1本の薔薇からはじまる恋心
砂坂よつば
第1話 差し出された薔薇
仕事が終わるのはだいたい20時頃だ。ゆりねはいつもより疲れ切っていたのか、ブツブツと独り愚痴を溢しながら歩いていた。
ゆりね「ともき君のお母さん閉園時間とっくに過ぎてんのにずっと園内で他のお母さん方と話すのやめて欲しいわ。私達の帰りが
不意に周辺にいる人々の視線を感じる。ゆりねに向けられた視線は不審者を見る目だった。恥ずかしくなって近くの商店街に走って逃げ込んだ。
ゆりね「あかん、またやってもうた」
ゆりねの独り言は他人が聞き取れるほど大きめの声らしく、同じ保育士で働く先輩から「園児達に影響出るからやめなさい」と注意を何度も受けたことがある。
下を向きとぼとぼと商店街の中を歩いていると目の前に1本のピンクと白の複色薔薇を差し出す男性が現れた。
男性「はい。どうぞプレゼントです。」
ゆりね「え、あ、おおきに」
困惑しながらその薔薇を受け取るゆりね。顔を上げてその男性を見る。白いカットシャツの上から紺色のエプロンを身につけ、すらっとした長身で黒縁メガネをかけた少し白髪混じりの男性がゆりねを見下ろしていた。
男性はゆりねが薔薇を受け取ると––––。
男性「またね」
と言って笑顔で手を振り店の奥へ入って行く。男性が去った先を見ると壁に【フラワーショップ
ゆりね「花屋?さっきの……この店の人なんかな」
今後は小声で呟いた。手にした1本の薔薇を持ち、そのまま商店街を通り抜けしばらく夜道を歩きゆりねは自身の住むマンションに着いた。
食器棚から100均一で購入した透明のアクリルコップに少し水を入れ花屋からもらった薔薇をそこに生ける。そして花瓶に見立てたコップをテーブルの中央に置く。
それだけなのに部屋の雰囲気がガラリと変わり、ゆりねは薔薇を眺めて微笑んだ。
翌日の仕事の帰り道再び商店街を通る。今度は花屋の前で止まった。店先に並ぶ花を昨日薔薇をくれた男性が店の中に運んでいる。男性はゆりねに気付き声をかけた。
男性「あ!?こんばんわ!また会いましたね(笑)」
ゆりね「ホンマですね」
男性「今日は元気みたいでよかったです」
ゆりね「え?」
男性「あ、えっと……昨日は何か元気がないご様子だったので……」
ゆりね「あぁ、まぁ。仕事で疲れとったんで(苦笑)」
男性「そうでしたか。あ、少し待って頂けますか?」
男性は店先に並ぶ薔薇の鉢からライトイエローのスプレー薔薇を1本差し出した。
男性「はい。これ差し上げます」
ゆりね「2つ花がついとって可愛えぇ。」
男性「スプレー薔薇と言ってひとつの茎から枝分かれして花が複数咲いているものをいうです」
ゆりね「詳しいんやね」
男性「花屋ですから(笑)では僕はこれで、失礼します」
ゆりね「あ、あのお花代!」
男性「結構ですよ。僕からのプレゼントですから」
ゆりね「そうですか。ほな。おおきに」
少し覗いただけなのにまたしても花屋の店員から薔薇を頂いたゆりね。
今度会ったらいくつか薔薇以外の花を買いに行こうと思うのだった。
*+1話(終) 続く+*
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