分の目で確認するとなるとやはり驚いてしまいます。その生き物たちがどれだけ恐ろしいものか知っているからこそ、下等生物とおなじ
戦士の皆様とともに行動をしている下等生物にできることは、たんく様の後ろに隠れて、邪魔にならないように震えていることだけです。本来なら、皆様の最前に立って戦いを安全にすることが役目なたんく様を、一番後ろに連れて行って、守ってもらっているだけです。足でまといとは、下等生物のような生き物を、生き方を指すのでしょう。せめて放っておいていただければ、ただ自身の無能を自覚するだけで済むのですが、下等生物のような“かよわい存在を、こんな危険な場所で護衛もつけずに連れ回すことは出来ない”らしいので、下等生物は無能感のみならず、罪悪感まで抱く必要があります。その事が心苦しくないといえば嘘になりますが、下等生物のような無力な存在には、自らの意思を主張する権利すらありません。心の中で謝ることしか、許されておりません。
本当なら、下等生物だって自衛くらいできます。森の生き物たちから攻撃されても、逃げることくらいはできます。自分が攻撃されていることにも気がつけず、反応できないままやられてしまうような無様は晒さないのです。けれど、下等生物がそう伝えても、皆様に信じていただくことはできませんでした。そのような危険を犯す真似はできないと言って、下等生物を守られました。
守られることが嫌だというわけではないのです。白炎の龍種様の元にいた頃から、下等生物は常に守られていましたから。誰かに、自分より優れた方の庇護下に収まるのは、下等生物の生き方そのものです。ですから、それ自体は構いません。けれど、下等生物だって生き物ですから、なるべくなら自分の力で頑張りたいという思いがあります。もちろん下等生物の思いなど皆様の決定に比べれば塵のようなものなのですから、一度拒絶された以上、それ以上に主張するような真似はしません。……けれどその時、少しだけ、ほんの少しだけ、下等生物は寂しかったのです。
そんな下等生物の胸中はそのままに、森を抜けた皆様は、下等生物の目から見ても明らかなほど気を緩めました。森の内外では生き物自体の厄介さが変わってくることと、視界が開けたことで周囲に気を配りやすくなったことが理由だそうです。下等生物も、ただ真ん中で守られるだけではなくて、普通に歩くことを許されました。皆様に従属している下等生物がお隣を歩くのは気が引けましたが、そうするように言われたらその通りにするしかありません。下等生物に許されていることは、それしかありません。首輪で繋いで引っ張ってもらうことは、もうできないのです。
後ろを歩きたくなる気持ちを我慢しながら、もうしばらく歩きます。すると、進行方向に見えていたなにかの塊が、少しずつ大きくなっていきます。どんどん大きくなっていって、そこにたどり着く頃には、視界に入り切らないほどの大きさだとわかります。そこに着いたら、目の前にあることすら上手く認識できなくなる、山のような大きさには及びませんが、白炎の龍種様のお住いよりは広いことがわかります。
「君は、きっと街に来るのは初めてだよね。ここが、あの上位種達の国に一番近い人間の街だよ」
“人間”というのが、下等生物の同族たちを指しているのだということは、下等生物も理解しています。そして、そんな人間の街は、つまり上位種様達のお力添えなく作られたのだということも。上位種様たちとは異なり、下等生物たちは、人間は非力な存在です。ですから、そんな人間だけで作った街の存在を聞いても、大したものではないだろうと軽く考えていました。上位種様たちと比べてはるかに短命な種族にできることなど、作れるものなど、たかが知れてるだろうと。
そんな下等生物の想定は、侮りだったのでしょう。自分と同様の生き物たちに、そんな能力があるはずないと考えていたのですから。同族というだけで、下等生物ごときと同じものだと考えたのですから。酷い侮辱です。名も与えられていない下等生物と、名を持つ人間たちを同列に並べたのですから、命を持って贖っても足りません。
人間とはここまで大きなものを作れるのだ。自身の種族には、それだけの可能性が存在するのだ。その事実は、下等生物にとってとても眩しいものでした。自分ももしかしたらと、淡い期待を抱いてしまえるくらいのものです。一言で言えば、下等生物は大変感動しました。
そのことを、剣士様に伝えます。とても立派な建造物への感動を伝えます。例えそれが、上位種様たちなら簡単に壊してしまえるものであれ、動物から身を守る分には十分なものでしょう。上位種様たちは基本的に国から出ませんから、周囲の動物たちから身を守ることが出来れば、縄張りの確保としては問題ありません。
下等生物の言葉を聞いて、なぜか苦笑いする魔法使い様に手を繋がれて、街の中に連れていかれます。街の周囲を覆う壁に、扉があって出入りできるようになっていたのです。ただ頑丈なもので囲むだけでは、出入りが不便ですから、それを解消するためのものでしょう。貴種様である、“背悦の娼婦“様や、“渡界の稀人”様のお住いにお邪魔したことがある下等生物は、下等生物のような“人間”の形をした生き物が、どのような居住環境を好むのか、朧気ながら理解しております。屋根と、壁とに囲まれた空間を、家と呼ぶのだと知っています。
街の出入口で、剣士様とたんく様が、知らない“人間”となにやら問答をしています。途切れ途切れに聞こえる、“龍”とか、“奴隷”とか、“保護”なんて言葉が気にならないといえば嘘になりますが、下等生物の手を握っている魔法使い様と、もう片方の手を掴んだひーらー様が、そちらから下等生物の意識をそらそうとしていらっしゃるので、あまり聞かない方がいいことなのでしょう。下等生物の方を指して話していることから、会話の内容が下等生物に関するものだということはわかるので、とっても気になります。けれど、下等生物は立派な“物”ですから、所有者の意思を汲んで素直に従うことができます。もちろん、直接伝えてくだされば、どれだけ気になることでも聞かずにいることが出来ます。所有物として、当然の行いです。
魔法使い様とひーらー様に誘導されるまま意識を逸らしていると、しばらくして笑顔の剣士様がやってきます。なんでも、下等生物を街に入れる許可が降りたのだそうです。そして、入街手続きのために、下等生物自身が話す必要があるのだとか。
「いくつか確認させてもらう。名前と、年齢と、犯罪歴の有無。あとはこれまでどこにいたかだ」
剣士様たちと話していた人間、“門番”様は、同情の色が伺える表情で下等生物に問いかけられます。ご質問の後、すぐにその問いの意図を噛み砕いて説明してくださったのは、それが形式的な問いであり、下等生物が理解できないかと考えたからでしょうか。“お名前教えてね、年はいくつ?悪いことしたことある?どこからきたの?”と幼子扱いされるのは、少し複雑ですが、下等生物は最初の質問である名前すら持たない身です。幼子ですら持っているはずのものを持っていない出来損ないには、その程度の対応で問題ないのでしょう。
ひとまず、名前はないと伝えて、白炎の龍種様から聞いたことのある、下等生物を拾ってから季節が何周したかを数えます。犯罪歴、悪いことといえば、下等生物風情が今こうして皆様のお手を煩わせていることがそれに部類されるのでしょうが、そんなことはわざわざ伝えるまでもなく、皆様もわかっているはずです。これまでいたところは、白炎の龍種様の御許です。
そうやって、聞かれたことに応えると、門番様は困ったようなお顔になりました。そうして小さく内容を呟きながら、手元の紙に何かを記入されます。名前は不明で、出身地も不明、犯罪歴は無し。そういうことになったらしいです。事実とは少し異なる内容ですが、隣の剣士様が何も言わないので、それでいいのでしょう。下等生物のことが正しく伝わり、記録されることは、それほど重要ではない。そういうことです。
少しだけ悲しい気持ちになりながら、街の中に入ります。“名前がないのは不便だから早めにつけた方がいい”と門番様に言われ、見送られます。門番様は今“お仕事”の途中で、まだ続ける必要があるらしく、ここでお別れだそうです。
街の中には、たくさんの人がいました。数えることも出来ないくらい、たくさんの人です。“不枯の群虫”様と比べれば、さすがに数が劣るでしょうが、数えられないという意味では同じでしょう。そしてそんなたくさんの人ぴとは、まるで周囲の動きを全て把握しているかのように、各々が目的の方向に進みます。下等生物では、とてもできないことです。
次から次へとすれ違う人々の顔を見ながら、不思議と気分が悪くなってしまう下等生物を連れて、戦士の皆様は一つの建物の前に着きます。移動の速度は、白炎の龍種様に“おさんぽ”していただいた時よりもずっと遅いのに、体調が悪くなりました。途中からはたんく様が、下等生物を運んでくださって、そのおかげで下等生物は無事に目的地に着けます。
その建物、皆様の住んでいるというその家は、周辺に並んでいるそれらと似たような見た目であり、下等生物にとって判別は容易でありません。“物”としては大変情けない話ですが、今町の外に連れていかれて、この家にたどり着けと言われたら、きっと何日経っても戻って来れないでしょう。それだけこの街は広くって、同じような建物が沢山並んでいます。
下等生物の知識、認識では、一つの家には住む生き物は一つだけです。もちろん、番であれば住居を共にすることも知っていますし、血縁等、何かを同じくした共同体が集まって住むことも知っています。けれど、それは多くの場合同族で集まるものであり、この街自体のようなものです。そこから更に分化して家を持つのであれば、各個人ごとのものだと思いました。けれど、皆様は揃って同じ家を住居だと言います。そして、ここが下等生物にとっても新しい家なのだと。
下等生物は考えます。下等生物の視点から見て、皆様は大変良好な関係を築かれています。しかし、血を同じくする“家族”だとみなすには、容貌に共通項が少なく見えます。もちろん下等生物が人間を知らないだけで、よくわかっているものから見れば十分に似ている可能性も否定はできませんが、下等生物にはそうは見えませんでした。なので異なるという前提で考えると、やはり皆様の関係性が分かりません。関係性が分からないということは、つまりその所有物である下等生物自身の立ち位置も分かりません。
それは、とても不安なことです。所有者がわかっているうちは、下等生物の帰属先が定まっているうちは、誰の言うことを聞けばいいのかが簡単にわかりました。周囲から相違ある内容の指示を受けた際に、誰の言葉を優先すればいいのかが決まっていました。その、当たり前だと思っていたことが、どれだけ安心できるものだったのかを、下等生物は失って初めて知りました。
「誰の言うことを聞けばいいのかが分からない?……誰に聞いてもいいけど、僕らの中で1番マメなのはマリアだから、彼女がいいんじゃないかな」
剣士様に質問すると、少し困ったようにしてから、ひーらー様のお名前を言われます。下等生物のような下の存在がお名前を呼ぶのは失礼になりますので、声に出すことはありませんが、自身の所有者のお名前はしっかり認識しているのです。お互いの名前を気軽に交わす人間の文化は、名を秘すべきものとする貴種様や上位種様たちの文化に慣れた下等生物にとっては違和感のあるものですが、認識できることに変わりはありません。
そんな、名前に対する認識の違いはさておき、下等生物はひーらー様に従えばいい、ということがわかりました。わかりましたので、早速お時間をいただきにいきます。下等生物がひーらー様のお時間を使うなんて、とても失礼な行いであることは百も承知ですが、この家で過ごす正解を知らぬままご無礼をを働いてしまうこともまた、所有物失格の行いです。また、これは下等生物の個人的な欲にはなりますが、下等生物の“しつけ”がなっていないと思われて、白炎の龍種様の管理能力が疑われることは許容できません。下等生物が心よりお慕いしているあのお方の評判に、傷をつけたくありません。
なので、下等生物はひーらー様に、自身がどこで眠ればいいかを聞きました。下等生物は不出来なので、長い時間活動するとすぐに眠くなってしまいます。そして、眠る時は決められた寝床で寝なくてはなりません。
「たくさん歩いたから、つかれちゃったんだよね。ちょっとまってて、沐浴の準備をするから寝る前に済ませちゃおう」
下等生物が質問すると、ひーらー様は答えてくれます。そして、一度部屋から出たあとに、何かを持って戻ってきます。
戻ってきたひーらー様に手を引かれて、連れていかれたのは水場でした。背悦の娼婦様や、渡界の稀人様のお家にあったものと一緒であれば、そこはお洗濯をする場所です。そして、ひーらー様は下等生物に服を脱ぐように言いつけて、水瓶から掬った水で、手拭いを濡らします。
下等生物の服は、白炎の龍種様からいただいたものでした。他の貴種様、人間の形をした貴種様たちから、もっといいものをあげると言われたこともありますが、下等生物にとっては所有者であるあのお方からいただいたものが最上のものですので、ずっとそれを着ていました。もちろん、大きさが合わなくなったら交換もしていただけましたし、汚れたらお洗濯もしました。使い続けるうちによれてきたり、ほつれてきたりもしますが、下等生物にとってはそれもまた、愛着を深めさせるものです。
ですから、ひーらー様が“こんなボロボロなものを……”となにか思うところがありそうな様子で言っていたことには、少し複雑な気持ちになりましたし、新しい服を着替えとして出された時には、少し寂しい気持ちになりました。ほかの貴種様たちのご反応から、人に近い感覚ではそれが当たり前のものだとわかっていても、嬉しいかどうかは別問題ですから。
そうして服を脱ぐと、下等生物が身に残るのは、貴種様方からいただいた“印”だけになります。下等生物のことを特にかわいがってくださった方たちの、ご寵愛の証です。白炎の龍種様からのものは、一番目立つ首元に。他の方たちからは、服で隠れる内側にいただいたそれを見て、ひーらー様は驚かれました。とても驚かれて、下等生物の体に刻まれたそれらのことを、他の皆様に話しても良いかと確認されます。もちろん、下等生物は皆様の所有物ですので、良いかと聞かれてだめだと答えるようなことはいたしません。
余程下等生物の体に驚いたのか、心ここに在らずといった様子のひーらー様に教わりながら、体を清めます。身に溜まっていた汚れが取れて、清潔になったことを実感します。そして、ひーらー様に渡された新しい服を着れば、なんだか落ち着かない気分です。
落ち着かない気分ですが、それが気にならなくなるくらいには、下等生物は眠たくなっていました。元々そうだったのですから、体を清めたところで変わりません。冷たいお水が触れた時には、少しだけびっくりして頭が冴えましたが、そんなのは一瞬のことです。下等生物の頭は冴えてなどいないので、すぐに眠気が帰ってきます。
今にも途切れそうな意識で、ひーらー様に手を引かれます。自立して動けないなど、所有物としてはあるまじきことですが、できない時はできないのです。下等生物には、上位種様たちのような、随意的に生理的欲求を制御する能力は備わっていないのですから。
そうして連れていかれた先は、小さなお部屋です。下等生物を縦に3人も並べれば、壁から壁に届いてしまうような狭いお部屋です。そのお部屋には、寝床が用意されていました。あまり大きくなくて、誤解も寝返りをうてば落ちてしまいそうですが、それが眠るための場所だということはわかります。以前、貴種様の“抱き枕”をさせていただいた時に、同じような場所で寝たことがありますから。
ひーらー様から、寝るのであればここで寝るようにと言われます。そして、自分たちは話さないといけないことがあるといって、下等生物は置き去りにされます。誰もいない部屋の中で、寝床だけがあります。寝床と、下等生物だけが、そこに置いてあります。
下等生物にできることは、その寝床にはいることだけです。お布団にくるまって、少しずつ温まっていくのを待つことだけです。
そこで目を閉じながら考えていたのは、これまでの幸福な眠りのことでした。下等生物が大好きな、白炎の龍種様の御許での微睡み。あのお方をすぐ近くに感じられる、あの温かな幸せ。それと比べて、一人の今が寂しいと感じてしまうのは、きっと下等生物のわがままなのでしょう。
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